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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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25-3 乗り込む 1

「ははは、まさか本邸よりも先に、この屋敷に城詰めの魔術師様をお迎えすることになるとは。」


 オーガスト侯爵はにこやかにそう言って、メイドに運ばせた紅茶を向かいに座っている2人に勧めた。


「突然お邪魔して申し訳ありません。……ちょうどオーガスト様がいらっしゃってよかった。」


 柔らかい微笑みを浮かべ、テスターは紅茶を手に取る。それに対しギルフォードは軽く頭を下げただけだった。

 第三壁内にある、オーガスト・バーマグラネット・ヴァンドリア侯爵の別邸。ここには、オーガスト侯爵の妾の一人であるカーナストリアとその子供等がメイドと共に住んでいた。


「この屋敷に用事でも?まさか、うちの愚息が何か?」


 紅茶のカップを静かにテーブルに置いて、オーガスト侯爵が表情を曇らせる。テスターは「いえ。」とゆっくりと首を振ってから紅茶を口に含み、ほう、と息を吐く。


「いい香りですね。」

「たまたまいいモノが手に入ってね。ははは、こっそり本邸から持ち出してきたんだ。こちらの家族にも楽しんでもらいたくてね。最近付き合い始めた商人が、こういった嗜好品をよく持ってきてくれるんだよ。

 ――ああ、話が逸れてしまう前に、用件を聞こうか。城詰めの魔術師様が、この屋敷には何用で?」


 今度はテスターが表情を曇らせる番だった。


「お恥ずかしい話なのですが……僕の育てていた魔素クリスタルの見習い生成師が、人攫いに遭いまして。」

「ほう、それは災難でしたな。」

「その話だけならば、すぐにオーガスト様のお耳にも聞こえてくると思います。貴族の噂は早いですから。

 ですが、話はそれだけでは終わらないのです。その子供が普通の孤児ならばまだ、よかったのですが……ここだけの話、実はその子供は……フォアローゼス家の遠縁に当たる子供なのです。」

「なんと……」


 紅茶を飲んでいたオーガスト侯爵の手が止まる。テスターは目を伏せて、話を続けた。


「まあ、もうその子供に貴族籍はありませんから、現在はただの平民の孤児扱いです。

 ですが、希少な生成師ですし、出生はきちんとしていますから、ゆくゆくはフォアローゼスの名を名乗らせようと思っていました。気立ても良く、勤勉でしたしね。ですから、そういった申請を、秘密裏にですが少しずつ行っていたのです。

 その申請が、あだになってしまうとは思ってもみませんでしたが……攫われた子供の出生等はすでに国に提出してしまっているのです。ですから、この誘拐事件はそのうち大変な騒ぎになるでしょうね、フォアローゼス家の血縁の生成師が攫われた、と。はは……大失態ですね、僕の。

 警備兵の不備で遅れてしまいましたが、間もなく騎士団も動くことになるでしょう。領地に居るフォアローゼス家の当主――父も、その子供を迎えることを楽しみにしておりましたので、直々に歴王に頼み守護星壁(ガーディアン・ウィル)の使用許可を申請することも視野に入れている、と聞いています。」

「……。」

「ですが、できるだけ父や……王の手を煩わせないようにしたいのです。攫われてしまったのは僕の不手際ですから。それに、あまり大事になると、その……僕がフォアローゼスの名前に傷をつけてしまうことになり、父や兄に迷惑をかけてしまいます。占術師としての(・・・・・・・)評価にも響くことになるでしょう。それらはどうしても避けたいのです。

 私兵に調べさせた所、子供はまだ王都からは出ていないようで……どうやら、第三壁内にいるようなのです。最初はスラムに監禁されていたそうなのですが、すでにスラムにはいませんでした。守護星壁(ガーディアン・ウィル)が使用されればすぐに分かるでしょうが……なにぶん僕は、まだ占術師ではないので、どれほど正確に分かるものなのか、詳細はわかりません。」

「……それで?」


 目を伏せていたテスターには、話を黙って聞いていたオーガスト侯爵の表情は分からなかったが、その口から発せられた声は、ひどく低いものだった。

 その声音に、テスターは内心、ほくそ笑む。


「先程も言いましたが、できるだけ大事(おおごと)にならないようにしたいのです。最悪、その子供が生きてさえいれば、あとはどうにでもなりますので。

 今日は偶然、オーガスト様の馬車を見かけましたので、お屋敷に寄らせていただいた次第で……これは、フォアローゼス家としてではなく、城詰めの魔術師としての協力のお願いになりますが、もしよければ、僕に力を貸していただけませんでしょうか。」

「――いいだろう。」

「……よろしくお願いいたします。」


 大仰に頷くオーガスト侯爵に、テスターはパッと顔を上げたあと、すぐに深々と頭を下げた。下を向いたテスターの顔は満面の笑みを浮かべていた。しかし、続いたオーガスト侯爵の言葉に、すぐにそれは消え去る。


「少し、席を外してもらおうか、ギルフォード騎士団長。」

「はっ。」


 テスターが頭を下げている間に、紅茶に口もつけず不動の状態でソファに座っていたギルフォードがすっと立ち上がり、一礼して部屋を出ていく。

 それを見届けたオーガストが、テスターに声をかけた。


「その少女(・・)のことなんだが、心当たりがある。」


 その低い声に、ぴくり、と頭を下げたままのテスターの肩が震えた。

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