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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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25-2 テスターと守護星壁

 ほどなくして、馬車がガタゴトと石畳を進み始める。

 孤児院の前には呆然と見送る警備兵だけが残されたが、まあ、彼らは子供ではないのだから自分たちでどうにかするだろう。


 テスターの向かいには、緊張からかカチコチに固まった獣人(ビスタ)の少年ヨルモと、どこか不機嫌そうな表情のギルフォードが並んで座っている。

 実力を認められれば即座に騎士になれてしまう獣人騎士団には、一般的な騎士の制度のようなものは一切ないが、傍目(はため)から見ればヨルモは従騎士のようだった。そして、耳と尾がギルフォードと似ているので親子に見えなくもない。ちょっと面白い。


「そういえば、もう一人、居なくなったって聞いたけど?」


 とヨルモに聞くと、ヨルモは石化からどうにかこうにか立ち直り、耳と尾をぺたんと垂らして「そ、そう、です。昨日から、いないんです。俺、昨日はずっと孤児院の門を見張ってたのに、出ていったことにも気づかなくて……。」と元気のない声で答えた。


「ふうん。」


 ――じゃあロマリアと一緒に居たあの子がそうかな?


 テスターは、昨夜見た(・・)光景を思い出していた。

 若干の高揚感の残るそれは、この世界の中でも一握りの(ヒュマ)しか出来ないであろう、特別な体験だった。



 その儀式(・・)が行われたのは、染みひとつ無い白曜石(純白)の天井と壁、そして床には磨き抜かれた黒曜石が敷き詰められている薄暗い広間だった。それだけならば精霊神殿の祈りの間のような雰囲気なのだが、天井を含め壁や床全面にびっしりと彫り込まれた青白い光を放つ魔法陣が、その空間を異様なものにしていた。


 広間の中心に置かれているのは、見る方向によって様々な色彩を映す材質不明の石版だった。そして大柄な獣人(ギルフォード)より、ふたまわりほど大きなその壁面にもびっしりと魔法陣が彫り込まれ、魔法陣はこの石版を中心に床を伝い壁を広がって天井へと続いているのが分かる。


「いた……?」


 何時間かの沈黙を破り口を開いたのは、その荘厳な石版の前に立っているテスターだった。金糸で三つ月、そして銀糸で(ウィル)の刺繍が施された、白いたっぷりとした儀式用ローブが魔法陣の青白い光に仄かに照らされ、漆黒の石床に映えている。


 その周囲には10人の、緋糸を使って太陽(サシェスト)の刺繍の施された黒色のローブを纏った(ヒュマ)の男女がテスターを囲むように円を作っていた。彼らはテスターのつぶやきには何も答えず、目を閉じてひたすら集中している。


 テスターは石版を凝視しているようだったが、焦点はどこか違う場所を見ているようであった。


 ――テスターが占術師10人がかりで発動させているのは、精霊王の視野(クレアヴォイアント)と名付けられている、守護星壁(ガーディアン・ウィル)の機能のひとつである。


 歴王と占術師、そして一部の高官のみこの機能の存在を知っているが、歴王と占術師長以外は他言することを死の契約で禁じられている。(この場合の死というのは、死ぬまでという意味である。)


 そもそもは、王都内で魔獣や魔人(ドイル)が生まれてしまった時に、それらをいち早く探しだすために使用するもので、今までは試験的に発動させることはあっても、ちゃんと使用するのはウン十年ぶりということだった。


 これは全て占術師から聞いた話だが、(ヒュマ)はもちろんのこと、魔素に適応していない獣人(ビスタ)ですら体に微量の魔素をまとっているらしい。魔素は毒だ。正直信じられない話だったが、魔術師が魔素を操って魔法陣を発動させている事を考えれば、そういうものなのかもしれない、とも思えた。


 しかし、驚くことにそれは魔獣ではないただの小動物でさえも同じらしく、この精霊王の視野(クレアヴォイアント)は、それぞれの種族が纏う魔素の波動を、それぞれの種族の色として認識させるものだということだった。つまりこの機能は、人探しに特化した機能なのだ。


