26-2 フリスタの災難(?)
最 悪 だ 。
その一言に尽きた。
やはりというかなんというか、危惧していたとおり生成師の少女が屋敷に居ることが城詰めの魔術師に知られた。驚くほどあっさりとばれたので、屋敷に内通者が居たのかもしれない。
で、少女2人は殺さなくて済みそうだと安堵していたのだが、代わりに坊っちゃんを殺すことなってしまった。
まあ、実際に“どうにかしろ”と言われたのはギッシュだが、あの残念商人に殺しなんて出来るわけがない、と俺は考えている。
偉い奴にはビクビクしてペコペコと頭を下げご機嫌をとり、身分が低い奴には威張り散らす。見ていて面白いほどコロコロと態度が変わるが、どう見ても肝っ玉が小さいのだ。相手が弱い立場の奴ならまだしも、侯爵の息子となれば腰が引けてしまうだろう。そもそも、ただの商人に殺しを命令する事自体、おかしいのだが。
そうして俺が、屋敷からほぼ出てこない坊っちゃんをどう始末したものかと悩んでいたのも束の間、生成師の少女を監禁していた部屋でばったりと坊っちゃんに出くわした。さすがに殺すにしても、ここではまずい。どうなることかと思っていると、雇い主が俺の愛剣で坊っちゃんの腹を切りつけ、キレた坊っちゃんがいきなり魔獣化した。
そうして俺は今、少女2人を庇うように坊っちゃんと対峙している。最悪だ。どうしてこうなった。超展開すぎるだろ。
魔獣化した坊っちゃんは、前から雇い主に似て家畜豚っぽいなとは思っていたが、今は正真正銘、家畜豚の化物である。……いや、豚頭か。
なぜ、人攫いをさせられる前に、さっさとこの仕事から逃げなかったのだろうか。
俺は自分の仕事運の悪さにうんざりしながら豚頭の化物を見ていた。
豚頭は、知性が低く言葉もろくに通じない、いわゆる亜人と呼ばれる類いの魔獣だ。
二足歩行をするので、亜“人”と呼ばれているものの、体内に人や獣人にはない“魔核”を持っている、まぎれもなく魔獣の類いである。
魔獣にも色々あるが、わりと温厚な部類の彼らは、西大陸の様々な森や山で小さな集落を作り、基本的には人や獣人とは関わらないよう暮らしている。とはいえまあ、亜人特有の“縄張り意識”は類にもれず強く、“自分たちの土地”と決めた範囲に入った者には容赦ない罠の洗礼を浴びさせるし、集落に入ろうものならそれが例え魔人であろうが構わず襲いかかる。
知能が低いこともあり攻撃パターンは単純なので、一対一ならばCランクの傭兵くらいになれば余裕で倒せるが、彼らの恐ろしいところはオスもメスも子供でさえも武器を手に持ち集団で襲い掛かってくるところであり、豚頭の討伐が決まると、はぐれ豚頭でもない限りは、周辺の傭兵がかき集められ大所帯で討伐に出る。
家畜豚や小牙豚は、雑食である。しかし、豚頭の主食は、森で獲れる蛇や兎だ。鹿や熊などの大型の獣も協力して狩ることもあるらしい。つまり肉食であり、もちろん人の肉も喰う。討伐隊は豚頭よりも多い人数で隊列を組み、すりつぶすように討伐していく。各個撃破なんて悠長な事をしていると、最悪、目の前で仲間が喰われるハメになるからだ。
とはいえ、今、目の前でフーフーと鼻息荒く血走った目で誰か……たぶん雇い主を探しているであろう豚頭の化物は、根本的なところが豚頭とは違う。
豚頭は、産まれた時から豚頭だ。対して、目の前にいる豚頭の化物は、“人に豚頭の核をぶっこんでみたけどちょっとしか適合しませんでした!”というやつである。これを、人の魔獣化と呼ぶ。
詳しくは知らないが、そもそも人が魔人化するには、強力な魔獣の核といくつかの魔法陣による儀式が必要らしい。しかし、見たところダスタンは魔法陣らしきものを持っていなかったし、儀式どころか斬られたショックと混乱のうちに闇に呑まれていた。
