24-3 人攫いさんの雇い主 3
ガチャン、と鍵の閉まる音。
私はひどい悪寒にまるまると膨れてしまった自分の尻尾を撫でて落ち着かせながら、ロマリアに声をかけた。
「あの親子、似てたわね。」
と。
「……え?は?」
ぽかんとした顔でロマリアが顔をあげる。
「目つきとか、体型とか。ニヤニヤ笑うところとか特に。あ、あと、偉そうなところも。……あ、でも、侯爵って言ってたかしら?偉そうなのは貴族だからしょうがないのかもしれないわね。ほら、こう、体に染み付いてるっていうか。」
「え、あ、う?うん、貴族さまとお話したのは初めてだけど、たぶん、みんなあんな感じじゃないかなあ?」
「その貴族サマが、人攫いするなんて、びっくりね。」
「………そう、ね。」
ロマリアはどこか悲しげな瞳で頷いた。
――お貴族サマが人攫い、ねえ。
私は、そんなロマリアの瞳を見つめながら、ジャルカタの言葉を思い出していた。
ジャルカタはきっぱりと言いきっていた。王都民の拐かしはまず成功しない、と。もし攫われても有能な王都の兵が必ずどうにかするし、罪人には重い罰が下る、と。
しかし、もしそれが本当であれば、こんな事件はおきないはずだ。
これが例えば私の元居た世界だったなら分かる。
貴族は、自らが治める領地と、そこに住む領民も全て自分のものだと思っているふしがあった。つまり、例え許嫁がいようが結婚していようが子供だろうが同性だろうが、領主にそういう関係を求められたら、貴族の領民である彼らに拒否権はない、ということらしい。もちろん、そう思っていない貴族だってたくさんいるけれど。
私も以前、魔法陣の研究にお金を出してくれていた辺境の貴族(御年86才)に言い寄られたことがあったが、思考がまさにそんな感じだった。まあ、その時は、既に微妙に疎遠になりつつあった親にも頼み込み、丁寧に丁重にそれはもうきっぱりとお断りさせてもらったけれども。そもそも私、領民じゃないし。森の民のおじいちゃんが初恋だとはいったけれど、もちろん年寄りが好きというわけでもない。
話はそれたが、まあ、私の元居た世界で貴族が平民を手篭めにするのはよくある話だ、と魔法陣の研究仲間は酒のツマミに話していた。
しかしここは歴王の収める国の、しかも王都だ。
王都民は、安心して安全に暮らしているのではなかったのか?
それを、治める側である貴族が率先してやるとは。それも、侯爵ときた。
この世界の爵位が私の元居た世界と同じなら、侯爵は、王族の血が流れる公爵に次ぐ権力を持っている貴族、ということになる。その侯爵サマが、人攫い。私は失笑を押さえきれなかった。
侯爵サマなら、孤児院の子供1人や2人攫った所で、バレてもお咎めなんてないのだろう。
「わ、笑ってるの?リネッタ……」
なぜか恐る恐る、というふうにロマリアが聞いてくる。
「ああ、いえ、ごめんなさい、ちょっと面白くて。」
「……面、白い……?」
唖然とするロマリアに、更に笑いがこみ上げてくる。
「だってそうでしょう?王都民は絶対に人攫いには遭わない、って聞いてたのに、ふたを開けてみたら、人攫いは貴族だったなんて。」
「面白い、のかなあ。」
「侯爵が相手なら、魔術師協会がなんにも言わないのも、警備兵の動きが悪いのも、納得できるわね。」
「え、警備兵が動かない?」
ロマリアの瞳が不安に揺らぐ。
「そう、マニエとヨルモがね、警備兵にはたらきかけてくれたのだけれど、残念ながら警備兵は動きそうにはないの。でも――」
私は手を伸ばし、指の先でロマリアの頬に触れた。
「……大丈夫よ、ロマリア。」
――安息の魔法。
私の魔素で構成された魔法が、ロマリアを包み込む。
「誰も助けに来なかったとしても、私がロマリアを守るわ。」
笑顔で言い切る。
そう、例え警備兵が動かなかったとしても。例えヨルモと獣人の騎士をこの屋敷に誘導できなかったとしても。相手がこの国の有力者であったとしても。私にとってそれはこれっぽっちも問題にはならないのだ。
「……ふふ、なんだか、前にもこんなことがあったね。リネッタの顔を見てると、なんだか本当に大丈夫なような気がしてくる。」
つい先程まで真っ青だったロマリアの顔には、笑顔が戻ってきていた。よし、安息の魔法はきちんと効いている。
「じゃあ、気持ちを切り替えて、ちょっとロマリアには挑戦してもらいたいことがあるのよ。」
満を持して、私は切り出した。
ロマリアが、5級の魔素クリスタルを3個生成できるようになってから、ずっと考えていたことがあったのだ。しかしそれは、毎日魔素クリスタルを生成しなくてはならないロマリアには、なかなか言えないことだったのだ。
しかし、囚われている今、時間は腐るほど、ではないが、まあ、孤児院に居た時よりかは、はるかにあるのだ。この機会を逃さない手はない。
「ロマリア、4級の魔素クリスタルを生成してみない?」
私は満面の笑みで、ロマリアにそう持ちかけた。




