25-5 説得
「ロマリア。お前を孤児院に戻すことになった。」
部屋に入ってきた貴族のおっさんは、開口一番にそう言った。そこに、昨夜のようなドス黒いオーラは一切感じられない。
「……えっ?」
魔素クリスタルの生成の途中で小休止していたロマリアが、ぽかんと口を開いてオーガストを見る。
うん、その気持ち、分かるよロマリア。私だって、絶対に助かると断言したけど、もうちょっと長い間監禁されてると思ってたから。
「実は、お前を監禁した理由はな……本当は、魔素クリスタルが目的ではないんだ。」
……えっ?
今度は私がぽかんと口を開く番だった。
「息子がな……昨日この部屋に顔を出しただろう?あれがな、以前、お前に一目惚れしてしまったそうなんだ。親としては、うまいことどうにかしてやりたかったんだが、その前に息子が暴走して、勝手に私の傭兵を使い、お前を攫わせてしまったのだ。昨日はあんな言い方をしてすまなかったな。」
昨日と言ってることが全然違うよおっさん!と、私は心のなかで突っ込む。そもそも昨日顔を出したその息子とやらは、ロマリアの名前どころか、顔すら知らなかった気がする。
ロマリアも違和感を感じているのか、困った顔で私に視線を向けた。
――先刻、なんか高そうで偉そうなローブを纏ったお兄さんがギルフォードを伴い、どこかで見たことのある立派な馬車に乗ってこの屋敷に来訪していたが、その時に何かあったのだろうか?
あの2人がこの屋敷に来たのは、さすがに偶然ではないだろう。つまり、どうにかしてこの屋敷にロマリアがいると調べたということだ。
しかし、この屋敷の周囲には走り鼠を配置しているし、空からは魔女の梟で人の出入りを監視しているが、怪しい影は一切見えなかった。
私もロマリアも、拐われた時はあの姿を隠すコートを羽織っていたから、私達がつけられていたわけではないだろう。もしつけられていたとしたら、人攫いさんが私に声をかけた時にそれを見られていて、人攫いさんの方がつけられていた、とかだろうか。もしくは、この屋敷に内通者がいた、とか。
うん、内通者がいた、という方がしっくりくるので、そういうことにしておこう。この屋敷は人の出入りは多くないが、全く無いわけではないのだし。
……そういえば、馬車に一緒に乗り込んでいたヨルモは、一回も馬車から出てくることはなかった。貴族の屋敷に怖気づいたのだろうか。
まあ、孤児院に戻れるのならもうどうでもいいことだろう。貴族のおっさんの言っていることはわけがわからないが、私はそれで納得することにした。
しかし、ロマリアは混乱しているようだった。
「あの、私……本当に帰っても……」
「そうだ。」
「なんで……。」
「先程、城詰めの魔術師が迎えに来た。大切な生成師殿を帰してくれとな。」
「テ……テスター様が!?」
「そうだ。」
ロマリアの顔がぱっと明るくなったが、おっさんはそれを薄ら笑うような顔をして話を続ける。
「ただし、獣人の方は帰すわけにはいかない。」
えっ。
「ロマリア。お前は一人で孤児院に戻るんだ。そして、今まで通り、何もなかったように、生活を続けろ。この獣人の事は忘れるんだ。」
「そんな、どうして……!?」
「お前が、あの城詰めの魔術師に、私の屋敷であったことを何も話さなければ、この娘は奴隷として売らずにこの屋敷に置いてやろう。この娘は、言わばお前の枷だ。先程も言ったとおり、お前は、“私の息子のダスタンに攫われ、この屋敷に囚われた。しかし、私とテスター殿との話し合いにより、孤児院に戻ることになった。それ以外の事は何も知らない”んだ。
もちろん、この娘が一緒に拐われた事など、お前は“知らない”。だから、同時期に拐われた獣人の少女に対して、悲しむことはあるかもしれないが、その少女がどこにいるかなどは一切“分からない”し、“透明な魔素クリスタルのことも知らない”。……私の言っている意味が分かるな?」
「……、……リネッタは……どうなるんですか?」
「お前が口を閉ざしている間は、どうにもならない。この屋敷の住人として受け入れてやろう。望むなら、メイドとしての最低限の教育くらいはつけてやっても良い。もちろん、食事もメイドと同じものを与える。」
ロマリアは言葉を失っていた。理解が追いついていないだけなのかもしれない。
そんなロマリアを横目に、私は、さっき来た偉そうなローブを纏ったお兄さんが噂のテスター様だったのか、と、ぼんやりと考えていた。騎士を伴って自信満々な顔でこの屋敷に入っていったテスター様は、帰る時には憮然とした面持ちになっていたが、おっさんとの間で一体どんな話し合いが行われたのか。
まあ何にせよ、このおっさんが今回の誘拐事件の犯人を自分の息子になすりつけた事だけは理解した。このおっさんにしてみれば、あとはロマリアが変な証言さえしなければ、全ては丸く収まるということなのだろう。たぶん。