つまり、どうにかして魔獣の核だけを体に取り込んだのだろう。まあ、例え正しいやり方で魔人化しようとしたとしても、豚頭程度の核で魔人化する可能性は底なし沼に落ちた豆を見つけるより低いだろうが。
ああ、なんで俺、ここにいるんだろ。
心のなかでぼやきながら、豚頭の化物と少女2人の間に立ち、ポケットの中に手を突っ込んで持っていた魔素クリスタルを全て割る。
まさか戦闘になるとは思ってもみなかった。王都に来る前から使っている俺の愛剣は、切れ味がいい代わりに大食いだ。持っている魔素クリスタルは、5級が数個しかない。全部を割っても、4級の魔素クリスタル1個にさえ届かない。
しかも、相手がただの豚頭ならまだしも、人の魔獣化である豚頭の化物は魔人が持つ刻印の劣化版のようなものを使う可能性がある。それがどういった効果の劣化刻印かは分からないが、5級の魔素クリスタルでは心もとないどころの話ではなかった。
「がんばってください。」
と、獣人の少女が背伸びして手を伸ばしてきた。するりと白魚のような指が背中を撫でる、感触。
頑張れません逃げたいです!……とは言えなかった。
獣人の少女が死ぬのも目覚めが悪いが、何より生成師の少女が死ぬとまずいことになるのだ。応援されなくとも、今はやるしかないのだ。幸い、城詰めの魔術師と獣人の騎士がこちらに向かっていることだし、それまでどうにか時間を稼ぐしか無い。
獲物を探していた豚頭の化物がこちらを向いた。
「オ、オオオオオガ、ズド……どごイッダア……」
あ、喋った。
「ボボボボ、ボグ、ガ、せい、れい、にイイイイイイ……」
豚頭よりは知性はある、のか?まあ、元が人だからな。
そもそも、魔獣の核を取り込んだとしても、魔獣化すらできずその場で死ぬ奴の方が多いのだ。魔獣化はできたのだから、それなりに豚頭の核と適合しているのかもしれない。いや、でも豚頭じゃあなあ。
「フリズダ……おまえええええ、オオガズド、ガクジダ、ノカ!」
カッと牙をむく豚頭の化物。その顔はまさに獣だった。残念ながら話し合いはできそうにない。
静かに腕をおろし、両手で持っている愛剣の切っ先を左下にして構える。
5級の魔素クリスタルでどこまでいけるかは分からないが、まあ、少女2人が逃げる隙くらいは作れたら……いいなあ?
「フイズダアアアアア!!!」
剣を構えたことで戦う意志を感じとったのか、豚の化物が牙を向いて殴りかかってくる。
「うわっ……意外に、速、い、な!?」
このまま俺だけ避けたら後ろの2人に突っ込むだろこれ!!
俺は慌てて少女2人の服をひっつかんで真横に飛んだ。手に持った剣の刃が当たらない事を祈る。
ゴスッという鈍い音に慌てて振り返ると、拳を壁にめり込ませるどころか、隣の部屋まで貫通させた豚頭の化物が、自らの拳で開けた穴を見てニンマリと笑っていた。
「ボク、のおおお、ヂカ、ラ……コ、れ、ガ!!!ゼイレイ、の、おおオオオオ!!!」
後ろに誰かを庇っていては満足に戦えない、か。じわじわと少女たちから豚頭の化物の視線が外れるように移動しながら、俺は覚悟を決めた。自分からやるしかない、と。
「ゴウ、ジャク、……オオオオガスド……!」
俺は姿勢を低くし、唸りながら目を爛々と赤く光らせている豚頭の化物へと走った。
「っ!?」
もともとそこまで離れてはいなかったが、自分の思っていた以上に体が軽く一瞬で間が詰まる。いや、今は自分に驚いている暇などはない。
低い姿勢のまま豚頭の化物の直前で踏み込み、勢いをつけて愛剣を右上に向かって振り上げる。
豚頭の化物はその巨体に似合わない速度で飛び退いたが、軽くだが手応えはあった。魔法陣で強化された刃はスパンとぶっとい左腕を切り裂き、青い体液が壁から天井へと飛び散っていた。
「グガアアアアアブリズダアアああああああ!!」
