25-1 ギルフォードとテスター 1
「いやー、ギルフォンがいてくれてほんとに助かると思うよ。」
孤児院に向かう途中、馬車の中で向かいに座り満面の笑みでわけのわからないことを言う友人に、ギルフォードはため息まじりに「アー、ソーダナー。」と応えた。
昨日、獣人の少年と別れたギルフォードは、いつも詰めている第二壁内の詰め所には戻らず、城内にある騎士団の本部に行った。
当番で詰めていた副団長に干し花が手に入らなかったことを伝えると、かなり嫌味を言われたが、手に入らなかったものはしょうがない。明日の午前は休みだった他の団員と交代してもらい、その時間を使って取りに行くことでどうにかこうにか了承させた。
それから、ロマリヤ誘拐の件も伝える。城詰めの魔術師が監視しているはずの生成師見習いの少女が攫われたというのに、警備兵に動きが見られず騎士団にも連絡がないというのは異常である。まあ、城詰めの魔術師側には、攫われた事実だけは伝わっているはずなので、騎士団の知らない所でなんらかの動きはあったのだろうが……。
あの獣人の少年――名前を聞き忘れたな――は、ロマリ……ヤ?がスラムで魔素クリスタルを生成していた、と言っていた。犯人は奴隷商人ではなく、最近王都に来たばかりの傭兵の行きずりの犯行だろう、とギルフォードは確信していた。
奴隷商人は、絶対に壁内の王都民を攫うことはない。
数年この王都に留まっているランクの高い傭兵たちも、そんな血迷ったことはしない。この平和の象徴のような王都になぜ騎士団が2つも詰めているのか知っているからだ。
つまり、例え相手が生成師見習いではないただの孤児院の少女だったとしても、攫うとしたら犯行後は二度と王都に戻ってこないのを前提に、きちんと計画を練り、念入りに準備をし、できるだけ痕跡を消し、できるだけ早く王都を出て、できるだけ遠くに逃げるはずなのだ。まあ、それでも探し出すのが魔術騎士団で、喰らいつくのが獣人騎士団なのだが。
歴王の収める国の王都は、世界一安心して暮らせる都でなければならないし、王都民は何よりも守られなければならない。その王都民に手を出すということがどういうことなのか、分からないような奴は、王都には、いない。
……ここ数年は王都内で騎士が出張る事件は起きていないし、入れ替わりの激しい低ランクの傭兵には馬鹿な事を考えるやつも居るが、そういう奴は大抵、大きな事件を起こす前に王都から出ていく事になる。
ただ、疑問はある。警備兵だ。警備兵は、国の直轄の兵士ではあるが、下っ端であまり真面目に働かない者も多い。だから、金を掴まされているのだとしても(大問題ではあるが)疑問はないし、多少の揉め事を金で解決するなどよくある話だ。
しかし、王都に来たばかりの何者かが金を積んだとして、警備兵がそんなに簡単に承諾するものだろうか?今回の相手は、誰かは知らないが城詰めの魔術師である。売った喧嘩を買われたら最後、仕事どころか命を失いかねない。
警備兵も一応は王都の兵に抜擢されている実力者で、馬鹿ではない。金と命を計りにかけたときに、どちらがより重いかくらいは分かると思うのだが……いや、家族を人質にとられている、という場合もあるかもしれない、か。
ギルフォードは迷惑そうな顔でこちらを見ていた副団長に、ロマリヤが、どの魔術師に魔素クリスタルを卸していたかも調べてくれ、と頼み、自分は明日の午前のぶんの書類仕事を消化しにかかった。
「また面倒事に首を突っ込んで……。」
という言葉はいつも通り聞こえないふりをした。
そして今朝。第二壁内にある獣人騎士団の詰め所で私服から騎士団長の服へと着替え、マントを装着して部屋を出ると、騎士団本部に詰めているはずの副団長が困惑顔で部屋の前で待ち構えていた。
何かあったのか、と聞く前に「お客様がお待ちです。」と言われ、首をひねりながら応接室に向かうと、そこで待っていたのは満面の笑顔を浮かべた人の優男だった。
滑らかに輝く銀の髪。纏っている裾の長い紺色のローブには、その髪を紡いだような細い銀糸で蔦と薔薇の装飾がなされ、腰には柄と鞘に見事な太月の装飾の施された幅広の湾曲した剣を差している。胸元には、城詰めの魔術師を表す、精霊王と魔法陣をあしらった紋章。青みがかった緑色の瞳は、面白そうにこちらを見ている。
普段ならばギルフォードを呼び出すことはあっても、自分からはこんなむさ苦しい場所には絶対来ないであろう城詰めの魔術師であり、ギルフォードには珍しい貴族の友人でもある、テスター・フォアローゼスだった。
「ちょっと僕の用事に付き合ってよ。」
と切り出したテスターは「今日、ギルフォンは昼まで休みなんでしょ?あれ?でも騎士団の格好してるってことは、いつもの散歩なの?まあいいや、ただの散歩なら別に今日でなくてもいいよね?」とのたまった。
ギルフォンというのは、テスターだけが呼んでいるギルフォードの愛称である。正直気に入っていないし、周囲もそれを聞くと微妙な顔になるのでやめて欲しいと、ギルフォードは常々思っている。
自分の屋敷のようにソファで寛ぎながら出されたお茶を飲んでいるテスターに話を聞いてみると、どうやらテスターは、城でギルフォードがロマリヤについて調べていたことを聞いたらしい。
ロマリヤは、テスターの教え子だったようだ。
ロマリヤが誘拐されたのが4日前。ロマリヤを監視していた私兵がボロボロの状態で帰ってきて報告を受けたのが3日前で、それからテスターは自分で犯人を探した(?)そうだ。まあ、直に育てていた生成師見習いが攫われたのだから、その気持は分からんでもない。
「でさ、ついてきてほしいんだよねー。ロマリアの居場所はわかったんだけど、僕一人じゃ心細くってさ。ほら、ギルフォンもロマリアの事調べてたんでしょ?なんでか知んないけど。……あ、あと、ロマリ“ヤ”じゃなくて、ロマリ“ア”だからね。」
そう矢継ぎ早に話すテスターに押されたり引っ張られたりしながら半ば強制的に詰め所を出ると、そこにはフォアローゼス侯爵家の家紋と城詰めの魔術師を表す紋章が描かれた、黒塗りの2頭引きの馬車が鎮座していた。御者台に座っているのは、目付きの鋭い細身の人の男だ。
どうやらテスターは、今から、ロマリアを迎えに行く気らしい。
ギルフォードは盛大なため息を吐いた。
――これでスラムまで行くのか?と。
いや、それ以前に、そもそもなぜテスター自身が助けに行く必要があるのだろうか。
国に仕えている魔術師のうち、“城詰め”と呼ばれるテスターのような魔術師や占術師は、城に自室を持ち、基本的に城から一歩も出ないから城詰めなのであり、こういう事は本来、騎士や警備兵の仕事だ。
「詳しくは中で話すから。ほら、さっさと乗る乗る!」
「お、おい。」
背中を押され、ギルフォードは馬車に押し込まれた。続いてテスターも入り、いつの間にか扉の外に居た御者の男によって扉が閉まる。
「で、ギルフォンの用事って、散歩?」
「……。……孤児院だ。」
ギルフォードは諸々を諦めて、ため息とともに行き先を告げたのだった。




