25-1 ギルフォードとテスター 2
「で、ギルフォンはどうしてロマリアの事、知ったの?」
「所用で孤児院に行ったら、いきなり、助けてくれ!って、子供に頼まれたんだよ。」
「へえ~。さすがっ王都が誇る騎士団長っ♪頼りになりそーな顔してるもんね♪」
「…………。」
ギルフォードは思わず半眼でテスターを睨んだ。しかし、テスターが真面目な話をいきなり茶化すのはいつものことなので、ため息混じりに続ける。
「とりあえず話を聞いたらだな、生成師の見習いが攫われたのに、警備兵が動かない、と。んで、その子供は自力でロマリアの居場所を突き止めたんだと。」
「へー。どうやって見つけたんだろ?」
「さあな。」
「で、その子の名前は?」
「聞き忘れた。まあ、今日会えるからいいだろ。で、その、子供は、ロマリアを見つけたその日のうちに警備兵に伝えたらしい。」
「おー、優秀優秀。そのまま自分で助けに行っちゃわないあたり、弁えてるじゃーん!」
「んで、それが一昨日の朝のことだそうだ。」
「――はっ?」
これにはさすがのテスターも驚いたように声を上げた。
「……一昨日。へー。昨日は、城にはまだ何も上がってきてなかったよ?僕もまだ何も聞いてないし。どっかの不備で情報がうまく伝わってなかったってことかな?でも、一昨日の、朝ねー。……ふーん、不思議だねー。」
抑揚のないセリフを吐きつつ、貼り付けたようなテスターの口元の笑みは崩れない。……崩れないが、その目は笑ってはいない。
「そっかー。ふーん、まあ、情報の伝達が遅れたのは第三壁内っていうのもあるかもしんないし、警備兵にはマトモな魔術師がひとりも所属してないからとかってのもあるかもしんないけど、ロマリアの事は、いなくなった次の日にはマニエさんが直々に警備兵にお願いしに行ったって言ってたし、その時に僕の名前も出したって、言ってたんだけどなー?」
「まあ、聞いてみりゃ分かるだろ。」
「聞く役は僕にやらせてね♪」
「それは俺が決める事じゃねえよ。」
ギルフォードは知っている。こういう状態のテスターはそこそこ苛ついている。
城詰めの魔術師である前に、テスターは貴族だ。すでに当主と一緒に領地の統治に参加している有能な長男と、30に届かない若さで領地の騎士団をまとめ上げている次男がおり、三男であるテスターが爵位を継ぐことはまずないが、それでも敵は多い。もちろん、占術師候補という立場にしても敵はいる。
つまり、ロマリアを使って顔に泥を塗ってやろうという輩がいてもおかしくはないし、テスターもその可能性を考えているのだろう。
「で、ギルフォンは、昨日は何しに孤児院に行ったのさ。」
とたんにぶっきらぼうになったテスターに苦笑いしつつ、ギルフォードは「ああ、」と口を開いた。
「リネッタっつー獣人の子供が売ってる、干し花を買いにな。獣人騎士団の女どもに人気でな。ちょくちょく使いを頼まれるんだよ。」
「干し花?」
副団長を筆頭に、女性陣の受けが異常に良かったあの干し花。自分も匂ってみたが、クラクラするような強い香りだった。人の女性にも受けているらしく、魔術騎士団の女性にもじわじわと浸透しつつあるようだと聞いた。
「不思議な匂いなんだよな、クラクラするっつーか。王都で売ってんの見かけたが、獣人が売ってんのに、あっという間に売り切れてたぞ。人に。」
「へー、獣人の売り物を人が、ねえ。いいことなんじゃん?歴王も、差別撤廃を推進してるわけだし?でも、干し花ってそんなに人気なの?室内香だよね?僕、何にも知らなかったよ。もっとお城から出て色々調べなきゃねー。」
「まあ、そんなに大量には出回らないからな。なんでも、6日に1度、30本限定でつくってるらしい。しかも香りは1日しか保たないらしいしな。つか、お前は城に詰めとけよ、城詰めの魔術師サマよ。」
「限定品かー。付加価値でも付けたいのかな?」
「どうだかな。そういや、特殊な作り方をしてるって言ってたな。製法は秘密だとかなんとか。金貨15枚くらいじゃあ売れないらしいぞ。」
「ふーん、詳しいね?珍しいじゃん、ギルフォンが魔獣とか魔人以外に興味を示すとか。」
「そうか?まあ、獣人騎士団の女連中が、甘味以外で食い付く事なんて滅多に無いからな。何より安いし、ご機嫌取りには便利なんだよ。」
それに――引っかかるんだよな、あの獣人の子供は。と、ギルフォードは内心で付け加えた。
初めて干し花を受け取ったとき感じたあの違和感を、ギルフォードは忘れていなかった。
一瞬だが、何か……。どっぷりと都に浸かって暮らしている現在の自分に“野生の勘”もなにもないとは思っているが、それに近い何かで、ギルフォードは何かしらを感じ取っていた。
ギシ、と、馬車が止まった。
ギルフォードが馬車の窓を覗くと、どうやら目的地に着いたようだった。
孤児院の門の前に人だかりが見える。……人だかり?