血走った目で俺を見る豚頭の化物。しかし俺は、自分自身の剣速のほうに驚いていた。最近は王都内での仕事ばかりで、まともに体を動かす機会など皆無だったのだ。体がなまりきっている俺が、こんなに動けるはずがない。
驚きの跳躍力で壁まで飛び退いていた豚頭の化物が壁を蹴り、手も使いながら転がるように距離を詰めてくる、が、不思議と動きがよく見える。歪な牙の生えた噛みつきを大きく右に避け、ついでとばかりに傷ついた左腕にさらに斬りつける。
豚頭の化物はそれに怯まず足を踏ん張って俺の方へと方向転換し、丸太のような右腕を俺の頭めがけてラリアットのように振るったが、それも僅かに後退してギリギリで避け、その後バックステップで安全な距離まで離れる。
なんだ、これは。
今の攻防で、俺はかすり傷すら負わなかった。なりたてとはいえ、魔獣相手にだ。完璧とも思えるような自分の動き。しかし俺の頭の中は冷静に大混乱していた。
敵の動きがよく見える事もだが、なにより、自分の動きが理想的すぎる。見たいものが見え、動きたいように動ける。
さっきの噛みつきだって、本来の俺ならば避けるのが精一杯だったはずだ。それが今は、避けた上にカウンターを与え、さらには追撃まで避けたのだ。
紫色の顔を赤く染めた豚頭の化物は、牙や爪、腕や足をフルに使って俺に迫ってくるが、俺はそのどれもを避け、あるいはカウンターを入れ、捌ききった。一息ついて見れば豚頭の化物はあらゆる所を俺に切りつけられ、部屋は青い血にまみれている。
これは、いける、のか?
豚頭の化物が四つん這いになり、再び転がるように向かってくる。
……噛みつきか。攻撃が単調なので読みやすいな。まあ、元が戦闘訓練もしてない金持ちの坊っちゃんだったからな。使った核も豚頭のだし。
牙を剥き出しにして迫ってくる豚頭の化物に、だいぶ余裕が出来た俺は、その首をはねる決心をして愛剣を構えた。豚頭の化物噛みつきをするりと避けた瞬間――愛剣が纏っていた魔法陣の光が消えた。
「あ。」
豚頭の化物の首へと思いきり振り下ろした愛剣から伝わってきたのは、分厚い皮とその下に溜め込まれた脂肪の塊に、刃が押し返される感覚だった。
「まっず、――ぐえっ!?」
豚頭の化物が腕を跳ね上げ、焦って動きが鈍くなった俺を殴り飛ばした。その腕力は流石というべきか、俺は背後の壁に思い切り背中を叩きつけられ、一瞬で肺から空気が抜けて目の前が真っ白になる。
その場に崩れ落ちそうになるのを、必死に足に活をいれて目の前を見ると、豚頭の化物が追撃をせんと四つん這いで向かってくるところだった。慌てて突進を避け、青い体液まみれの床を転がりながら追撃されないよう大きく距離をあけるが、窮地であることに変わりはない。
あー、やばい。
愛剣はもともとよく切れる剣だが、魔獣の皮膚は獣の皮と違い、ただの剣では斬ることはおろか傷ひとつつけられない。しかし、魔素クリスタルはもうない。
殴りかかってくるその拳をどうにか剣の腹でさばくが、少しでも気を抜いて変なさばきかたをすれば、愛剣は折れる。今の自分の理想的な体捌きが火事場のなんとやらだったとしても、体力がいつまで持つかも分からないし、何よりこちらには攻撃する手段がなくなってしまった。万事休すである。
その時、パキ、と愛剣から控えめな悲鳴があがった。やばいやばい高かったんだぞこれ!と、慌てて剣を引っ込めると、それが隙になり思いきり腹に豚頭の化物の頭突きをくらってしまった。
再び吹き飛ばされ、壁に激突する。体に激痛が走るが、今回も運良く骨は折れていないようだ。意識もすぐにはっきりしたので、すぐに追撃が来るだろうと慌てて足を踏ん張って構えるが、豚頭の化物はなぜか突っ立ってこちらを見ているだけだった。
