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夜の街


「遅くなったし女子、送ってくか」


 言い出したのは弓弦。

 桐華と美羽とアミの三人を誰が送って行くかと話す。


「アミちゃんはもちろん神森だよね」

 浩が笑って言うと、圭祐はすっと目を伏せてそれから低い声で「ああ」と同意した。

「えっと、美羽は……渚が近い?」

 弓弦が言うと、すぐに浩が手を上げた。

「じゃあ俺と渚で送る!」

 浩と渚は同じ中学出身で家も近いらしいので、その流れになる。

 その浩に美羽が眉を寄せる。

「ええ~、渚クンと二人がいいのに!」

「はいは~い、贅沢禁止! 渚は俺のモノだもんね~」

 ふざけて渚に抱きつく浩を渚は苦笑しながらも好きにさせている。

「っと、じゃあ宮は俺か」

「でも弓弦、電車反対だよ。あたしは家も近いし大丈夫だからもういいよ」

「いいから、送るって」

 弓弦の言葉はさりげないけれど、否を言わさない強さを持っていた。


 とりあえず駅へと向かい改札口でそれぞれの行き先へ別れる。

「じゃあまた明日~」

 浩が相変わらず無駄に元気に手を振っている。

 それぞれに別れていった後に、桐華は弓弦に向きあって告げた。

「弓弦、悪いけどあたし、ちょっと用事がるの。だからここでバイバイしていい?」

「……なんで? 宮は俺が送るの迷惑?」

 桐華の言葉に弓弦は一気に機嫌を損ねる。

「そうじゃないよ。ただ、本当にちょっと寄るところがあるの」

「どこ?」

「ゴメン、言えない」

「……ウソだ」

 疑う弓弦の目が問い質している。


 ――俺と一緒にいたくないんだろう、と。


 弓弦が持つ好意はありがたいけれど、受け取れない。

 最近あからさまになる弓弦の好意に、桐華は足を引く。


「ゴメン、じゃあここで」


 弓弦の質問には何一つ答えずに桐華は早足で背を向けてまた煌びやかな灯りの中に歩き出した。


 別に行く当てがある訳じゃない。

 別に用事も無かった。


 弓弦の言うように、一緒に帰らないためだけ。

 ブラブラと当てもなく歩くけれど、制服であんまりウロウロ出来ない。

 適当な時間をどこかで潰してから帰ろうと思っていると、とあるビルから笑いながら後ろ向き歩きで出てきた女の人とぶつかって思い切り転んでしまった。

「ったぁ」

「きゃあ、ごめんなさい」

 綺麗な女の人は、慌てて謝ってくれたけれど、サッと手を差し出したのは隣にいたホストのような男の人だった。

「大丈夫で……」

 すか、と続けるつもりだったのだろう口の形のままに、そのホストらしき男の人は驚いた顔で声を上げた。


「宮野さん?」


 いきなり名前を呼ばれて驚いた。

 どうして名前を知っているのかと見上げた桐華は首を傾げる。


 どう見ても知らない人だ。


 長めの黒髪を綺麗にセットして細身のスーツに黒のシャツは胸元がやけにはだけていて、そこからシルバーのアクセサリーが覗く。

 耳にもピアス、差し出している指にもシルバーの指輪。

 華奢で背もそれほど高くないけれど、艶やかさと同時に可愛らしさを存分に含んだ男の人。

 正真正銘、ホストだろう。


 驚いたまま硬直している桐華に、一瞬だけ瞳を揺らせて、それからもう一度手をグッと差し出してくれた。

「大丈夫ですか?」

「シュウ、知り合い?」

 細い足に高いヒール。大人びた艶やかな唇を尖らせて問いかけた女性にシュウと呼ばれたホストは首を振った。

「それよりユリさん、怪我はない?」

「ええ、あたしは。彼女も大丈夫かしら?」

 差し出した手を取るかどうするか迷っていると、いきなり腕をつかまれて優しく引っ張り上げられた。

 それから全体を見遣ってからニコリと微笑んだ。

「大丈夫そうですよ」

「そう、なら良かったわ」

 二人の会話を呆然としながら聞いていた桐華はその場に縫いつけられたようにじっと立っていた。

「じゃあまた来るわ」

「絶対に約束だよ? またシュウのご指名を!」

「ふふふ、もちろんよ」

 などと交わす二人のやり取りをすぐ側で聞きながら、桐華はじっとホストの顔を見つめていた。


 知らない人……


 二重の綺麗な目はどちらかと言えば可愛らしくて、整った鼻筋と薄い唇が顔立ちのバランスの良さを際立たせる。

 艶やかな黒髪は一切染めていないのにどこかなまめかしくて、可愛らしさを感じさせる顔立ちとのアンバランスさが彼の魅力になっている。


「怪我、ないですよね?」

 彼女を見送ったホストが立ち竦む桐華に問いかけて柔らかく笑う。

「……どうして……名前……」

 訝しげに問いかけると、相手はかがむようにクッと顔を寄せて桐華の唇に人差し指をあてた。

 触れるか触れないかの彼に指に桐華はなぜかドキッとする。

「それは、ヒ、ミ、ツ」

 クスッといたずらの成功したような笑みを見せて、すぐに唇の前から手を離す。

 サッと体を起こした彼のくつろげた胸元でシルバーのアクセサリーが揺れる。

 何が起きたのか咄嗟に状況を掴めずに、呆然とその胸元を見つめていた桐華にホストはクルリと背を向けた。

「じゃあ、制服で夜の街をうろつかない方がいいよ。早く帰りなよ、み、や、の、さん」

 喉の奥で笑ってからヒラヒラと手を振ってビルの中に戻って行ってしまった。


 その途端に周囲のざわめきが戻って来る。

 今まで周りから音が消え去っていたことに、その時になって初めて気がついた。


(……なに……あの人……)


 その場に取り残された桐華はかなり長い間、その場に突っ立って動けなかった。

 むせるほど溢れかえる光と音の中、桐華はノロノロと歩き出した。


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