よく見ると、門の前に立つ獣人の少年を警備兵が囲んでいた。少年は、なぜか昨日よりもさらに不安そうな顔をして、警備兵に必死に何かを訴えている。
――リネッタの姿は、ない。嫌な予感がして馬車を降りると、すぐに気づいたヨルモが警備兵の間をすり抜け、馬車へと駆け寄ってきた。
「騎士サマ、リネッタが……リネッタがどこにもいないんだ!昨日の夜も、帰ってこなかったって!」
その言葉に、ギルフォードは額に手を当てて、盛大に溜息を吐いた。
あー。ロマリアの誘拐の次はリネッタ?犯人の意図はつかめないが、俺に喧嘩を売っているということだけは分かった。覚悟しとけよ、クソ。
ギルフォードがメラメラと八つ当たり的闘志を燃やし始めたあたりで、馬車に気づいた警備兵たちがとたんに騒がしくなる。
まあ、侯爵家の家紋と城詰め魔術師の紋章のついた馬車から獣人の騎士が降りてくれば、警備兵であっても何事かと思うだろう。警備兵達はこちらを見て、何やら声を上げている。
ギルフォードは周囲を見回した。
警備兵の数はざっと数えて17、8人くらいか。その全員が、国から支給されている、急所に金属が縫い込まれている革をメインにした軽鎧を着込み、帯剣している。
今からロマリアを助けに行こうとしているのだろうか?
警備兵がここにきて動き始めたのは意外だった。
今さら、城詰めの魔術師に臆したのか?残念ながらもう遅いんだなこれが。魔術師サマはすでに売られた喧嘩を倍額で購入済みだ。
その時、「静かに!」と警備兵の中で声が上がり、ざわめきがピタリと止んだ。警備兵の集団から、唯一マントをなびかせている男が進み出て、ギルフォードに歩み寄る。
「やはり、ヨルモが言っていたのはギルフォード様の事でしたか。」
男は、ビシ、と、握った右手を左胸にあてて敬礼し「第三壁内巡回警備隊・隊長補佐、ランガーです。」と名乗った。太い眉に堀の深い顔立ちの、意志の強そうな――どこか好感のもてる雰囲気をまとった男だった。
「まさか本当に、赤狼騎士団団長であるギルフォード様自ら来ていただけるとは――」
「え……っ。」
隣で獣人の少年があんぐりと口を開け、「だんちょ……う……え!?」と驚いているが、とりあえずこちらは後回しにすると決め、ギルフォードはランガーに向かって同じように右手の拳を左胸に当てて答礼した。
「赤狼騎士団としてではなく、俺個人が少女を世話していた魔術師に直々に救出を依頼された。この少年は、昨日、急きょ俺の案内をすることになった。準備をしてくれた警備兵の諸君には申し訳ないんだが……」
「不服など出るはずがありません!」
何を感じ取ったのか、ランガーがはっきりとした声で答えた。
「スラムは路地が多く、人手は多いに越したことはありません。我々は馬車の後ろを走って追います。現地で合流し次第、指揮をとっていただけるとありがたいのですが、いかがでしょうか!」
そうきたか……。ランガーが意思の強そうな視線をぶつけてくる。これは、嫌とは言えない、か?いやでも、面倒くさいな、と考えを巡らせていると、馬車の方か「それには及ばないよ~。」と、軽ーい声が聞こえた。
「――っ!?」
ひょこりと馬車から顔を出したテスターに、警備兵が再びざわめく。
さすがのランガーも驚いたのか、ざわめきを注意することもせずテスターを凝視している。
「も、もしや……テスター様ではありま、せんか……?」
ランガーの言葉に、ざわめきは一層大きくなった。
「そうだよー。」
「なぜ、このような場所に……。」
ひょうひょうとするテスターに、ランガーが言葉を絞り出す。
「そりゃ、ロマリアを助けに行くためだよ?ロマリアの居場所が分かったっていうのに、誰かさん達があんまりにも遅いからさーあ?僕には何の連絡もないし。」
「――も、申し訳ありません!」
頬を膨らませて答えたテスターに、ハッと何かに気づいたようにランガーが深く頭を下げた。
「連絡の遅れつきましては、弁解のしようもありません!ヨルモを対応した隊員が、偶然獣人を差別する傾向にあり……気づかなかった私の責任です!その時に偶然居合わせた他の隊員に話を聞いていた別の隊員から報告を受けたのが……」
「あー、報告は後で聞くから今はいいよ。」
ランガーはわなわなと震える声で答えていたが、テスターがそれを止める。
もしこれが嘘なら、ランガーはなかなかの演技派だ。しかし、この言葉はに嘘はないだろうとギルフォードは直感した。
つまりは今回のすれ違いは獣人差別に寄るものだった、ということだろうか。いや、その“獣人差別をしてヨルモを信じなかったとかいう警備兵”が、実は金を掴まされていた、ということもあり得るので、これは後々調べてみなければならない。
テスターが直々にやると言っていたが、本当にやるつもりなのだろうか……?
「まあ、その沙汰はおいおい、ね。とりあえず今日はね、ギルフォンの自由時間がお昼までらしいから、急いでるんだよ。そこの少年、えっと、ヨルモクン?借りてくね。ほら、ギルフォン、その子馬車に乗っけて!」
「お、おう。」
テスターの言い草に、ランガー以下警備兵は唖然としっぱなしだった。
そんな中、一人そういう状況に慣れているギルフォードは、ギルフォンと呼ぶな!と心のなかで声高に叫びながらも表情には出さないように努めつつ、口を開けたままギルフォードを見上げて固まっていた獣人の少年を促して馬車に乗せたのだった。