そう、じっとこっちを見ていた。……赤黒く、炎のように揺らめく瞳で、見ていた。しかし、見ているだけだ。何かつぶやいているような……?いや、何も聞こえない。豚頭の化物はただ、こちらを見ている。何だろうか、得体の知れない何かを感じる。劣化版とはいえ、刻印を使われると厄介だな……いや、そもそも小さな豚頭の核で刻印なんて使えるようになるのだろうか、などと考えながら、しっかりと揺らめく赤黒い瞳を見据える。大丈夫だ、今の自分なら、相手の動きにじゅうぶんついていける。……自分自身の、ごくりとつばを飲み込む音がやけに耳に残った、その時。
豚頭の化物が、カッと牙を剥き出して笑った。ぬらぬらと青い血に染まった歯の隙間から垂れ下がった長い舌が、ぞろりと唇を舐めずっている。
「う……ひっ……!?」
俺は一瞬のうちに恐怖で身が竦み、金縛りにあったように動けなくなった。
怖い。足が震える。ああ、俺は豚頭の化物に喰われる、と、そう確信した。逃げられない。赤黒い瞳が俺を射抜いている。足が動かない。戦うことなんてできない。逃げることは無意味だ。剣は手に持っている。足が動いてくれない。戦う事は無意味だ。……ああ、喰われる。抵抗はできない。抵抗しても意味がない。俺は、喰われる。あの牙に腹を喰い破られる。豚頭の化物は俺を見ている。ああ、舌なめずりして俺を見ている。喰われる。終わりだ――
豚頭の化物が突っ込んできても、俺は動けないでいた。いや、動かなかったのかもしれない。ゆっくりと、やけにゆっくりと、豚頭の化物が俺に向かって突っ込んでくる。牙をむき出しにして、俺に噛み付くために、俺を喰うために。なぜか俺はそれを、受け入れていた。
全てがゆっくりと動いている中、豚頭の化物よりも早く俺に抱きついてくる相手がいた。そして――
ガッ――ィィン
目の前に迫っていた豚頭の化物が、いきなり何かにぶつかったように弾き返された。
「……は?」
何が起ったのか理解できず、俺はぽかんと、尻餅をつき頭を振っている豚頭の化物を見た。豚頭の化物も何が起ったのか分かっていないようで、頭を振りながらも、唸りながら辺りを警戒している。
「……ああいうのもあるのね。」
腰のあたりから聞こえたのは、鈴を鳴らしたような可愛らしさもありながら、どこか大人びた声だった。
「嬢ちゃん……?」
俺の腰に抱きついていたのは、焦げ茶の耳が可愛らしい混色の獣人の少女、リネッタだった。
リネッタは俺の言葉には応えず、小さくため息だけをその口から漏らして俺の腰から離れた。
今のは……この少女が、やったのか?一体、何が……?
俺が混乱している間にも、リネッタは俺の前に進み出て、壁の方へと手を向けた。
『TSALBTSEDOM。』
なんと言ったのか聞き取れなかった。「何を、」と聞こうとした次の瞬間、爆発音と衝撃が俺の言葉を遮った。音がした方向に視線を向けると……外に面していた壁が半分ほど吹き飛んでいた。
もうもうと立つ煙を、俺はただ呆然と見ているしかできなかった。豚頭の化物も動けずにいる。部屋に沈黙が落ちた。
やがて風で粉塵が流されると、窓のなかった部屋に日差しが入り、部屋がやや明るくなる。
「な、な……?」
なんだ、これは。
我に返った俺は、言葉をなくしていた。
壁が爆発した。魔法陣もなしにだ。
「ダスタンサマ。オーガスト侯爵サマが逃げようとしているわ。もう、外にいるわよ。早くしないと馬車に乗って逃げてしまうわ。」
「ぐ、グガガ……」
リネッタの言葉に、豚頭の化物は一瞬迷ったようだった。問答無用で襲いかかってこない辺り、強く頭をぶつけて頭が少し冷えたのかもしれない。まあ、いきなり起った爆発に驚いていただけかもしれないが。
そうしてのそりと立ち上がったかと思うと、じりじりと見晴らしの良くなった壁際へと後退していき、豚頭の化物は首だけ大きな穴に向けて外を見やった。
「……。」
