24-3 人攫いさんの雇い主 1
第三壁内をぐるっと一周する大通りの第二壁寄り、最寄り門(?)は第二壁の東南門あたりかな、というところに、その屋敷はあった。豪邸、というほどではないが、見た感じ、もともと魔術師の屋敷だった孤児院の建物より少し大きい。その邸宅の3階、窓がなく魔法陣の灯りだけがゆらめくその部屋に私は監禁されている。
人攫いさんいわく、“この屋敷の主の主”が今回の黒幕らしい。庭が狭いが建物は立派だ。ここの主……の主?はかなりのお金持ちだと思う。なぜ誘拐までして魔素クリスタルや干し花の製法が欲しいのだろうか。
やっぱりお金だろうか。第二壁内に屋敷が欲しい、とか?第三壁内に屋敷があるだけでじゅうぶんすごいと思うんだけどなー。まあ、欲に限りなんてないので、気持ちは分からないでもない。
「ちょっと分けてもらえないかな?」と軽い感じに頼まれ、「ちょっとならいいわよ。」と軽い感じに了承して、人攫いさんに一部だけ切り取られた後の変に短くなった髪の毛先を撫でる。
そう、欲に限りがないのは理解できる。しかし、犯罪となると話は別だ。
人に迷惑をかけるなとは言わないが、これは完全にアウトだ。白か黒かでいえば真っ黒。欲を満たすために誘拐とか、ドン引きである。……いや、実際はよくある話なんだろうけどね?
そんなふうにあーだこーだ考えていると、ガチャリと外付けの鍵が開く音がした。
「ここだ。」
「はい……。」
聞き慣れた声に扉の方へと視線を向けると、最初に人攫いさんのヘラヘラした顔が見え――その奥から恐る恐る入ってきたのは、やはりロマリアだった。ロマリアは部屋の中に私を見つけて、「リ……リネッタ……」とつぶやき一瞬で泣きそうな顔になる。私は苦笑いでそれに応えた。
「ほら、嘘はついてなかっただろ?あ、もう大声は出すなよ、つか、ほんとやめてくれな。無理やりオンナノコの口を塞ぐのは、俺の趣味じゃないからな。」
「ぁ、……う。」
「ま、とりあえず色々積もる話もあるだろうから、2人で話しててよ。俺は雇い主サマに報告してくるからさ。もちろん、逃げようなんて思うなよ?」
人攫いさんはそう言うと、ぽんとロマリアの背中を押して、手に持っていたロマリアの荷物も部屋の中に置いた。背中を押されたロマリアはよろよろと2,3歩歩くと、力無くその場にぺたんと座り込んでしまった。
扉が静かに閉まり、ガチャン、と鍵をかける音だけが部屋に響く。
それからしばらくは、部屋には遠ざかっていく人攫いさんの足音だけが聞こえていた。
「大丈夫?ロマリア。」
沈黙を破ったのは私だった。ロマリアは、真っ青のまま動く気配がなかったからだ。
「え?あ、ああ、え、だ、大丈夫じゃないよ!?なんで……ここに……。」
ロマリアの顔は真っ青だ。まあ、そうだろう。こっそり鼠で見ていたのだが、あの人攫いさんは、ロマリアを大人しくここまで連れてくるために、私から切り取った髪を見せていたようだった。
それを見たロマリアは悲鳴を上げ、人攫いさんは慌ててロマリアの口を塞いで必死にロマリアをなだめたのだ。その後、人攫いさんがひどく疲弊した顔をしていたのは、ちょっとアレだが笑ってしまった。
「リネッタ……無事でよかった……あ、でも、無事じゃ、ないね……。」
「まあ、そうね。でも、今のところは無事だから、大丈夫。」
「大丈夫じゃないよ!……ごめんね、私のせいで、リネッタまで……。」
「ああ、それも大丈夫。私が攫われた……?のは、ロマリアとは別の用件らしいから。」
というか、ロマリアが攫われたのも私のせいだし。ごめんねロマリア!
「……え?わ、私が、テスター様を裏切ったから、それで、私、捕まっちゃって……リネッタも、巻き込まれたんじゃないの……?」
「え?」
「え?」
「捕まる?……裏切った?」
「あ、えと、じ、実はね……。」
と、そこでロマリアは衝撃の事実を話してくれた。
ロマリアは、マニエにすら5級の魔素クリスタルを3個生成できるようになったことを言わず、マティーナの助けを借りて、魔術師協会に魔素クリスタルの横流しをしていたというのである。
あのロマリアが!横流し!!
私の中で、この世界に来て一番の驚きの事実!!!
