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「よ、よし、今日こそ黒木さんに話しかけるぞ。」
夢華は朝、自室で自らの頬を叩き気合を入れた。
姫菜の記事の載った校内新聞を手に入れてから何日か過ぎてしまっていた。今日こそは、今日こそは、と思いながらも姫菜に声をかけることが出来ずにいたのだ。
「よ、よし、今日は絶対声をかけるぞ……もし声かけれなかったらこれを捨てる。」
夢華は、校内新聞の姫菜の写真をジッと見つめる。
視線の合っていないそれは、もしかしたら本人の許可なしで撮られたものかもしれない。しかし、そんなことは今の夢華には興味のないものだった。
ローアングルで撮られたそれは、すらっと、長く細く、そして、透き通るような白く美しい脚が強調されていた。夢華は、ゴクリと唾を飲んだ。
「や、やっぱり捨てるのは辞めよう。一週間……いや、三日、三日見るのを禁止にしよう。うん、それが良い。」
自分の言ったことに対し、自分で説得し、そして、折れるという端から見れば少し奇妙な独り言を呟いていた。
「おはよう。」
夢華がリビングへ向かうと、すでに朝食が用意されていた。
「おはよう、夢ちゃん。」
「おはよう、ママ。……パパは仕事?」
父がいないのを見ると、夢華が言う。
「えぇ、夢ちゃんも遅刻しないように早く朝ご飯食べちゃいなさいね。」
「はーい。」
「そういえば新しいお友達は出来たの?」
「うーん、よく分かんない。挨拶はするけどあんまり仲良くないし……。」
「そう……。」
悲しそうな母。
「だ、大丈夫だよ、心配しないでママ。」
そう、もう大丈夫だ。姫菜に話かけさえすれば、きっかけさえあれば後は大丈夫だ。そう、きっかけさえあれば、話し出せる。
夢華は自信があった。今まで同年代の生徒達は皆、夢華に友好的であった。クラスメイト達は、夢華に気に入られようと必死であったし、歳を重ねていくと、上級生さえも、そんな彼女の虜だった。だから、夢華には絶対の自信があったのだった。
「行ってきます。」
夢華は、元気とは到底呼べないが、透き通った美声でありながら、しっかりとした凛々しい声で家を出る。
通学中、何人かの生徒に声をかけられたが、見覚えがなかったため、適当に返答していた。教室に着くと、挨拶をされる。クラスメイトに無視というのも態度が悪いので、一応返事をする。その際、視線の合った男子と、一部の女子が顔を赤くしていたが、学校に来た時点で夢華の頭の中は、姫菜に話しかけることでいっぱいであった。
「っ!?」
夢華が、ふと廊下を見ると、姫菜が登校して来たのが見えた。
夢華は、ガタッと勢い良く立ち上がると、廊下へ飛び出した。しかし、姫菜が教室に入ってしまったため、話しかけるのを止めてしまった。仕方がないので廊下から少し見るだけにして帰ろうと思い、姫菜のクラス前へ向かう。すると、姫菜が女子の友人二人とともに談笑しているのが見えた。百合とみさだ。
その際、姫菜が笑顔で二人と話してるのを見てしまう。その眩しい笑顔に、夢華は更に心を奪われてしまったのであった。
もっと近くで見たい。夢華の思考は姫菜に近づくためには、どうすれば良いかを考えることを最優先に考え出した。
「新聞部……。」
自宅で保管している校内新聞に記されていた姫菜の記事を思い出した。姫菜は新聞部に入るつもりであるということが書いてあったのだ。
少なくとも、一回しか話したことのないうえに、違うクラスである今よりは、同じ部活に入れば仲良くなれる可能性は高くなるだろう。早速今日、体験入部をした後に、入部届を提出しよう。夢華はそう考えていた。
「そう言えば黒木さん、新聞部に入るってやつ嘘なんだってね。」
クラスに戻ると、衝撃の言葉が夢華の耳に入った。
「そ、それどういうことっ!?」
ろくに話したことのないクラスメイトであったが、夢華は勢い良く質問をした。
ギョッとする名前も知らないクラスメイト。聞き捨てない言葉を聞いた夢華は、そんなことに構っていられないほど夢華は焦っていた。
「えっ、あの、白河さん……?」
「教えて、黒木さん新聞部に入らないの?」
「うん、そうみたいだよ。黒木さんのクラスの子が言ってたみたい。」
「そう……なんだ。」
どうしたものか。新聞部に入れば姫菜と仲良くなれるものだと思い込んでいた夢華。早速作戦が頓挫してしまった。
「それより白河さんは何部に入るの?」
「あ、私も気になる!」
「……今は考えてない。」
集まってきたクラスメイト達にそう答える夢華。
先ほどのテンションが嘘だったような落ち込み具合に困惑するクラスメイト達。それを気にも留めず、夢華は着席した。
「あっ……。」
授業中も、どう姫菜に近づこうかと考えていた夢華はある作戦を思いついた。