豚頭の化物はそこで目的のモノを見つけたようだった。チラリとこちらに視線を向けてから、無言のまま壁を乗り越えて外に飛び降りていった。
壁の外からバキバキと木が折れる音がする。ここは3階なのだが、魔獣ともなればそんな高さなど問題ないのだろうか……?場違いな事を考えていると、リネッタが自分から離れて行くので、そちらに視線を向ける。
「ロマリア。」
「リ、リネッタ……。」
見ると、リネッタが床に座り、へたり込んでいるロマリアの両手を握っていた。
「これでお別れね。私はもうこの屋敷に居ることはできないし、孤児院にも帰れないわ。……王都からも出るつもり。」
「リネッタあ……うう。」
ロマリアが涙を溢れさせて、リネッタを抱きしめる。
「ありがとう、今まで、私が何者かを聞かないでいてくれて。ロマリア、貴方には生成師の素質があるわ。貴方はもう、4級の魔素クリスタルを生成できるんだもの。今のやり方をずっとやっていけば、3級だって生成できるようになるわ。絶対。だから、孤児院に戻っても頑張ってね。」
「うっ、ぐすっ……リネッタ、もう、会えないの?」
「この屋敷のメイドだったらそうかもしれないけれど、大丈夫。落ち着いた頃にまた戻ってくるわ。あ、図書館にも、まだ入ってないし。せっかく文字を覚えたのに。」
ロマリアが抱きつくのをやめ、キョトンとした顔でリネッタの顔を見た。その表情はすぐに泣き笑いになる。
「……ふふふ、もう。……まだそんなこと、言って。」
「私は本気だったのよ。」
「うん……知ってるよ。」
「あ、あと、王都から出る前に……貴方にね、渡したいものがあったんだけど、今はないから、そのうち送るわ。」
「送る?どうやって?」
「ひ・み・つ。でもきっと、貴方の役にも、孤児院の役にも立つはずだから、それは私からのお礼として、受け取って欲しいの。」
「リネッタ……。」
「――本当は、こんな別れ方をしたくなかったけど、まあ、しょうがないわね。大丈夫、外にはテスター様の馬車がもう着いてるし、強そうな獣人の騎士もいるし、あの魔獣は討伐されるでしょう。あ、ついでにヨルモも付いてきてるわよ。役に立つかはわかんないけど。」
「ヨルモが?え、でも、リネッタ……なんで知ってるの?」
「ひ・み・つ。」
リネッタはそう言って立ち上がると、俺に視線を向けた。
「貴方には、ちょっと頼みたいことがあるから。ついてきて、くれるわよね?」
俺は「ああ。」と応える。リネッタの言葉には、有無を言わさない圧力があった、気がした。いや、壁を爆発させたのを見て、ただ単にビビっていたのかもしれない。うん。
リネッタはにっこりとして、「あ。」と思い出したようにロマリアに視線を戻した。
「ロマリア。できれば、今見たことは内緒にしておいてほしいの。壁に穴を開けたのは、ダスタンってことに。ほら、壁の修理代、請求されたら困るし。」
「修理代って。……あはは、うん、内緒、ね。」
ロマリアが悲しそうな笑顔でリネッタを見つめている。リネッタはどこかくすぐったそうな笑顔で応えた。
「この、えっと、名前なんだっけ?」
「フリスタだ。」
「そう、フリスタ。このフリスタは、ダスタンと戦って食べられちゃったことにでもしといて。全部食べられちゃいました、って。」
おい。
「じゃあ、またね、ロマリア。今までありがとう。下の決着がついて、テスター様か誰かが助けに来るまで、ここを動いちゃだめよ。」
「うん、分かった。またね、リネッタ。」
2人はそうして、笑顔で別れを告げた。
俺は、リネッタについて廊下へと出る。リネッタはしばらく廊下を歩いてロマリアのいる部屋から離れると、振り返って、満面の笑みを浮かべた。
「貴方をここから逃してあげる。だから――ねえ、私、欲しいものがあるの。」
それは、魔人の囁きだった。




