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姫菜は少し汗をかいてしまったが、無事に中学校の校門前に到着した。飾りのついた立看板に入学式と、書かれていて、その周辺には続々と生徒達が集まっていた。友人と待ち合わせているものや、すでに友人と合流し、立ち止まり話している者などがいた。
生徒達が集まっている場所を通ると、再び視線を感じた。それと同時に何かを話している声もした。中には声をかけてこいよ。と言う声も聞こえた。
姫菜は、敷地内に入ると、点々といる教師達の指示に従い体育館へ向かった。体育館の中はパイプ椅子がズラッと並べられており、すでに半数ほどが生徒達で埋まっていた。
どこに座って良いものか。姫菜が悩んでいると、一人の女子生徒が声をかけた。その女子生徒は、セーラー服のリボンが姫菜の赤色と異なり、青色であることから上級生であることが分かる。
「どうしたの?」
少し低いその声は、姫菜にはどこか大人びて聞こえた。
「あ、あの……どこに座って良いか分からなくて……。」
「あー、なるほど。君、新一年生だよね?」
「はい。」
「前の方ならどこでも良いよ。」
そう言うと、上級生の女子生徒はその場から離れた。姫菜が礼を言うと、微笑み、手を軽く振っていた。
ふとその場から離れた女子生徒を見ていると、姫菜と同じように一人でオロオロしている生徒に声をかけていた。どうやらボランティアか、もしくは生徒会所属なのだろう。
姫菜が適当に空いている椅子に腰掛けると、隣に座っていた男子生徒がざわつく。またか。と姫菜は落ち込んでいた。しかし、一度座った場所を移動する訳にもいかないので嫌な気持ちを抑えつつ耐えた。
少しすると、続々と生徒達が体育館の内部に入って来た。椅子が全て埋まると、入学式が始まった。校長の挨拶から始まり、中学生としての心構え等を聞いていた。初めこそ姿勢を正しながら聞いていた生徒達であったが、長々と面白みのない話が続いたことから飽き始め、中には隣同士で話をする者までいた。
「それでは、在校生代表、生徒会長青山雛子さん、よろしくお願いします。」
その声がすると、在校生達の中からチラホラ笑い声が聞こえた。
ボブカットの美少女が壇上へ上がる。新一年生達の中からは感嘆の声が、在校生達からは、がんばれよ。緊張して噛むなよ。などの声がした。
案の定噛み噛みのスピーチであった。しかし、ただグダグダになるだけのものではなく、その可愛らしさから皆がほっこりした気持ちになった。それは年下である姫菜達新一年生も同様の気持ちだった。
「あ、あはは……えっと、可愛らしい挨拶ありがとうございました。続きまして新入生代表、白河夢華さん、お願いします。」
そこから一気に空気が変わる。雛子と入れ替わりに壇上に上がったその少女の周りにはキラキラと光るオーラが見えたような気がした。それは姫菜だけでなく、周囲の生徒達の大半が錯覚したものであった。
その場にいた誰もが夢華の後ろ姿だけで美少女だと分かった。案の定夢華は美少女であった。それと同時に姫菜は驚いた。
先ほどぶつかった女子生徒だ。新一年生代表ということは、同い年、同級生ということだろう。それなのに、壇上にいる夢華の姿は輝いてみえた。
結局、夢華の新入生挨拶のスピーチ内容は、姫菜の頭には入ってこなかった。ただただ目の前にいる彼女が現実味のない、架空のお姫様のように見えていた。
姫菜がボーッとしていると、入学式はあっという間に終了してしまった。周りの新入生は、教師達に促され新しい教室へ向かう。姫菜も同様にその波に紛れて教室へ向かった。その際、やはりと言うべきか、近くから姫菜のことを何か言う声もしたが、夢華のことで頭がいっぱいだった姫菜にはそれすら瑣末なことに思えた。
姫菜が教室に着くと、すでに幾つかのグループが出来ていた。当たり前だ。初めは小学校から仲の良い友人達と固まるのが普通だろう。しかし、姫菜にはそんな者はいなかった。親友はおろか、友達もいない。いつも争いごとの中心にいる姫菜は、上辺だけの付き合いしかしてこなかった。いや、できなかった。自分と仲良くしようとする者は、姫菜のルックスに惹かれた、打算的な思考の持ち主ばかりであったのだ。結局、姫菜は一人で自分の席へ向かうしか出来なかった。
やや廊下寄りの後ろの席。そこが姫菜の席だ。隣の席にはすでに女子生徒がすわっている。姫菜もその女子生徒と同じように自分の席の椅子に座る。
「あれ、もしかして貴女も友達いないの?」
姫菜の隣の席の女子生徒だ。
「え、あの……それは、その……。」
初対面の相手にその言い方はいかがなものか。姫菜は少し不愉快になった。かと言ってそれがあながち間違いではないので明確な否定もできない。姫菜は狼狽えることしか出来なかった。
「いやー、私県外から引っ越してきたから友達いなくてさー。あ、私真亀まさ、よろしくね。」
「は、はぁ。」
聞いてもいないのに話すみさに内心引き気味の姫菜。初対面でここまで開けっぴろげな者とどう話して良いか分からなかった。
「ね、名前は?」
「黒木……黒木姫菜です。」
「タメ口で良いよー、同い年、それに同じクラスなんだしー。姫菜ちゃんかぁー……名前通りお姫様みたいに可愛いねー。」
「かっ、かかか、可愛い!?私がっ!?」
目に見えて慌てる姫菜。姫菜は、自身の顔が熱くなるのが分かった。さぞかし顔は紅潮していることだろう。
「あーっ!可愛いっ!見た目的にクールビューティさんかと思ったけどこんな可愛いなんて反則だよーっ!」
突然スイッチの入ったように声を荒げるみさ。
「や、やめっ!は、恥ずかしいっ……。」
姫菜はあまりの恥ずかしさに思わず顔を手で覆ってしまう。しかし、それがみさには逆効果で、更に事態を悪化させてしまうこととなる。
「うおーっ!可愛いっ!可愛いぞー!最初は玉砕覚悟で高嶺の花にアタックしようと思ったけどこれは可愛過ぎるっ!」
「もっ、もうやめてぇ……。」
涙声で懇願する姫菜。
こうして、姫菜の中学生生活が始まった。また、それと同時に初めての友達が出来たのであった。