2-5 リネッタのひとりごと
まさか、古代語や魔法陣の技術が、暫定だけれど“隣世界”のものだったなんて。
ロマリアに孤児院や姉妹関係の説明を受けた後、「少し休んでて」と言われ、私はベッドに仰向けになって、置かれている状況を自分なりに整理していた。
話を聞くに、ここは私の居たレフタルという世界ではない……と思われる。
私の居た世界には大陸は一つしかなかったし、種族も、背の高さや肉付きなどの多少の差はあったものの、獣の耳や尾を持つ獣人なんていなかった。
しかし、形は違えど魔素を消費して発動する魔法があり、太陽があり、そして太月、闇月、子月という三つの月があり、呼び名が“神”と“精霊”という違いがあるものの信仰の対象があり、さらには平原の民とこの世界の人には外見に違いがないことから、似通った世界なのだろう、たぶん。
こういう世界の事を、私の居た世界では、“隣世界”と呼んでいた。
私の居た世界では、海の始まる東の果てにも、海の終わる西の果てにも、何があるのか分かっていない。海が流れて来る東へと向かうと、どうやっても暴風雨によって押し戻されてしまうし、海が流れて行く西へ向かった者は誰一人として帰ってはこなかったそうだ。
東から西へと流れ続ける海の水は、どこから来てどこへ行くのかという疑問に、一人の研究者が、海の向こうには魔法的な空間に隔てられた別の世界があるのではないか?という説を唱えた。
発表当時は嘲笑の的だったその説も、その研究者が死んで数百年、今では定説となっている。
もしこの世界でも海の先へ進むことができないのならば、その説はさらに信憑性を増すだろう。いつか調べてみたい題材である。
あの、私たちが遺跡だと思っていたものは、私が使ったあの転移魔法陣かそれ以外の転移魔法陣によって、きっとこの世界から来たのだ。だから、文字だって誰にも読めなかった。
ああ、調べたいことが溢れてくる。
気になるのはそれだけではない。この世界には詠唱による魔法は一切ないらしい。孤児院の子供の言うことだからすべてを鵜呑みには出来ないけれど、そもそも、詠唱という概念がないようなのだ。
魔法は全て魔法陣によるもので、その扱いに長けた、つまり、魔素石――いや、この世界では魔素クリスタルというのだったか――を使い、大きな魔法陣を発動させることが出来る者が、定期的に行われる国の試験に合格すると魔術師と名乗る事が許されるという。
さらにその上には、国直属である城詰めの魔術師と、王直属の占術師とよばれる魔術師の集団がいて、守護星壁と呼ばれる巨大な防御壁で王都を守ったり、星の魔法陣で領土を見守っていたりするらしい。
広大な国の領土をカバーできるほどの魔法陣とはどういうものなのか、星とは夜空に輝くあの星の事らしいが……わくわくが止まらない。
それに、この世界のすべての国の指導者の中から、数百年に一度歴王を選ぶという謎の存在、精霊王サシェストの事も気になる。
私の居た世界にも、太陽の化身(ということになっている)神であるサシェストに対しての信仰はあったが、基本的に神は自然そのものであると考えられていて、信仰はしているもののそれが存在しているかと問われれば、敬虔な聖職者でもないかぎり首を横に振って笑うだろう。
神とは、ただ民の心を平穏にする為だけにつくられた、お伽話の存在のはずだ。
この世界に存在する全ての生き物の中の一種でしかない人。
その何十万、何百万といるであろう人の中から国王や指導者を見分け、その中でも一番指導者としてふさわしい一人を選別して力を与えるなんて、この世界のサシェストは随分と……なんというか、人に入れ込んでいるようだ。
しかも、似たような姿をしている獣人にはその恩恵は一切ないという。獣人は魔法陣を発動することすらできないというのだ。
信仰の対象である精霊王が直々に人を優遇しているということが、人の選民思想に拍車をかけているのは間違いなさそうだった。
ただこの“次の指導者を選別して力を与える”という話、私には聞き覚えがある。
まあ、歴王と直接話せる機会なんてまずないだろうから、これも調べるとしたらだいぶ先になるだろう。
まずは、ロマリアに言葉を教えてもらわなければはじまらない。
ロマリアの夢は魔術師らしいので、魔法陣のことも色々聞きたい。
そうしたら、文字を覚えて本を読みたい。図書館にいけば、その辺りのことも少しは調べることができるだろうか。
この孤児院での姉や兄というのは、どうやらこの孤児院に来たばかりの孤児にひとりずつつく世話役のことで、この孤児院に慣れる手伝いをしたり、手仕事を教えてくれたりするらしい。
その関係は、妹役が仕事を見つけてその仕事に慣れるまで続き、その後は妹役が姉役になり、あらたな孤児の世話を焼くそうだ。
今までロマリアに妹がいなかったのは仕事の関係らしいが、ロマリアは「数日ならば大丈夫だと思う…たぶん。」と言っていた。その不安そうな表情を窺うに、あまり大丈夫とはいえないようで、早めに仕事をみつけなければならなそうだと思った。
さて、これからどんな研究ができるのだろうか。
まずは仕事を探さなければならない。
魔法陣に関わる仕事があれば最高なんだけどなあ、と、私はニヤニヤと顔を緩ませながら、ロマリアが戻ってくるのを待っているのだった。




