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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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それぞれの終わりと ~ロマリア

 オーガスト侯爵様のお屋敷での事件から、数日が経った。


「ですから、侯爵様を庇った兵士の方は、ダスタン様に食べられてしましました。」


 孤児院の応接室。無事に孤児院に戻ってきたロマリアは行儀よく姿勢を正して、向かいに座って困った顔をしているテスターをまっすぐに見ていた。

 テスターの隣には、どこか不安そうな顔のマニエが座っている。


「全部食べちゃったの?」

「はい、丸呑みでした。」

「丸呑みかあ。はあ……。じゃあ、一緒に攫われていたリネッタは?」

「リネッタですか?」

「うん、一緒の部屋に居たよね?」

「……。いえ、リネッタは知りません。お屋敷に連れて行かれたのは、私一人です。」


 ロマリアがはっきりと断言する。テスターは不可解そうに首を傾げた。


「本当のことを言ってもいいんだよ?ロマリア。王都内で魔獣が出たんだ、それが侯爵の屋敷の敷地内だったから、あの屋敷はくまなく調べられる。たぶん、第二壁内にある本邸もね。侯爵に何て言われて脅されたのかはわからないけど、リネッタの心配はしなくてもいいんだよ。侯爵がどこかにリネッタを隠していても、必ず見つけてみせるから。」

「いえ。私が知っているのは、ダスタン様が、侯爵様の兵士を使って私を攫ったことだけです。それ以外は分かりません。」

「え、ええー……。」


 テスターが困惑の色を濃くした。


「僕はね、ロマリア。君が囚われていた同じ部屋で、リネッタを見たんだ。」

「見間違いだと思います。」

「ロ、ロマリア?」


 思わずマニエが声を挟む。


「ねえロマリア。一体どうしたの?貴女を怖がらせる人は、もういないのよ。正直に、お話ししてもいいんじゃないかしら?」

「……本当に何も知らないんです。私は、ダスタン様に攫われて……そういえば、私を守ってダスタン様に食べられてしまった方は、私を攫った方でした。」

「えっ……ええー。」


 思わず頭を抱えて(うめ)いたテスターに、マニエはずっとハラハラしっぱなしだった。

 その2人の姿を見ても、ロマリアは不思議と落ち着いた心でその場にいることができていた。それはきっと、今、ポケットに入っている特別なお守りのおかげだろうと、ロマリアは思っていた。



 昨晩、顔を合わせる度に何度も何度も謝ってくるマティーナに流石に辟易(へきえき)し、逃げるように自室に戻ったロマリアが見つけたのは、開きっぱなしの窓とベッドの上に置いてある見覚えのある布袋だった。

 ロマリアは、それがすぐにリネッタの物だと気づいた。その布袋は、リネッタが薬草を入れるのに使っていたものだったからだ。


 ――渡したいものがあるの。


 別れたあの日、リネッタがそう言っていたことを思い出し、ベッドに座って布袋を開ける。

 そこには、幾つかの布がそれぞれ丸めて入っていた。


 そっと布を開いてみると、一枚目の布には、炭かなにかで文字が書かれていた。文字を勉強していないロマリアでも、かろうじて一番上に“マニエ”と書かれているのがわかったので、たぶん、リネッタからマニエへの手紙だろう。


 二枚目の布には、見慣れない魔法陣が丁寧に縫い付けてあった。灯りの魔法陣よりも小さく、随分シンプルだ。それが何の魔法陣なのかは、三枚目を開いて分かった。

 三枚目の布には、魔法陣を発動する手順を絵で表したものだった。


 文字が読めないロマリアのために詳しく描かれた魔法陣の説明書。それは、第三壁内でリネッタが売っていた不思議な匂いのする干し花(ポプリ)製法(レシピ)だった。


 材料には、石や花など色々なものが描いてあったが、動物や虫、人の形をした絵には大きく“×”が書かれている。これは、生き物にはダメ、ということだろうか?魔素クリスタルのような絵には“6”と書いてある。つまり、6級(クズ)の魔素クリスタルを使えということだろう。


 そうして手順通りに生花で魔法陣を発動させてみると、出来たのは、すごくいい匂いのする花だった。吸い込むと頭の中が(とろ)けそうになる、強い、うっとりする香り。ああ、これなら毎回売り切れるのも納得できる、と、ロマリアは思った。


 そうしてその夜はポプリを枕の中に入れて、悪夢にうなされることもなく、ぐっすりと朝まで起きずに眠った。そのおかげでスッキリとした目覚めを迎えることができ、ロマリアはそのポプリをスカートのポケットに忍ばせて、テスターとの面会に挑んだのだ。



 ロマリアには、テスターにどうしても言わなければならないことがあった。

 もちろん、干し花(ポプリ)の魔法陣のことではない。


「……テスター様。」


 ロマリアは強い意志を宿らせた瞳で、ゆっくりとテスターの名を呼んだ。

 未だに、なぜ攫われたのかは全くわからなかったけれど、元はと言えば、これが原因で私はスラムに近寄ることになり、攫われるきっかけにもなってしまったとも、言えなくもない。