別に私は、ロマリアさえ孤児院に戻れるのなら何の問題もなかったので特に何も言わず黙っておっさんの話を聞いていた。しかし、ロマリアは突然言われた事に理解も納得も出来ていないようで、さっきの明るい顔はどこへやら、泣きそうな顔になっている。
このおっさん、昨夜も思ったが、いちいち言い回しが大仰なのだ。大人ならば理解出来るだろうが、相手は15才前後の子供だ。分かり辛い事この上ない。ここは私がひと肌脱ぐしか無い、か。
私は微笑み、できるだけ優しい声でロマリアに声をかけた。
「ロマリア。」
「リ、リネッタ……?」
ロマリアが瞳に困惑を宿してこちらを見る。私はゆっくりと頷いて続けた。
「私は、ロマリアが孤児院に戻れるなら、それでいいわ。」
「……どういう、事?」
「ロマリアは、このおっ……侯爵様のご子息様に拐われて、このお屋敷に一人で監禁されていた。ロマリア、貴女はそれだけを覚えて帰ればいい、と、侯爵様はおっしゃっているのよ。それ以外のことは、貴女は何も知らないことにしなさい、とおっしゃっているの。誰に、何を聞かれても、“わかりません”と一言答えればいいとおっしゃっているの。とても怖い体験をしたんだもの、それ以上聞かれることはないはずよ。そうすれば貴女は今まで通り、孤児院で暮らしていけるの。」
私の説明に、どうやら理解が追いついてきたロマリアが、困惑の色を濃くした。
「でも……それじゃあリネッタはどうなるの!?私のせいで攫われて……こんな所に閉じ込められて!リネッタを置いて私、帰れない!」
「私は大丈夫。」
ロマリアの言葉に、私は即答した。
「私はまだ孤児院の子供じゃないの。まあ、居なくなったら、たしかに多少騒ぎになるかもしれないけれど、大きな問題は起きないはずよ。そもそも王都民ですらない私は、スラムの子供と変わりないんだから。それに、別に奴隷に落とされるわけでもなし、何を悲観するようなことがあるの?さっきも侯爵様がおっしゃってたじゃない、メイドとしての教育まで受けさせてくれるって。ちょっと早いけど、仕事に就けたと思えばいいわ。王都民でもない獣人で孤児の私が、侯爵様のお屋敷に雇ってもらえるなんて幸運以外のなにものでもないと思うわ。ここの食事、美味しいし。ほら、何か問題でもあるの?」
「それは……。」
物は言いようである。うっかり侯爵の事をおっさんと言いかけたが、それ以外はうまく言えたはずだ。
もちろんこの屋敷で働くつもりなんてさらさらない。私は掃除も片付けも嫌いなのだ。メイドなんてやってられるわけがない。ロマリアが無事に孤児院に戻ったのを確認した後は、屋敷の住人をまるごと寝かしつけでもしてさっさと逃げるだけである。
もう孤児院には戻れないが、幸いお金の入った革の肩掛け鞄は手元にある。王都の図書館に入れなかったのは残念だが――今は王都から出るのが一番安全だろう。土地勘は全くないが、そこは協力者を探すしかない。
そうだ、ジャルカタの店に地図があるかもしれないし、世話にもなったし、王都を出る前にこっそり寄って必要な物を買い足していこう。ああ、この屋敷の何処かにあるだろうあの隠遁のコートを拝借していけないだろうか?あれがあれば、旅が捗りそうである。
「……うう……リネッタあ……。」
ぼろぼろと涙をこぼし、ロマリアが私の両手をつかむ。
「泣くことなんて無いのよ?ロマリア。確かに、これから先、このお屋敷から外に出られないかもしれない。でも、飢えずに生きていけることがどんなに幸運なことか、分かるでしょう?」
「分かる、けど……うぅ……ごめんね……。」
「謝る必要なんて全く無いわ、ロマリア。貴女が今まで通り、孤児院で楽しく暮らして行くことが、私の一番の望みよ。」
「う、ううううう。」
なかなかいい説得だった。ロマリアはとりあえず納得してくれたようだった。私は心の中だけで、かいてもいない汗をいい笑顔で拭った。
「話は終わったようだな。まあ、今夜は2人で過ごすと良い。もう魔素クリスタルを生成する必要はない……まあ、結局ひとつも満足に生成できなかったようだがな。」
おっさんは冷たくそう言うと、床に転がっている不透明なままの魔素クリスタルを見やった。
私が生成した透明な魔素クリスタルに比べれば確かにそれは不出来だろう。しかし、これはロマリアの努力の結晶である。私の見立てでは、たぶんこの不透明で大きい魔素クリスタルは4級の魔素クリスタルであるはずだ。
孤児院に帰ったあと、同じように大きな石で魔素クリスタルを生成すれば、これと同じ4級の魔素クリスタルが出来上がるはずである。
その後おっさんは特に何も言うことなく、部屋から出ていった。
ロマリアはゆっくりと平静を取り戻し、私を後ろから抱きしめて、寝るまで離さなかった。




