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三好


 朝の光の中、机に伏せているクラスメイト、三好の前に立って桐華は腕を組んだまま見下ろす。

 それから「ちょっと、三好」と呼びかけた。


 もうほとんどの生徒が登校しているから、ザワザワとうるさい。

 それでもちゃんと桐華の声は届いたようで、三好は鬱陶しい長い前髪を揺らしながら机から顔を上げた。


 地味で目立たない男子生徒。正直、登校しているかどうかも、今までなら気がつきもしない相手だ。

 外していた眼鏡を掛けてから、かくんと首を傾げて桐華を見上げる。

 なに? と問うているのだろうか。

「ちょっと話があるから来てくれない?」

「今?」

「そう、こっちで」

 驚く三好を無視して桐華は教室の入口へと足を進める。

 ギイッと椅子を引く音が背中で聞こえるから、三好は立ち上がったのだろう。

 二人して廊下へ出て行くのを、弓弦と浩がチラリと見遣ったのが分かったけれど、気にせずに桐華は廊下を進んだ。


 階段を下りてひとけの無い理科実験室の前で立ち止まって振り返る。

 同じように立ち止まった三好は、また首を傾げて桐華の方を見ている。

 多分、見ていると思う。

 なんせ前髪が長すぎて顔立ちなど分からない。

 ただ眼鏡の奥の目がこちらを向いていると感じるだけだ。

「……三好、あんたよね?」

 開口一番、怒ったような口調の桐華の言葉に三好は今度は反対側に首を傾げた。

「あの……宮野さん……何を……」

「絶対そうだ。今、確信したわ」

 戸惑う声を上げた三好に桐華はグッと拳を握りしめた。

「昨日のホスト、あんたでしょう」

「え?」

 ビクンと肩を揺らせて一歩後ろに足を引いた三好を、逃げないように桐華は腕をつかんだ。


 どこからどう見ても地味で大人しくて目立たない存在。

 思わずいじめたくなるような雰囲気さえ持っている。

 華奢で弱々しいイメージ。

 けれど桐華は確信していた。

 昨日出会ったシュウと呼ばれていたホストが、この三好だと。


「何を、言ってるのか分からないんだけど……」

「しらばっくれる気? あたしは確信してるのよ」

 絶対の自信を持って言い放つ。


 昨日、帰りながらも、帰ってからも考えた。

 どうしてあの人は名前を知っていたのかと。


 なぜか心の奥に焼き付いてしまった艶やかなホストのことが気になって仕方なかった。

 ずっと彼のことばかり考えていた。

 そして思い返した彼の声に、少しだけ聞き覚えがあった。

 ずっとずっと考えて、ようやく気がついたのは寝る直前。

 消しゴムを拾って渡した時の「ゴメン、ありがと」と言った三好の声。

 思い当たった途端に全ての糸が一斉にほぐれた気がした。


 背の高さに体つきに髪の長さ。

 全ての糸がほぐれて一本につながる。


 ただ確信は持てなかった。

 本当にあの地味で存在感のない三好なのかと。

 そう考えるにしては、つやめいて色気のあるあのホストの彼とはあまりにも違いすぎる。

 けれど、今、向きあってじっと観察して気がついた。


 ――耳に、ピアスの穴がある。


 長めの髪で隠しているのだろうが、注意して見れば分かる。

 それに声。

 これだけ話せば分かった。

 確実に同じ声。

 意外にも柔らかくて、少し甘い。

 昨日、教室で初めて聞いた三好の声が印象に残っていたのだ。

 だから桐華はもう一度自信を滲ませた声で告げた。


「シュウってホストは、あんたよ、三好」


 しばらく沈黙を落として三好は小さく首を振った。


「……なんのことか分からないけど……」

「どうせ隠してるんでしょ。歳だって誤魔化さないと働けないからね」

 三好の言葉を遮った桐華はまるで女王様のように三好を見下ろす視線で言い放った。

「黙っててあげるわよ。その代わり、あたしを楽しませなさいよ」

「……楽しませる?」

「そうよ、取り引きしなさい」

 両手を腰に当てて命令する桐華をしばし呆然と見遣っていた三好は、その内にクスッと小さく笑った。

「それは、どうやって楽しませるの? 僕が宮野さんに何かをすればいいの?」

「そうね……まずはあんたの事が知りたい。放課後時間ある?」

「ない、かな」

 笑いを堪えているような声音。

 なぜか桐華は自分の方が押されているような気になって不快になる。

「じゃあいつなら空いているの?」

「今夜、十二時くらいなら」

「は? そんな夜中……」

 言いかけてハッと気がつく。

「ホストの仕事ね」

「さあ?」

 クスクスと笑う。


(こいつ……全然違うじゃないの)


 根暗で目立たずじっと黙って座っているだけの地味男のくせに!

 不敵な態度がカチンと来る。

 どこかバカにされたような気がして桐華は目を尖らせた。


(笑ったこと後悔させてやる。パシリにしてやろうかしら。それともドレイがいいかしら)


 フッと自分の考えに笑ってしまう。

 本当はそんなことなんてどうでもいいくせに、どうしてこんなヤツに絡んでいるんだろうと、自分の衝動が分からなくて笑えた。


「分かったわ。じゃあ仕事が終わってから連絡して」

「そんな夜中から会うの?」

「いやならバラすから」

 脅迫の言葉に沈黙を落とした三好は、しばらくしてから口元に薄い笑みを浮かべた。


「分かりました。お姫様のお言葉のままに」


 そう言って深々と頭を下げた。



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