 そう、魔術師協会への、魔素クリスタルの横流しだ。それは城詰めの魔術師であるテスターへの裏切りに等しい。


「私は、テスター様に謝らなければならないことがあります。」


 困り果てていたテスターがきょとんとして顔をあげた。

 ロマリアはその場に立ち上がり、きゅ、と手を握りしめて、覚悟を決める。


「私は、魔術師協会に、魔素クリスタルを横流ししていました。ごめんなさい!」


 がばっと頭を下げた。髪が一瞬遅れで頬にかかる。テスターの隣で、マニエが息を飲む音がした。ロマリアはきつく目を閉じて、テスターの言葉を待った。しかし。


「あー。」


 テスターが出したのは、緩みきったような声だった。


「うん、そのことね。ロマリア、えーとね、実はね、ごめん、それ知ってたんだ僕。だからとりあえず、座って、ちょっと僕の話を聞こうか。」

「……えっ?」


 ぱっと顔を上げて、ロマリアは目をまんまるにしてテスターの顔を見た。テスターはなぜか苦笑しながら、「まあまあ、座って。」などと言っている。


「いつから?って思ったでしょ。実はね、ロマリア。君が、協会の魔術師にはじめて声をかけられた時から、知ってたよ。」

「ええっ!?」

「だから、君が、取引するにあたってすごく悩んでいたことも知ってるし、魔素クリスタルを売ったお金を未だに使ったことが無いことも知ってる。」

「え、あの、そ、それは……どういう……?」


 ロマリアは戸惑いを隠すことができず、ストンとソファに腰を落として、視線をゆっくりマニエに向けた。

 マニエはそれ(監視)を知っていたのか、眉を下げて申し訳なさそうにロマリアを見つめ返していた。


「わ、私……監視、されてたんですか……?まさか、あ、あの家の、娘、だから……?」


 弱々しい、拒絶の混ざった震える声。一瞬頭を()ぎっていく、暗い、悪夢。それは、リネッタからもらったお守り(ポプリ)すら、効果をなさない。


「それは違うわ、ロマリア。」


 困惑よりも恐怖が強くなり始めたロマリアに、マニエが静かに、しかし強く言い切った。

 そしてテスターが続けて口を開く。


「君が監視されていたのはね。君が、魔素クリスタルの生成師見習いだったからだよ。もちろん、あの家の出とかは関係ない。孤児院の中の事はマニエさんに一任してるから、君が孤児院から外に出た時だけ、見張りをつけさせてもらってたんだ。」

「どうして……。」

「生成師の見習いにはね、悪い虫が(たか)るんだよ。魔術師協会もそうだけど、普通の商人とかにもね、ロマリア、君も声をかけられたことがあるだろう?魔素クリスタルを安く売ってくれって。」

「……はい。」

「そういうのをね、陰ながら取り締まるために、生成師見習いは監視する決まりなんだ。だから、他の生成師見習いにも、監視がついてるよ。もちろん、こっそりだけどね。」

「……。」

「そして、3級の魔素クリスタルが生成できるようになって、王都の第二壁内に自分の家を持ったとき。つまり、国のお抱えの生成師として認められたときだね。その時点で、ようやく監視はなくなる。監視してたことも、そこでちゃんと話すよ。まあ、その頃になれば自分(生成師)の価値を自覚してるからね、大体は納得してくれるよ。」

「そう、だったんですか……。」

「そうだったんだよ。だから!本当は!北門付近で君が攫われる事もね?あり得なかったはずなんだけどね!」


 何を思い出したのか、いきなり語尾を強めたテスターが目を細めて、「フン。」と鼻を鳴らした。


「君を監視していた僕の兵が襲われて、その間に君は攫われてしまった。まったく、ほんとに、ありえないよね、何のための監視なんだっていう。……うん、まあ、だからね、ロマリア。謝らなければならないのは、僕のほうなんだ。騙すような真似をしていて、ごめんね。」

「いえ……決まり、なら……。」

「それで、お詫びと言っちゃあ何なんだけどさ、第二壁内にある僕の屋敷に住まない?まあ、僕以外にも執事とかメイドもいるけど。」

「はい……、……?…………え?」


 すっかりしょげて下を向いていたロマリアが、言葉の意味を理解できずにゆるゆると顔をあげる。


「……え、今、なん……えっ……?」

「ロマリアが生まれたあの子爵家はね、実は、フォアローゼス侯爵家の遠縁にあたるんだよ。つまり、僕と君には同じ血が流れてるってことだねー。」


 混乱するロマリアに、テスターは軽く、本当に軽く、そう言い放った。


「ねえ、僕の妹になってよ♪」


「………………はっ?」


 静かな部屋にロマリアの声だけが響いた。

__________


マティーナ

 おっとりとした口調が特徴の、ロマリアの一つ上の少女。すでに魔術師協会で仕事の手伝いをしているが、これから本格的に王都の魔術師協会で働き、あわせて魔術師になる勉強をすることになっている。魔素クリスタルの生成はできないものの、魔法陣を発動させる能力は高く、将来は有望。


ロマリア(ロマリア・デグ・ホーダレイル)

 魔術師の名門であるデュミアーク公国のホーダレイル子爵家に生まれるも、魔法陣を発動させる能力が低いと判断され、半ば捨てられるように孤児院に入れられていた。ホーダレイル子爵家の秘密が暴かれると、処刑は免れたもののどこでも馴染めずに孤児院を点々としていた。最終的にマニエに拾われて、現在に至る。生成師としての能力を見出したのは国営の仕事仲介・斡旋所に努めているコランジュという(ヒュマ)の男で、ロマリア以外の孤児にも優しい。ロマリアはこれからテスターの屋敷で過ごし、そこで魔素クリスタル生成に勤しむことになる。

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