 守護星壁(ガーディアン・ウィル)を利用しているだけあって、その範囲は外壁も含めた王都全体にわたる。テスターはこの機能を発動させた直後、眼下に広がる王都に息を呑んだ。


 黒曜石の床だったはずの足元(そこ)には、確かに王都の街並みが広がっていたのだ。テスターはしっかりと床を踏んでいながら、王都のはるか上空に浮いていた。

 ただし、光の点は王都民の数よりも大幅に少なかった。光は主に城内から第一壁内に集中しており、一番人口の多い第三壁内には点々としかない。スラムに至っては数えるほどしかなかった。


 現在テスターに見えているのは、テスターとつながりのある人物だけなのだ。これは、テスターの技量の問題であり、歴王は全ての生き物の光を知覚することができ、様々な色の光が織りなすその景色は星の輝きよりも美しいらしい。


 しかし、今回はそれでよかったとテスターは考えている。探しているのは、見ず知らずの他人ではないのだ。この命ともいえる光は、テスターと繋がりが強いほど輝く。テスターは強い黄の光を探していた。


 スラムにあった光は、ロマリアではなかった。光が象った姿はどう見てもおっさんだった。

 スラムにいないとなると、どこにいるのか。もう、王都には居ないのだろうか……。


 不安が精神を乱しそうになり、静かに深呼吸する。気を取り直して視点を引くと、第三壁内に気になる光があることに気づく。


 燦然と輝く、黄色い光。空から静かに降りて近づいて見ればその光は、少女の姿を象っていた。――まごうことなき、ロマリアだった。

 ロマリアは座り込み、俯いている。その周囲の光が淡く輝いてうねっていた。光は魔素を表している、ということはロマリアは、魔素で何かをしている。これは――魔素クリスタルを生成している、のだろうか?


 ――なんでこんなところに。


 そう毒づくが、今度は口には出さない。


 この巨大な――外壁を含めた王都を覆うほどの――魔法陣は、歴王でさえ一人で操るには限度があるのだ。テスターという半人前の魔術師が発動させている今、占術師10人のうち1人でも集中を切らせば、繊細な魔法陣はすぐに乱れる。悪戯に周囲の占術師たちの集中を乱すような真似はできなかった。


 そうして苦労して見つけた目的の少女は、今のところ無事なようだった。


 部下からの報告が上がってきた際、直後に守護星壁(ガーディアン・ウィル)の使用許可をカーディル占術師長に直談判しに行ったくらいには頭に血が上っていたが、まあ、それを今さら自覚しはじめたくらいは、頭が冷えた。


 ロマリアは、どうやら魔素クリスタルを生成しているようだった。


 テスターは内心で首を傾げる。彼女は、こんな非常時に魔素クリスタルが生成できるほどの気概があっただろうか、と。自分と話している姿や言動、部下から上がってくる報告、それらからはそんな図太い神経をしているようには感じなかったのだが……

 と、少女が囚われている場所に集中し拡大すると、ロマリアのすぐ近くに何かが居ることに今さら気づき、テスターはさらに疑問符を浮かべた。


 気づくのが遅れたのは、その何かが、あまりにも淡い光しか放っていなかったからだった。

 その光は、ほのかに点滅していた。淡い緑の光と黄色い光、そして……紫の光(・・・)に。

 占術師からは、(ヒュマ)の黄色と獣人(ビスタ)の緑色、そして家畜や小動物などの獣を表す白色しか聞いていなかった。今、彼らは魔法陣を発動させたまま維持させることに手一杯で、質問を受けてくれるような状態ではないので、後から聞くしかない。


 ロマリアであろう強い光を放つ点に意識を向けてさらにその周辺を拡大すると、点滅している光は、人型であった。

 一瞬、魔人(ドイル)かと背筋が凍るような間隔に襲われるが、さらに近づくとその光が獣人(ビスタ)を形作っていることに気づく。


 なんだ、獣人(ビスタ)かよ、と、テスターは少し力を抜いた。


 紫の光。動物でも(ヒュマ)でも獣人(ビスタ)でもない光となれば、あとは魔獣か魔人(ドイル)かくらいしかない。人型だったので驚いたが、獣人(ビスタ)ならば問題はないだろう。魔素に適応していない獣人(ビスタ)は、魔人(ドイル)になることはないのだから。


