3-1 仕事仲介・斡旋所にて
どうやらこの国のお優しい国王サマは、定職についていない者に仕事を与えているらしい。
私はロマリアに連れられて、孤児院から少し歩いたところにある国営の仕事仲介・斡旋所を訪れていた。
どこかしら冷たい視線を受けながら、私はゆっくりと室内を見回す。そこそこ広い部屋の石造りの壁には、孤児院でも見かけた小さな灯りの魔法陣が等間隔に彫られ、窓が小さく昼でも薄暗いだろうこの空間を明るく照らしている。
受付カウンターの他に丸いテーブルと椅子が点々と置かれており、私達の他には、職員らしき制服を着た人の男と少し身なりの悪い男たちが話をしているようだった。ジロジロとこちらを見ているのは、私が獣人だからだろうか。
それはそうと、灯りの魔法陣は、この世界ではどの家にも使われているくらいオーソドックスな魔法陣なのだろうか?孤児院にもあるのだから、ない家の方が少ないのかもしれない。いや、魔法陣が発動できないという獣人の家にはないか――
などと考え始めた私の横で、ロマリアがコランジュという名の受付の男と話していた。孤児院の子供達の仕事は、このコランジュという人が全てここで紹介くれるという話だった。なので、私でもできる仕事も探しに来たのだが……ロマリアの表情は暗く、コランジュも困り顔である。
「仕事が紹介できないってどういうことですか?」
「どうもこうも、その年で出来ることなんてないよ。」
「うちのヨルモは、この年でも仕事をいただいていたはずです。」
「ヨルモ君は男の子だっだから、一日中草むしりができる体力もあったけどさ。女の子じゃあさすがに無理だよ。人なら、ロマリアのように魔素の適応を調べてって事もできるんだけど、それもできないし。
そもそも孤児院では、女の子は小さくても13才くらいから仕事を探すだろう?その年なら、まだ働かなくてもいいんじゃないか?」
どうやら私が幼い、というのがネックらしい。
たしかに、幼い女の子が一日中草むしりというのは傍目から見ればちょっと難しそうではある。まあ、そんなものは魔法を使って適当に燃やして土を掘り返せば……うん?それは畑の作り方だったかもしれない。
「それは……でも、その……。」
ロマリアは言葉に詰まってうつむいていたが、意を決したようにコランジュに視線を戻す。
「コランジュさん、この子は、まだ正式に孤児院に登録されたわけではないんです。登録してもらえるかもまだ分からなくて……だから、孤児院でご飯をあげるにしても、正式に登録してもらうまでは多くても1日1食しか食べさせてあげられません。もしかしたら、何も食べられない日もあるかも……。
だから、どうしても、仕事が欲しいんです。もし、何か出来そうなものがあれば、紹介してもらいたいんです。私も、手伝うので……。」
なるほど、孤児院にいるには手続きが必要らしい。しかも、お断りされる可能性もありそうな言い回しである。
「ロマリア。」
コランジュがロマリアの言葉を強い口調で遮る。
「君には特別な仕事があるだろう?君も理解しているはずだ。魔素クリスタルの生成というのは、素質がないと出来ない大事な仕事で、そのぶん報酬もいいし、それに、その収入は孤児院にはなくてはならないもののはずだ。そうだろう?」
どうやらロマリアとコランジュはそこそこ親しいようだ。コランジュの言葉には、厳しい中にもどこかロマリアを思いやるような……え?魔素クリスタルの生成?今、魔素クリスタルを生成するって言った?
「ロマリアの生成する魔素クリスタルは純度が高くて、他の下請けの物よりも質がいいって評判なんだよ?リネッタちゃんっていったっけ?その子には悪いけど、君の積み上げてきた信用を失うような事をしてまでこの子を手伝うのは、城詰めの魔術師様に君を紹介した僕としても、どうかと思うな。」
「それは……。」
とうとうロマリアはうなだれてしまった。
コランジュは微笑み、ひとことふたことロマリアを優しく諭し、それから私に視線を向ける。
「リネッタちゃん、君がどうしても働きたいというのは分かる。確かにここは、君のような身寄りのない子供にも、仕事を斡旋することができる場所だ。でも、君は幼すぎる。ちょっとお腹が空くかもしれないけれど、それでも風雨をしのげる孤児院の中で暮らせる上にきれいな水が飲めて、餓死の心配がないだけスラムの子どもたちよりもかなりマシだよ。早く孤児院に登録してもらって最低でもあと3年、何か手に仕事を覚えてからまだおいで。」
「分かったわ。」
私は、特に食いさがることもなく頷いた。仕事よりもまず、気になることが出来たのだ。これは、今すぐにでもロマリアに聞かなければならない。
あっさりと引き下がった私に驚いたのか、キョトンとしているコランジュに小さくお辞儀して、私はロマリアの袖を引っ張った。
「私、ロマリアに聞きたいことが出来たの。とりあえず、ここを出ましょう。」
ロマリアは、「えっ?えっ?」と戸惑いながら、私に引っ張られるまま、斡旋所から外に出たのだった。




