25-4 そして
「テスター……フォアローゼス侯爵の三男坊。覚えておくぞ。」
自室の窓際で、馬車へと戻っていくテスターとギルフォードの背中を眺めながらオーガスト侯爵は誰にともなくつぶやいた。
その後ろには傭兵と、中肉中背の、あまり特徴のない商人が立っている。
「話は聞いていたな?ギッシュ。」
「は。」
ギッシュと呼ばれた中肉中背の商人の男が背筋を伸ばして返事をする。あの話し合いの時、ギッシュとフリスタは、隣の部屋で待機していたのだ。
ギッシュは緊張しているのか、うっすらと汗をかいているようだった。
「私はあの娘に話をつけに行く。まあ、生成師さえ返せば奴は文句は言うまい。」
ロマリアが何も言わなければ、獣人の方は知らぬ存ぜぬで通せるだろう。貴族の血縁者ならまだしも、たかが獣人の孤児に、守護星壁の使用許可が降りるわけがない。
「あとは――息子だが。」
オーガスト侯爵はギッシュに視線を向けた。
「あれはもういらんな。弟と違いろくに仕事もせず、好き勝手しているだろう。ちょうどいい機会だ、カーナ達を領地に帰す前にどうにかする。」
「しょ、どうにか、ですか……?」
「そうだ、“どうにか”だ。わかるな?カーナには悪いが――うっかり三男坊が失敗して、変にダスタンを調べられても困る。ギッシュ、お前は知らないかもしれないが、この国にはな、知っている情報を全て吐かせる拷問用の魔法陣というものがあるのだよ。それを使われると、どんなに優秀な暗殺者でもすぐに秘密を喚き散らすそうだ。」
「ご、拷問用の……魔法陣、ですか……。」
ぶるりとギッシュが震える。
「それをダスタンに使われると困るだろう。あの少女2人を見たダスタンは、“どうにか”するしかない。まあ、自業自得だろう、妾の子だと腐っているのはあいつくらいで他の子らはまともなのだから。
ダスタンを“どうにか”するのは、お前の役目だ、ギッシュ。それが成功したあかつきには、お前を私の本邸に正面から入れるようにしてやろう。」
つまりそれは、正式に侯爵家の商人として認められるということだ。第三壁内に1店舗しか店を持たないギッシュにとって、これ以上にないであろう出世。他国に店を出すことも夢ではない。
「お、仰せのままに……。」
震えた声でギッシュが頭を下げた。フリスタはそんなやり取りを黙って聞いていた。
ギッシュとフリスタが退室しても、オーガスト侯爵は一人で窓の外を眺めていた。
「まさか、あの娘がフォアローゼスの血縁だったとはな……。」
壁際に飾られた重厚な宝石箱に視線を向けて、思わず苦笑する。
あの箱の中には、ギッシュが持ってきた透明な3級の魔素クリスタルが複数個、収められている。しかし、あの、特別な宝物を見つけたときの高揚感は、ロマリアがフォアローゼス侯爵家の血縁者という言葉を聞いてすぐに冷めてしまった。
フォアローゼス侯爵家は、もともとは魔術師の家系ではなかった。しかし、魔術に秀でている娘を代々娶ることにより、魔術師を排出してきたと聞いた。
そこに生まれた、占術師になるであろうテスターと、あの年で3級の魔素クリスタルを生成する娘。それらがフォアローゼス侯爵家に齎すモノは大きいだろう。
なんとも腹立たしいカップルであり、以前のオーガスト侯爵ならば金を湯水のように使い邪魔してやったことだろう。
しかし、今は何故か財産を費やしてまで邪魔をしてやろうとは思えなかった。モノには執着できるのだが、いつの間にか、人の心のようなあやふやなものには執着できなくなっていたのだ。金はある。領地もすでに完成させているし、あとは優秀な後継者に任せておけば問題ない。
今のところ、フォアローゼス侯爵家を始めとする他の侯爵家との関係は、良くもないが悪くもないし、娘もいい年だ。そろそろ爵位を渡して自分は隠居してもいいのかもしれない。
そこまで考えが及んだところで、オーガスト侯爵は「馬鹿馬鹿しい。」と頭を振って自らの考えを否定した。明らかに考えすぎである。そして自分らしくない。
オーガスト侯爵は、フン、と自嘲気味に鼻で笑って踵を返すと、自室を出て、ロマリアとリネッタを監禁している部屋へと向かった。
――あの肝っ玉の小さな商人はどうせダスタンを殺すことはできないだろう。
処分、ではなく“どうにか”という言葉を使ったのもそのためだった。出来が悪くとも、我が愛する妻のひとりが産んだ子なのだ。運が悪ければ死ぬだろうが、それならダスタンがそこまでの男だったということだ。