 しかも、体格がロマリアよりも小さい。つまり幼い子供だ。ロマリアの他に攫われて来た子供だろうか?光が弱く不安定なのは、テスターとの関わりがほぼないのと幼い為だろう、とテスターは勝手に解釈した。


 この小さな獣人(ビスタ)はもしかしたらロマリアと同じ孤児院の子供なのかもしれない。同じ孤児院の子供で、しかもロマリアが年上となれば――いや、彼女の性格からして、例え知り合いでなかったとしても、気丈に振る舞わなければならないと気を張るだろう。そう考えれば、誘拐されたとはいえ、面倒見の良さそうな彼女の魔素の波動が安定しているのも頷けた。


 テスターは静かに「終わりました。」と告げた。場所は分かった。どいつの屋敷かは分からないが、あとはパパッと調べて乗り込むだけである。


「……分かった、では、占術師の諸君、ゆっくりと、ゆっくりと意識を戻せ。最後まで気を抜くなよ。」


『はっ!』


 守護星壁(ガーディアン・ウィル)の指揮をしていた占術師長の声に反応して、周囲の占術師たちの声が重なる。


 テスターには“気を抜くな”という意味はわからなかったが、自分もこの中に入れば分かるだろう、と思いながら、目を閉じたまま深呼吸を繰り返している占術師たちを眺めていた。

 そう、テスターが占術師になる日は近いのである。だというのに、ここにきて自分のモノを盗まれるという、失態。


 テスターは、そこそこ(いら)ついていた。



「ん?おい、テスター。スラムに向かうんじゃないのか?」


 窓の外に視線を向けたギルフォードが声を上げたので、テスターは思考を止めて「え?」と首を傾げた。


「何でスラム?」

「ロマリアはスラムに居るんじゃないのか?」

「え、いないけど。」

「えっ!?」


 テスターの言葉に反応したのは、ヨルモだった。ピン、と耳と尻尾を立てて目を丸くしている。


「お、俺、スラムでロマリアを見ました!それで、今日は案内を……。」

「ロマリアはスラムにはいなかったよ?」

「でも、俺、スラムで、ロマリアを……う、嘘じゃない、んです!本当に、俺っ!」


 言いながら、ヨルモの顔が真っ青になっていく。


「ああ、大丈夫、疑ってるわけじゃないんだ。もう場所は調べてあるし、今そこに向かってる最中なんだよ。」

「ええっ!?」

「だからそんなに心配しなくても大丈夫。君がスラムでロマリアを見たのなら、最初はスラムに監禁されてたんでしょ。でも、何か問題が起きて監禁場所を移した、のかもしれないね?」


 なんで今さら警備兵がって思ってたけど、そういうことね。

 テスターがギルフォードに視線を向けると、ギルフォードも納得顔をして小さく頷いてみせた。


「あ、でも、ちょっと君は連れていけないから、馬車で待機してもらうよ。」


 テスターが申し訳無さそうな顔をすると、今度はギルフォードが反応した。


「なんで連れて行けねえんだ?」

「正装じゃない、からかな?」

「正装?」

「まあ、着けば分かるよ。あ、あと、今日は様子見だから、今日すぐにロマリアや、もうひとりの獣人(ビスタ)の子が返ってくるわけじゃないからね。もちろん、2人の安全はできるだけ確保されるようにはするからさ、勢い余って一人で突っ込んで行かないでね。ギルフォンもね。」

「リネッタも、居るんですか?」

「ロマリアと一緒に、ロマリアよりも小さな獣人(ビスタ)が監禁されてたから、たぶんその子だと思うよ。まあ、確認したわけじゃないから、なんとも言えないけど。」

「……城詰めの魔術師様って、本当にすごいんですね!」


 ヨルモが、年相応の少年らしいキラキラした目でテスターを見る。

 テスターは少し照れくさくなり、その眩しい視線に「まあね。」とだけ答えた。


「というわけで、そろそろかな。」


 車輪を軋ませて、馬車が止まる。

 テスターは目を細めて、その屋敷に視線を向けた。

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