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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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それぞれの終わりと ~オーガスト侯爵

(僕が名前を忘れない為に)あとがきに登場人物の紹介を書きました。

 馬車に揺られながら、オーガストは過ぎゆく景色をぼんやりと見つめていた。

 向かいにはカーナが座っており、その膝ではまだ5才にもならない子どもが無邪気にカーナのドレスで手遊びをしながら座っている。


 カーナはダスタンの死にもディットンの死にも、「そうですか。」と一言だけつぶやき、静かに涙を流しただけだった。


 妻に掛ける言葉が見つからず、オーガストはただただ景色に視線を向け続ける。

 その時、流れる景色の中に獣人(ビスタ)ばかりを乗せた乗合馬車を見つけ、ふと、オーガストは生成師の少女(ロマリア)と一緒に監禁していたもうひとりの少女の事を思い浮かべた。


 傭兵に言われ、ロマリアのおまけのように攫ってみれば、それは独特の雰囲気を纏った不思議な子どもであった。


 少女らを閉じ込めていたあの部屋で、年上のロマリアが悲嘆に暮れているというのに、泣かず騒がず狼狽(うろた)えず、全く動じていないように見える獣人(ビスタ)の少女。見た目は10歳前後だがその物腰は到底子どもとは思えない。異様、としか言いようがなかった。


 その最たるものが、オーガストがロマリアを孤児院に返すと言ったあの日だ。年相応に聞き分けの悪いロマリアに、リネッタはまるで小さな子どもに言い聞かせるかのごとく優しく、丁寧にロマリアをなだめてみせた。オーガストは、内心で舌を巻いた。


 次の日も、ずっとリネッタはロマリアを庇うような立ち位置を常に保ち、じっと周囲を窺っていた。まるで予見していたかのようにロマリアを部屋の端へと押しやり、隙なくダスタンを観察していた。


 ――ダスタンが魔獣と化しオーガストがあの部屋から去った後、リネッタがどうなったのかは分からない。


 テスター曰く、救出されたロマリアは、目を腫らしていたものの怪我もなく、まるで“何事もなかったかのように”至って元気だったそうだ。

 不可解だったのは、その後ロマリアが「誘拐されたのは自分だけ。あの日魔獣に殺されたのはフリスタだけ。」と証言しているらしい事だった。


 確かにオーガストはロマリアにリネッタを忘れろとは言ったが、それはリネッタを人質にしてロマリアを縛るためであり、あの時の魔獣騒ぎでそんな話は当然有耶無耶(うやむや)になるはずだった。リネッタがオーガストの手中にない今、ロマリアがリネッタの行方を隠す必要は全くないのである。


 オーガストは、あの場にリネッタがいたことを、知っている。フリスタがダスタンに殺されたのなら、リネッタはどうなったのか。


 事件のあった日、別邸の倉庫が荒らされているのを屋敷を調べていた城の査問官が見つけた。複数個つけていた南京錠は全てがバラバラに壊され、どうやったのか重厚な鉄扉さえもが歪んでしまっていた。

 あの騒ぎに乗じてこの屋敷に盗みに入った(やから)がいたのだ。しかも、メイドが屋敷から逃げ出してから査問官が屋敷に入るまでの、ごくごく短い間に。ダスタンの弟であるディットンではないかという話も出たが、その日ディットンは家にはいなかった。


 オーガストが、倉庫を荒らしたのはリネッタではないかと考えたのは、自然な流れだ。

 人に話せば、笑われるかもしれない。ただの10才の少女が、鉄扉をこじ開けたりはしないだろう、と。


 しかし、フリスタがいればどうか。あの男は魔剣士だ。フリスタは魔獣に食い殺されたと聞いたが、それなら装備していた鎧や剣はどうなったというのだろうか。例え鎧ごと丸呑みだったとしても、剣くらいは残っているはずだ。それなのに、フリスタの遺品は全くなかった。


 つまり、ロマリアはフリスタとリネッタを庇っているのだ。


 もちろん、査問官の言うとおり、ダスタンやディットンを騙して魔獣化させた犯人が計画的に行った物盗りと考えたほうが辻褄(つじつま)があう。もしかしたら、フリスタの剣も盗まれたのかもしれない。

 しかし、倉庫から盗まれていたものは使う予定のない趣味の魔道具ばかりで、予備の魔素クリスタルくらいしか役に立ちそうなものは盗まれていなかった。隠匿のコートもなくなっていたが、例えそれが目当てだったとしても魔獣騒ぎを起こしてまで盗もうとするかは疑問であった。

 たしかにアレは優秀だが、検問で使われている魔法陣を誤魔化すことはできないし、人にぶつかればすぐに魔法陣は解除されてしまうのだ。


 ……まあ、フリスタは死んで、リネッタは屋敷にいなかったという事になった(・・・・・・・・)。ロマリアの思惑がどうであれ、それはオーガストにとって非常に都合が良いのでそのままにした。


 オーガストはこれ以上騒ぎを大きくしないよう、盗人については被害届けをださなかった。そもそも宝石類には手がついていなかったし、透明な魔素クリスタルも無事だった。被害が全くなかったといえば嘘になるが、オーガストにとってそれは、無限に湧き出る泉からひとすくい水を持っていかれた程度のことだ。


 オーガストはそれよりも、手放すことになってしまった別邸の方が惜しかった。しかしオーガストは、しばらくは領地で大人しくしておかなければならない。


 色々と知っている住み込みのメイドは王都に残しておくわけにもいかず、賃金を三割増しにすることで、全員自分の領地に連れ戻って引き続き雇うことにした。本邸には、本妻をそのまま残すことにした。

