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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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23-4 貴族と商人と 2

 ――理解できないな。


 雇い主の部屋を出たフリスタは心のなかでそう毒づいた。

 孤児の獣人(ビスタ)を別邸に上げて、一体どうしようというのだろうか。まあ、生成師の少女を別邸に連れて行ったあと、獣人(ビスタ)の少女をどうしようかと頭を悩ませていたので、助かったといえば助かったのだが。


 さすがに、何でもやる傭兵であるところのフリスタだったが、子どもを手にかけたくはなかった。

 手にかけたくないということは、攫ってしまう以上、フリスタには奴隷として売るという選択肢しかない。スラムでは、有能だと評判の王都の騎士に発見されてしまう危険があり、ずっと監禁しておくわけにもいかないのだ。

 しかし、少女を王都から連れ出して売るとなると、諸経費を考えるとかなりの高額になってしまう。フリスタはそこに頭を悩ませていた。


 王都で人を攫って奴隷にしようと思うと、まず最初に悩ましいのは、王都から出るのに金がかかりすぎるところだ。


 第三壁は南門以外、幌のような中身を隠すものがある馬車は通ることは出来ない。馬車形態のものは全て南門に行かなければならない決まりになっている。

 例外として許されているのが、第三壁の東門と西門から出ている国営の幌なし乗合馬車と、傭兵ギルドによって国に申請される通称“傭兵馬車”だ。傭兵馬車は第三壁の西門のみ通ることを許されているが、幌はつけてはならないし、乗合馬車も傭兵馬車も、大雑把だが荷物検査が行われる。


 もちろん、貴族のうち公爵、もしくは侯爵の紋章がある馬車や、王族の馬車などは南門以外の門を通ることはできるが、間違っても異臭立ち込める北門や、傭兵でごった返している西門を通ることはない。

 かろうじて、まれに、もしかしたら、こっそり王都を出たいときに東門を通ることがあるかもしれないが、まず無いと言ってもいいだろう。


 そもそも爵位持ちは、その特権により商人の長い列をすっとばすことができるのだ。王都の華である王侯貴族が王都の玄関口である南門を通らない理由がない。


 つまり、獣人(ビスタ)の少女を王都から出そうと思うと、生成師の少女を人質に取るなどして、暴れないようにきつく言いつけてから、隠匿のコートを着せてこっそり徒歩で王都から出なければならないことになる。王都から出る乗合馬車は途中で人を拾う事が禁止されているので、足もこちらで用意しなければならない。


 そして無事に王都から連れ出せたとしても、売れるまでの旅費も必要になってくる。奴隷売買に厳しいこの国では、どこに行くにも獣人(ビスタ)の少女を持て余すだろう。国内で奴隷を捌けるのは、そういうルートを持っている奴隷商人だけ、らしい。

 つまり、旅費は国を出るまでかかる。売れなければ、売れるまでずっとだ。


 噂によると、この王都ゼスタークの治安は“良すぎる”らしい。優秀な2つの騎士団がそういった犯罪を絶対に許さない、とかなんとかいう話だ。犯人は絶対に捕まるのだという。

 さすがに盛りに盛った話だろうが、それでも追ってはかなりの手練れだろうから、それから逃げながら進むことになるわけで、かなり辛く厳しい長旅が約束されているわけだ。


 考えれば考えるほど、出費がかさむし、精神は擦り減るどころか擦り切れるのではないだろうか。

 雇い主が何を考えているのかは知らないが、奴隷として売る線がなくなったのはありがたかった。


 ……あるいは、雇い主は独自に奴隷売買のルートを持っているかもしれない。

 フリスタはふとそんなことを思いついて、ついつい「ありえるな。」と口に出してつぶやいてしまった。


 獣人(ビスタ)の少女を別邸に連れて行き、最低限磨いて商品価値を高める、というのもありっちゃありだ。屋敷で奴隷の姿を見かけたことはないが、あの雇い主なら奴隷商人と繋がっていても、まあ、おかしくはないだろう。

 なんにしてもひとまず目先の問題がひとつ片付いたのはよかった。フリスタは小さく息をついた。

 獣人(ビスタ)の少女の件は置いておいて、それとは別の問題を考えよう。


 生成師の少女を別邸に連れていく、という話である。


 実は、雇い主に意見するほどフリスタはこの案に強く反対していた。イエスマンのフリスタが、である。

 生成師の少女が別邸に監禁されていることがどこかに漏れたらどうするのだろうか。雇い主は金でなんとかなると考えているようだが、人の口には戸は立てられない。どこからか情報が漏れれば、あっという間にその噂は広がるだろう。

 そうして実際に屋敷の敷地内で生成師の少女が発見されてしまえば、言い逃れは厳しい。


 最終的に王都で過ごさせるとしても、完全に従順になるまでは自らの領地に置いておくべきなのだ。

 喧嘩を売った相手は城詰めの魔術師である。しかも、最近何かと話題の占術師候補、しかもおなじ侯爵家のご子息らしい。


 確かに(どこにあるかは知らないが)広大?な領地を持ち(自称)発言力もある(らしい)侯爵であるところの雇い主だが、考えが甘すぎやしないだろうか。

 これまでたらふく自慢話を聞かされたが、調べてみればそのどれもが格下の相手ばかりのようなのだ。自分は公爵と同じだけの発言力がある、と豪語するわりにはなんとも心もとない。


