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桜が咲き、新生活の始まる時期。黒木姫菜も新たな生活に不安と期待を抱いていた。今年から姫菜は朝日間中学校に進学し、通うようになる。


「やっぱり大きいよなぁ……。」

自室にある姿見でクルッと一回転した後、姫菜が独り言を言う。


今着ている制服はセーラー服で、中学三年間で成長しても良いようにと予め少し大きめの物となっている。セーラー服のリボンは綺麗な真っ赤なものであった。


「これ以上身長伸びてほしくないんだけどなぁ……。」

現段階で姫菜の身長は180cmほどある。何をどう間違えたのか、小学五年生までは周りと大して変わらない高さだった姫菜の身長は、小学六年生の夏休み頃から急激に伸びたのだった。


姿見に写し出された姫菜の姿は、とても今年から中学生になる幼い子には見えなかった。すらりと伸びた手足、長い睫毛とサラサラの長い髪、整った目と鼻。街中を家族と歩いていると、よく芸能プロダクションのスカウトが来るような美人であった。


小学六年生の夏休み以降、周囲の態度は変化した。クラスの男子からは身長のことでからかわれ、それを周りの女子が怒り、クラスの空気は最悪。担任の教諭からは何もしてなくてもクラスの空気を悪くする問題児扱いされ、露骨に嫌な顔をされた。周りの女子はよく庇っていたが、中には姫菜のことを快く思っていない者もいた。そのため、良くない噂を流されたこともある。


中学生になれば周りも少しは大人になる。そう期待し、半年間耐えてきた。しかし、期待する反面、同じ小学校から同級生の大半が同じ中学校に進学する。彼らがまた同じ教室にいると言うのが不安であった。


心臓がドクンドクンと勢い良く跳ねた。緊張や不安からくる物だ。


「大丈夫、大丈夫……。」

今までもなんとかなった。男子からのからかいも周りが守ってくれた。噂もすぐに自然消滅した。姫菜は自分に言い聞かせ、暴れ回る心臓を落ち着かせた。



「おはよう、お父さん、お母さん。」

リビングに向かうと、姫菜は両親に挨拶をする。


「おう、おはよう。」


「あら姫ちゃんもう制服着てるの?とっても似合ってるわ。」

父は新聞を読んでいる手を止め、姫菜

をチラッと見る。母は姫菜の制服姿を褒める。



姫菜は朝食を済ませ、身支度を整えると、少しの間テレビを見ていた。朝の情報番組の占いコーナーがやっている。姫菜の誕生月の出番だ。


結果は最下位。心機一転、新たな気持ちで中学生としての生活を迎えようとした矢先にこれだ。内容は、派手な行動は控えよう、とのことだった。ラッキーアイテムは、黒猫のストラップ。


「黒猫……。」


「なんだ、ちょうどいいじゃないか。姫菜カバンにつけてただろ?」


「う、うん。」

前の日にすでにリビングに置いておいた学校指定のスクールバッグを見る。ファスナーの金具についている黒猫のストラップ。


元々犬派だったが、姫菜が、落ち込んでいる時に、偶然出会った一匹の黒猫の影響で猫派となった。野良猫であったが、姫菜の姿を見るとすぐに懐いた。それ以来姫菜の部屋には猫の、特に黒猫のグッズが所狭しと並んでいた。



「じゃあ行ってきまーす。」


「行ってくる。」

姫菜と父が一緒に家を出る。母は手を振り笑顔で行ってらっしゃい。と言い送り出す。


「中学楽しみか?」


「うーん、どうだろ……?正直不安の方が大きいかな?」

父の問いかけに苦笑いで答える姫菜。不安の方が大きいというのは、本当に正直な思いだった。



「まぁ、あまり悪く考えないようにな。」

そのまま少し歩き、最寄駅まで来ると、父がそう言った。


「ありがとう、お父さん。……行ってらっしゃい、お仕事頑張ってね。」

姫菜は笑顔で手を振る。父は小さく行ってきます。と言い改札口から駅内へ向かう。


父の姿が見えなくなると、姫菜は来た道を引き返す。そして、これから平日は毎日通うことになるであろう通学路へ向かう。



数分歩くと、自分のように少し大きめの制服に身を包み、緊張しているのか顔が強張っている学生がチラホラと見えて来た。姫菜は、彼らを見ると、自分だけが緊張しているのではないと思い少し安心することが出来た。



「……?」

姫菜は、なんだか周りから見られている気がした。父と一緒に歩いていた時には感じなかった視線。


周囲がにわかにざわつく。疑惑が確信になった。固まって話している男子生徒の一人と目が合うと、すぐに目を逸らし、何やら興奮気味に周囲の生徒達に話していた。


もしかして、自分の陰口で盛り上がっているのではないのか。


「帰りたい……。」

思わず呟いた独り言。唇が微かに震え、視界が歪む。


今朝感じた期待などもうすでに消えてなくなり、不安と恐怖が姫菜を支配した。半年頑張れば良かった小学生の時とは違い、今から三年間耐えなければならない。そう考えると、今すぐに逃げ出したくなった。


周りの視線が気になり自然と下を向いてしまう。周りの声が耳に入り、耳を塞ぎたくなる。早く学校に入ってしまおう。そう考えた姫菜は、下を向いたまま早足で歩いた。



「痛っ……。」


「きゃっ。」

前方を見ていなかった姫菜は女子生徒とぶつかってしまった。胸元に人の後頭部が当たる感触がした。


姫菜はそのまま尻餅をついてしまい、ぶつけられた女子生徒は二、三歩よろけただけで直ぐさま体制を直した。ばっとスカートを抑える姫菜。スカートの中を見られたかもしれないこと、きちんと前を見ておらず、人にぶつかってしまったという両方の恥ずかしさから赤面してしまう。


「あ、あの……ごめんなさい、大丈夫で……す……っ!?」

姫菜は目を奪われた。目の前の新品の制服に身を包んだ女子生徒は今まで見てきた何よりも美しかった。


おとぎ話に出てくるお姫様が実在したらこんな人なのだろうか。真っ黒な髪には艶があり、目鼻立の整った顔。所謂美少女だ。すらりと伸びた手足で、姫菜ほどではないが、身長も高く、160cm後半といったところだった。


「すみません、大丈夫でしたか?」

落ち着いた耳に心地の良い声が姫菜へ向けられる。それと同時に姫菜へ手が差し伸べられる。


「あ、は、はい……そのっごめんなさいっ。」

姫菜は慌てて立ち上がり、直ぐさま駆け出した。


「……。」

取り残された女子生徒は姫菜へ差し伸べられた自身の手を見つめていた。


「凄い綺麗な人……先輩だったのかな?」

すでに小さくなっていた姫菜の後ろ姿を見ながら女子生徒が呟いた。彼女の肩にかけられたスクールバッグには、黒猫のストラップがぶら下がっていた。

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