 性格はキツいし浪費癖もあるが、アレはアレでデキる女なのだ。オーガストがいなくとも一人でうまく立ち回ることだろう。


 馬車の窓から、王都の外壁が見えなくなっていく。


 数年は見れないであろう壁だ。領地で引きこもることになるが、王都でよくしてやっていた商人達のうちの何人かはオーガストの領地にも店を出しているし、多少不便でも問題はないだろう。久しぶりに領地を回って領民に顔を見せてやるのもいいかもしれない。


 ――ダスタンの商人であるギッシュだが、ダスタンの魔獣化については何ひとつ知らなかった。


 結果的にダスタンは討伐され、誘拐に関わっていたディットンも死んだ。実行犯であるフリスタも死んだ(事になった)。フリスタを通じて金を渡した魔術師協会は、わざわざ怪我まで負ってフリスタに襲われた(てい)をとっているのでこれ以上の追求はされないだろう。


 今回の真相を知っているのは、オーガスト侯爵と商人のギッシュだけになった形である。


 ギッシュの処遇をどうしようかと本邸に呼び出すと、ギッシュは部屋の扉が閉まった瞬間「殺さないで下さいー!!!」と滑り込むように土下座をして頭を床に擦り付けはじめたので、あまりの滑稽さにオーガストは思わず笑ってしまった。ギッシュは自らも殺されるか本邸に幽閉されると思っていたようだった。まあ、関係者が次々と死んだのだからそう思うのも仕方のないことだろう。


 しかし、重要人物が全員死んでしまった状態でこの男(ギッシュ)がなんと証言しようが、オーガストは痛くも痒くもない。毒にも薬にもならないのだから、殺す必要はないだろう。


 オーガストは、その滑稽さに免じて口止めだけしてその日はギッシュを帰すことにした。オーガストが領地に帰ったあとは、本邸の主である本妻に気に入られることができればしばらくは裕福な暮らしができるだろうし、気に入られなければ第三壁内に店をもつだけのただの商人に戻るだけであり。


 最後にオーガストは、テスターの、あのぶすっとした顔を思い出した。


 テスターは最後までフリスタは死んでいないしリネッタは屋敷にいたはずだと言っていた。とはいえ、査問官の決定に口出しできるはずもなく、不満が顔から溢れ出していた。


「魔獣の討伐、感謝する。」


 そう言っても、テスターは不満顔のまま「はい。」と答えただけだった。


「これは、あの件とは別の“借り”にしておく。」

「……はい。」

「私の家から魔術師は出たことがないのでな、その辺りの手助けはできないが……まあ、個人的に、何かあれば力を貸してやろう。私が王都に戻ってきてからになるが――。」

「……、……はい。」


 侯爵本人が、他の侯爵家の、しかも三男に言うような言葉ではなかった。


 もともとフォアローゼス侯爵家という強力な後ろ盾があるにも関わらず、その侯爵家の息子……しかも侯爵を継がない三男が、他の侯爵からの支援も受けられるなんていうことはまずない。しかし、オーガストの言葉にテスターが浮かべたのは、それはもう、この上なく嫌そうな顔だった。それをまじまじと見て、オーガストは声を上げて大いに笑った。


 オーガストは、侯爵だ。テスターの態度は、その侯爵本人に対してする態度ではなかった。不遜を軽く通り越してしまっている。それほどオーガストの申し出が嫌だったのだろう。

 オーガストはテスターの事をまだまだ甘い子供だと思ったし、それを許してしまっている自分は、甘くなったなと思った。大笑いしているオーガストを、テスターはただ訝しげに見るだけだった。


 馬車は街道を進み、やがて王都は見えなくなった。

 オーガストはそれでも窓の外を眺め続ける。


 最後の最後に、ダスタンとディットンが精霊王の野にきちんと迎えられるよう、静かに祈った。


__________


ダスタン・アースター

 オーガスト侯爵の十何人目かの妾カーナストリアの長男。子供として認知はされているが、侯爵家の家名を名乗ることは許されていない。王都の第三壁内にあるオーガストの屋敷、通称“別邸”に住んでいた。顔は父親似で、そのせいで本妻に辛く当たられていた。別邸では仕事はしておらず、退屈な日々を過ごしていた。


ディットン・アースター

 ダスタンの弟。第三壁内の警備兵だった。兄に対して何かしらの対抗心はあったが、兄との関係は良くも悪くもなかった。


カーナストリア・アースター

 オーガスト侯爵の妾で、元は本妻お付きのメイド。オーガスト侯爵の領地で雇われ、王都の本邸で住み込みで働いていた。しばらくは本邸で子育てをしていたが、度重なる本妻からのいじめにより別邸に移った。その後、3人目の息子を高齢出産した。アースターは、カーナストリアの実家の家名。


オーガスト侯爵(オーガスト・バーマグラネット・ヴァンドリア)

 広大な領地のほぼ全てが果樹園というヴァンドリア領の現領主。横柄な態度やその性格からか黒い噂がたえないが、そのどれもが不確実。女好きで、悪い意味で有名。以前は“視線を向けられただけで孕ませられそう”と社交界でも嫌がられていた。他の侯爵家を目の敵にするところもあったが、後継者ができるとそれもあまりなくなった。重税を貸すこともなく、領民には慕われている。(あれ?これ、名前を呼ぶとしたら、オーガスト侯爵じゃなくて、ヴァンドリア侯爵なのでは……?というのは気づかないふりをして下さい。m(__)m)


ギッシュ

 ダスタンに取り入って、オーガスト侯爵に近づいた商人。第三壁内の西門寄りで、魔法用具店を営んでいる。特徴のない顔立ちをしている。虎の威を借る狐のような男。干し花(ポプリ)に執着を見せる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悪役だけど、面白い奴ですね、オーガストは
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