 そりゃあ、侯爵に金を積まれたら、伯爵以下に選択肢はないに等しいだろう。しかも、裏の世界に片足どころか両足突っ込んでいるような噂のたえない侯爵の頼みだ。断れば、何が待っているか分からない。


 そんな主に雇われている自分に、フリスタはついつい苦笑を漏らす。

 王都に来て数年が経ったあたりで、報酬に釣られてうっかり雇われてしまった。

 雇い主に命じられるままこの1年様々な裏の仕事をこなしてきたが、フリスタはそろそろ鞍替えしたいと思っていた。しかし、仕事をやめると言えば口封じに殺されかねないところまできてしまっている。

 あの雇い主の仕事から抜けるときは、何も言わず、こっそり全力で王都から逃げたほうがいいだろう。傭兵ギルドでの登録は雇い主が削除してしまったし、人相書きが出まわらないかぎり他国ならば問題なく傭兵の仕事は続けられるはずだ。まあ、あの雇い主が血眼になって探したりしないことを祈るしか無いが。


 なんとなくフリスタは、この仕事が最後の仕事になるような気がしていた。

 侯爵の中でも、そのうち王族を娶って王族と繋がるのではないかと噂されているフォアローゼス家に喧嘩を売ったからというのもあるが、それでなくても、傭兵の勘(?)がそう告げている気がしていた。

 まあ、ぶっちゃけ潮時なのだ。すでに人攫いまでさせられている。これ以上、あの雇い主の下で働くのは危険すぎる。あとは落ちるだけの人生が待っている気がする。

 この仕事が終わったら逃げよう。そう心に決めて、第二壁内にある雇い主の本邸から出たところで、フリスタは、最近この屋敷に顔を見せるようになった商人の男とばったり出会った。


「これはこれはフリスタさん、こんにちは。」


 揉み手で頭をさげる商人の男。中肉中背で小綺麗な格好をしているが、人を小馬鹿にしたような目つきが正直気に食わない。俺は軽く頭を下げて、そのまま通り過ぎた。

 今回の誘拐には、あの商人も一枚噛むことになっている。

 それは、あの商人が雇い主の元に持ってきた、最近王都で流行り始めたという干し花(ポプリ)の存在があった。それを売っていたのが、3級の魔素クリスタルをスラムで捌いていた獣人(ビスタ)の少女だった。


 あの商人は、少し前から雇い主に干し花(ポプリ)の話をし、どうしても製法が知りたいと雇い主に訴えていた。

 今回、獣人(ビスタ)の後ろにいたであろう生成師の少女の名前が上がったことで、その生成師の少女が干し花(ポプリ)も作っていたのではないかと、俺は睨んでいる。

 あの商人は、干した草花を何かに漬け込んで、干し花(ポプリ)を作っていると言っていたが、それだけであんな劇的な効果をもたらすのは、10やそこらの子供では難しいだろう。生成師の少女が、魔素クリスタルを作る(かたわ)ら、何かしらの魔法陣を使って、干した草花にあの香りを付与していたのではないか、というのがフリスタの予想だった。

 フリスタは魔法陣には詳しくないが、世の中には多くの魔法陣がある。秘匿されている魔法陣も多いのだ。その中の一つではないかと、フリスタは考えていた。


 これは、雇い主にもまだ伝えていない。確信がもてないからだ。まあ、あの獣人(ビスタ)の少女がこの先どうなるかは知らないが、どうにかなる前にどうにかして聞き出せばいいだろう。

 そうして裏を取ってから、商人に話をするつもりだ。

 聞いた話だが、あの商人は第三壁内にある多少大きな商家の娘婿、らしい。先代が病死した後、家を継ぐはずだった長男も病死、その後釜にあの男が座ったのだという。どこにでもある、怪しい話だ。

 雇い主にはお似合いの御用達商人だとは思うが、あの商人が干し花(ポプリ)を売り出したとして、そこから芋づる式に全ての悪事がバレるのはまずい。裏で糸を引いている雇い主の名がバレれば、侯爵家とはいってもただでは済まないだろう。

 だからこそ、あの商人を絡ませるのは慎重にしなければならない。


 さて、まずは獣人(ビスタ)の少女をどうにかしなければならない。とはいえ、尾行していてなんとなく分かったのだが、あの娘は頭がまわる。一人で森へと出ていたりと、10才とは思えない行動力と、それに伴う体力もある。

 生成師の少女が攫われたと知れば、あの少女は一人で探しはじめるだろう。下手に無理やり攫うより、声をかけたほうが成功しやすいかもしれない。

 フリスタはそう考え、魔素クリスタルの進捗を見に生成師の少女を監禁しているスラムへと向かった。

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