23-5 無力
――警備兵の詰め所まで一気に駆けたヨルモを待っていたのは、冷たい視線だった。
「はあ、はあ……。だ、だから、ロマリアの居場所が、分かったんだって……はぁ。助けに、いってくれよ。」
肩で息をしながら、出てきた警備兵の一人に訴える。
「中にその子がいるのをちゃんと確認したのか?」
「ああ!魔素クリスタルを作ってた!」
「魔素クリスタルを?」
「そうだよ!ばーちゃん……孤児院の院長から聞いてるだろ!?ロマリアは、魔素クリスタルを作れるんだ!それを、城詰めの魔術師サマが買い取ってるんだ!」
ヨルモは必死に訴えるが、目の前の警備兵はなぜか険しい顔をしたまま突っ立っている。
「そもそも、その子は本当に誘拐されたのか?」
奥から出てきた警備兵も首を傾げながらそんなことを言い始める始末だ。
「なんで信じてくれねーんだよ!急がないと何されるかわかんねーだろ!!」
「そう言われてもなあ。」
そう言いながら、警備兵たちは顔を見合わせている。どう見ても、ヨルモの言葉を信じていない。
わけがわからない。なぜ、どうして?なんでこいつらはロマリアを助ける気がないんだ!?
ヨルモは、キースと途中で別れたことを後悔した。もしここに来たのが獣人の孤児ではなく、商家の息子だったら、反応が違っていたかもしれない。
「俺は獣人だけど、ロマリアはお前らと一緒で人だろ!?なんで助けに行ってくんねーんだよ!それに、ロマリアは城詰めの魔術師サマのお気に入りなんだろ!?何かあってからじゃ遅いだろ!?なあ!」
「だーかーら、人だとか獣人だとかは関係ないんだ。その子のことはマニエさんから頼まれてるし、もちろん現地に行ってみてはやるけど、動くなら上にも報告しなきゃならないし、さすがに今すぐは無理だ。」
「そんな……。」
どういうことだ。ヨルモは何かに頭をガツンと殴られたような衝撃を受けていた。背中から冷たい何かが体に広がっていく気がする。なんなんだ、こいつら。国民を守るのが仕事だというのに、なんですぐに動けない?
何かにすがりたかったのか、無意識に周りを見れば、俺の前に立っている人の警備兵2人の後ろで、獣人の警備兵がひとり複雑そうな顔でこちらを窺っていた。しかし、目が合う前に目をそらされてしまう。
「とりあえず孤児院に帰って待ってろ。」
「間に合わなかったらどーすんだよ!」
「動いてやりたいのは山々だが、ものにはな、順序ってもんがあるんだよ。それにな、本当にそこが奴隷商人がいた場合、ここにいる数人で乗り込んでも逃げられるのがオチだろ。
そんなに心配だったら、その子が王都から外に連れ出されないように、外壁の門番に言付けてやるよ。王都から出なければ、絶対に見つかるだろ?
大丈夫だよ、魔素クリスタルを生成してたんだったら、すぐすぐ殺されたりはしないだろうしな。だからおとなしく待ってろって。ほら、城詰めの魔術師様にもお前が見つけたって言っておいてやるから。」
「な……っ。」
警備兵の言葉に、ヨルモは絶句するしかなかった。本当にこいつらは何を言っているんだ。攫われたのは、少女だ。確かに価値を考えれば殺されはしないかもしれないが、それだけだ。命より重いものなんていくらでもある。
「いいから出てけ。案内を頼むときは呼びに行くから、孤児院で待機してろ。」
ヨルモはそのまま、警備兵の詰め所から放り出されてしまった。
―― 一人で行くしかないのだろうか?
ヨルモはふとそんなことを考えたが、自分一人で行ったとして、果たしてどうなるのだろうか。簡単に想像できる。囲まれて袋叩きにあって終わりだ。
「……。」
無力。ひたすら無力。下を向いて拳を握りしめる。
しかし、警備兵しか頼りどころのないヨルモには、もうどうしようもできない。ヨルモは孤児院に向かってふらふらと歩き始めた。
スラムから走って戻っている時、ヨルモはひどく高揚していた。
いつもより早く走れた。風になった気分だった。
スラムの路地は迷うことなく抜けることが出来たし、屋台通りの人混みも立ち止まることなくすり抜けることができた。
ロマリアを助けるんだ。そう、思っていた。それが、自分の役目だと思っていたから。
それなのに、結局は、何も、できなかった。
警備兵の他に頼れる相手といえば、いつもの仕事仲間だが、彼らも自分と同じ子供だ。
大人には、どうやってもかなわない。
己の無力さにひどく打ちのめされた気分だった。
孤児院に戻ったヨルモは、鼠のくだりは適当にごまかしながら、今までの話をマニエに伝えた。
マニエは驚いていたが、ロマリアを探してスラムまで行ったヨルモを叱りつけることはなかった。そして、案内をやることも許してくれた。
ヨルモは、呼ばれたらすぐに向かえるように、腰にナタを吊るして小牙豚を狩りに行く装備を着込み、食堂で待機した。いつ警備兵に案内を頼まれるか分からないのだ。
しかし、昼が過ぎ、日も傾いてきたが、警備兵は現れない。
夜が過ぎて、次の日の朝になっても、警備兵が孤児院に現れることはなかった。