「横流しはあんまり乗り気じゃなくて、最初は断ってたんだけど……たくさん納品しても、買取金額は一定なんだなって思ったら、なんだか頑張ってたのが急に虚しくなっちゃって。」
ロマリアはため息混じりにそう言うが、私は内心、苦笑を漏らす。さすがに生産能力が倍になれば、買い取り金額も上がると思うよ、と。まあ、ここで突っ込んでもしょうがないが。
3個生成できるようになる少し前に魔術師協会の魔術師が声をかけてきたそうで、横流しはどうやらマティーナの紹介だったらしい。魔素クリスタルの買取価格は一般的な卸価格であり、売上の全てを孤児院に入れて、手元に一切お金が残らないロマリアにとってはかなり魅力的な取引だっただろう。
しかし、問題が起きた。この、ロマリア誘拐事件だ。
――ああ、だからあんなに落ち込んでいたのか。
私は腑に落ちた思いで、最後に見た真っ青なマティーナの顔を思い出した。マティーナは、ロマリアが攫われた原因の一端を自分が担ってしまったのだと思い込んでいるのかもしれない。
ごめんマティーナ、君は全然関係ないんだよ……!
あ、でも、横流しはダメだと思います。
「約束の時間に魔術師様が来られなくて、協会の使いの人だってさっきの人が来たんだよ。」
「つまり、この誘拐には協会の魔術師も一枚かんでるってこと?」
「私は、そうなのかなって、思ってる。だって、魔術師さまが襲われてたら、第三壁内だったし、もうちょっと騒ぎになってるんじゃないのかなあ?」
「なるほどね。」
たしかにロマリアの話は筋が通っている。
協会側がロマリアが3級の魔素クリスタルを生成できると知っていれば手放さないだろうが、ロマリアが3級の魔素クリスタルを生成できるなんて知らないのだから、お金かなにかで手を売ったのだろう。そもそも3級の生成なんて、今のロマリアにはできないのだし。
憶測だが、たぶん人攫いさんの雇い主さんは、どこかであの透明な3級の魔素クリスタルの存在を知った。で、獣人が自分では生成できない魔素クリスタルを売り払っていたから、その出処が気になった。
その結果、その怪しい獣人がいる孤児院に生成師見習いのロマリアがいる、という繋がりで、まあ、3級の魔素クリスタルを生成したのはロマリアだろう、という考えに至ったのは分かるが――
なぜ攫った。
私にはさっぱり理解できなかった。
ロマリアに魔素クリスタルを生成させて売ろうと思っていたとしても、出来上がるのは“透明な”魔素クリスタルだ。そんなもの見たことがないとジャルカタも言っていたし、付加価値どころか、どう考えても悪目立ちする。
干し花だってそうだ。今まで、孤児院に世話になっていた獣人の子供が売っていたのに、その子供が行方不明になったあとで、全く孤児院に関係のない商人が干し花を売り始めたら怪しすぎる。
では何のために透明な魔素クリスタルと干し花の製法が必要なのか。こんな大きな邸宅に住むくらい裕福なのだから、さすがに考えなしということは無いと思うのだが。
「ねえ、リネッタ。また全然違うこと考えてる顔してるよ?」
「えっ、あ、ああ、ごめんなさい。」
ロマリアの声に現実に引き戻された私が謝ると、くす、とロマリアが笑った。泣きはらしたような瞳は、どこか呆れたように私を見ている。
「なんだか、リネッタを見てると、誘拐されてる最中なのに安心しちゃう。変なの。」
「安心していいのよ。私がロマリアを守るわ。大丈夫、絶対に助けが来るから。」
私は一旦目を閉じて、それからロマリアを見つめて、力強くそう言い切った。
魔女の梟は、あの干し花を買いに来てくれている獣人の騎士とヨルモが話しているのを見ていた。何を言っていたかは遠すぎてわからなかったが、偉そうな大きい獣人の騎士にヨルモは頭を下げていた。何かを頼んだのだろう。
ヨルモだけでこの屋敷に侵入するのは難しいかもしれないが、あの騎士なら。うまく誘導できればこの屋敷にだって突入してくれるだろう。騎士団が必要になるような事がこの屋敷で起こればいいのだ。でかい魔獣がいきなり現れて暴れ始めたとか。いや、さすがにそれはやらないけど。
最悪の場合、どうしても他人に救出されるのが困難そうなら、その時は私がどうにかするだけだ。最後の手段だが、とりあえず私のせいで巻き込まれたロマリアを守ることを第一に考えなければならない。
私は、さてどうしようかと、思考を巡らせようとした、その時。
誰かの足音が聞こえて、私とロマリアは顔を見合わせ、それから扉の方へと視線を向けた。




