2-4 姉ができました
「お前さ、人の話聞いてた?」
呆れ気味に、ヨルモという名前の黒い狼耳の少年が言う。
院長と呼ばれていた老女マニエも困惑気味である。
「もちろんちゃんと聞いてたわよ?でも、これからどうするかは、私が決める事だわ。」
ヨルモに向き直って私はそう言い切った。
しかしヨルモはわざとらしくため息をついて、「分かってねーなあ~。」とつぶやく。
「魔法陣の効果が切れたら会話もまともにできねーのに、何言ってんだよ。獣人の公用語すら分かんねード田舎から出てきたってことは、どーせ簡単な計算もできねーんだろ?そんなんじゃその辺の人攫いに騙されて連れてかれるのがオチだよ。
俺らみたいな獣人のガキは、食いっぱぐれねーだけでいっぱいいっぱいなんだよ、勉強とかそんなヨユーねーって。」
フン、と鼻息荒くそう言うと、ヨルモはそのまま「仕事行くわ。」と、部屋を出て行ってしまった。
その後ろ姿を見送っていると、マニエが「ごめんなさいね、あの子は貴女の事を心配しているだけなの。悪く思わないで頂戴ね?」と頭を下げた。
「大丈夫、気にしてないわ。」
肩をすくめてそう答えると、何故かマニエは複雑そうに眉を下げる。
「不思議ね、貴女を見ていると、本当に大丈夫な気がしてくるわ……でも、厳しいようだけれど、ヨルモの言ったことは概ね正しいと思うのよ。
――ここはね、孤児院なの。孤児院って分かるかしら?身寄りの無い子どもや、訳あって両親と一緒に住むことができない子どもたちが集団で暮らしている施設のことよ。
一応、国営……国からお金をいただいて運営をしているのだけれど、そのお金だけではどうしても足りないから、年長の子供たちに働いてもらうことで、どうにかこうにか全員の食事や衣服をまかなっているの。
それでも、毎日きちんと2食食べることのできるここは良い方で、この街の外壁近くにあるスラムには、1日1食も食べられない子供も多くいるのよ。」
「つまり、働いてお金を稼いでくれば、寝泊まりに関しては、ここに置いてもらうことも可能だってことね?その上で時間があれば、マニエさんに読み書きを教わることも、できる?」
「それは……」
マニエは言葉に詰まったようだった。
今までの話の流れをぶった切っているので、空気の読めなさに驚いたのかもしれない。
まあ、確かに普通の幼い……ビスタ?の娘なら、マニエのいうとおりだろう。
私の居た世界にも、差別はあった。それは、国民に階級をつけて下の階級よりマシだと思わせることで不満を持たせないようにしたり、国境近くのどこの国にも属さないような一部の土地を教会が魔の土地に勝手に認定し、穢れた土地だとそこに住んでいた人々を奴隷にしたりと、様々だ。
同じ平原の民どうしでもそうなのだから、獣の耳や尾といった見た目の違和感も相まって、ビスタが差別されるようになったのも分からないでもない。
しかし、見た目こそビスタ?だか、私は魔法陣が扱える平原の民、この世界でいう“ヒュマ”である。やれることはたくさんある。こんなに魔素が身体に満ちているのに、魔法陣が発動しないわけがないのだし。
「もちろん、最初から信用してもらおうなんて思っちゃいないわ。とりあえず、仕事を探すところからね?だから、ここに少しの間、置いてもらえないかしら。」
「あらあら、まあまあ……。」
マニエは目をパチパチとしばたかせながら、少しの間悩み、「そうね、分かったわ。」と続けた。
「それじゃあロマリア、貴女は今、“妹”がいないから、リネッタの“姉”をお願いしてもいいかしら?」
「えっ、ええっ!?」
いきなり話題を振られて驚いたのか、ロマリアと呼ばれた少女が目を丸くする。
ロマリアは、ポニーテールにした淡いクリーム色の髪を揺らして首を傾げ、少し困った顔になった。
私が「妹?」と聞くと、マニエは「そうよ。」とにっこりと頷く。
「詳しくはロマリアに聞いてちょうだい。この施設で意思疎通の魔法陣が使えるのは、このロマリアとあともう一人しかいないから、どちらにしてもあなたの面倒は、ロマリアにみてもらうしかないの。」と言って、ロマリアの肩をポンと優しく叩いた。
「魔法陣の効果がどれくらい続くか分からないから、リネッタの面倒を見ているうちは特別に仕事を半分免除しますから、魔素クリスタルは意思疎通の魔法陣にお使いなさい。」
「仕事、休んでもいいのですか?」
「少しくらいならきっと大丈夫、魔術師様には私からお願いしておくから、貴女はリネッタをお願いね。」
心配そうに、色素の薄い黄緑の瞳を揺らしていたロマリアだったが、マニエの優しい微笑みに、しっかりと頷いた。
「はい、分かりました!……よろしくね、リネッタ。」
「ええ、こちらこそよろしく。」
よく分からないが、このロマリアというヒュマの少女が私の面倒をみてくれるようだ。
こうして、私の新生活がはじまったのだった。




