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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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23-3 視線の主を追いかけて

 その視線に最初に気づいたのは、キースだった。


「なあなあ、ヨルモ。」


 ヨルモの服を引っ張り、キースは路地の奥にいるそれを指をさした。


「あの鼠さあ。」


 その鼠はさっきからちょこちょことキースたちの前を横切っていて、しかもたまにこちらを窺うように顔を向けている、気がする。


「鼠なんてどうでもいいだろ。」

「いや、だってさ、なんか、あんなの見たことないし。」

「鼠ったって色々あんだから、森にいる奴とは違うんだよ。」


 キースが食い下がっても、ヨルモはそれを聞き流しながら“これだから坊っちゃんは”とでも言いたそうな顔で肩をすくめてなかなか取り合わなかった。

 しかし、キースは見たこともないその鼠が気になってしょうがない。


 褐色の毛並みに大きな耳、長い尾の鼠。

 確かに森に出るのはもっと大型の鼠で、体毛は地面の色に近い薄茶色だ。しかし、店の倉庫でたまに罠にかかっている、耳の小さな赤い毛の鼠とも違う。スラムにはスラムの鼠がいるということだろうか。


「でもさ、なあなあ、あの鼠、たまにこっち見てるんだよ。」

「はあ?」


 と、ようやくその鼠に視線を向けたヨルモは、すぐにわずかに眉を潜めた。


「ん?なんだ?黒鼠じゃねーな……。」

「黒鼠?」

「ああ、スラムとかによくいる、尾の短い、何でも喰う黒い鼠をな、黒鼠とか屍肉鼠って呼ぶんだよ。で、穀物を喰う赤いやつが赤鼠。まあ、村鼠とか蔵鼠とかとも言うな。で、森にいるのは森鼠とか山鼠とか言うんだ。ちゃんとした名前もあるんだろーが、こっちのほうがわかりやすいだろ。」

「なるほどね。黒鼠に、赤鼠に、森鼠か。」


 キースはふむふむと頷きながら、ヨルモの説明を聞いた。キースは前々から、ヨルモが持っているこういう雑学は、この先きっと役に立つと考えていたので、ここはしっかりと覚える。

 他の少年たちはどうかわからないが、キースは、こういう小さな知識を積み重ねることは絶対に無駄ではないと思っていた。これから魔術師になって兄が率いる荷馬車をを護衛する時だって、どういう知識が役に立つかはわからないのだ。


 もちろん、護衛の仕事に就く前に、他国で傭兵登録をして修行する。その時にも身につけなければならない知識はたくさんあるだろうが、今だって、その傭兵になる修行の途中なのだ。

 小牙豚(リトルモス)を狩るのも遊んでいるわけではないし、傭兵になれば人探しだってするはずだろう。傭兵は何でも屋なのだから。


「で、アレは何鼠なの?」


 キースがそう聞いても、ヨルモは首をひねりながら「さあな、見たことねー奴だけど、色からすると……赤鼠、か?んー?でも、耳がでかいな?」と、あいまいな返事を返すただけだった。

 倉庫の穀物を食い荒らす赤い鼠。スラムに穀物なんてあるのだろうか?キースはそんな少しズレた事を考えながら、鼠を見つめ返す。


「なんで逃げないんだろうね?」


 鼠はじっとこちらを見たまま鼻をひくひくさせて、時折、チチチと泣いて尻尾をちょろちょろと動かしていた。ヨルモが首を傾げるのを真似しているのか、一緒に首をかしげているようにも見える。

 まるで、芸をしているようだ、とキースは思った。


「なんだかさ、あの鼠、僕達を(さそ)ってるみたいじゃない?」


 キースの言葉に、ヨルモは「はあ?」と呆れ顔をした。さすがにその言葉は予想外だったようだ。しかし、キースは気にせず続ける。


「これがお伽話なら、あの鼠が、ロマリアのところまで連れて行ってくれるんだけどなあ。」


 これにはヨルモも、呆れを通り越して可哀想な子供を見るような目つきになってしまった。


「お前、大丈夫か?」

「いいじゃん、行ってみようよ。」


 キースはそう言って、ヨルモを置いて一人で鼠の方へと歩き出す。


「お、おい、一人だと危ないぞ!」


 慌ててヨルモもキースに続く。

 それを見ていた鼠は、ササっと路地の奥へ走って行ってしまった。


「あ、ちょっと、待ってよ~!」

「ほら、気のせいだろ。」


 キースの慌てた声に、ヨルモがここぞとばかりに声を上げる。

 しかし。


 ――――チチチ、チチ。


 キースが路地の分かれ目に来ると、再びあの鼠が路地の奥に姿を現した。


「気のせいじゃないって!」

「なんなんだ、あの鼠……。」

「ほら、行こうよ、ヨルモ。きっと何かあるんだよ!」


 キースはヨルモを引っ張りながらずんずんと鼠を追いかける

 そうやって、2人はスラムの奥へと(いざな)われていった。



 ほどなくして。


 鼠は、ひとつの掘っ立て小屋の中へと、壁の穴を通って入っていってしまった。


「……。」


 幾度となく分岐している路地を道案内されたキースとヨルモは、不思議とここにロマリアがいるのではないだろうかと、確信めいたものを感じていた。

 どちらともなく顔を見合わせて、頷き合う。


 こういうときは、魔術師……の見習いであるキースが見張りをして、耳が良く気配に敏い獣人(ビスタ)であるヨルモが行動する方がいい、と、2人は予め話し合っていた。

 ヨルモが周囲に誰も居ないことを確認する。その間に、キースはすぐに逃げられるよう、びりっとする魔法陣を土がむき出しの地面に直接掘り、発動しておく。

 魔法陣が出来上がったら、ヨルモがそっと小屋に近づく。もし何かあれば、森で使うあの笛を吹いて知らせ、あとはお互い振り返らずに全力で逃げる手はずだ。


 ヨルモが小屋の壁に耳を当て、それからそっと窓を覗くのが見える。その尻尾が、ピンと上に立った。それからすぐにキースの方へと小走りで戻り、キースの服を引っ張りもと来た路地に入った。


「ロマリアは!?」

「居た。泣いてたけど、たぶん、無事だった。でも、小屋の中には他にも誰かがいる、から、ここは……帰って警備兵に知らせるぞ。」

「えっ?今、助けないの!?」


 ヨルモの言葉に、キースは思わず大きな声を出しそうになり、慌てて手で自らの口を押さえた。


「俺達が、大の大人に敵うかよ。ロマリアの前で俺ら二人とも殺されるかもしんねーだろ。俺らが死に物狂いで抵抗しても、その間にロマリアが逃げれるとは限らないんだ。

 それに今、ロマリアは見たこともない魔素クリスタルを生成してた。攫ったやつの目的が魔素クリスタルなら、手を出されることも、ない、と思いたい。

 俺らができることは、――本当は城詰めの魔術師に教えたいところだけど、それはできないから、できるだけ早く警備兵に知らせて、できるだけ早くロマリアを助けてもらうことなんだよ。」

 ヨルモのいうことは正しいし、ヨルモだって今すぐ助けたいと強く思っているのは、その顔を見れば分かる。

「……分かった。」


 キースは歯がゆい思いで、力なく頷いた。


「走って帰るぞ。遅れたら置いてくからな。」

「うん。え、待って、僕、一人じゃ帰れないよ!?」


 キースの言葉を待たず、走り出すヨルモ。慌てて走り出すキースだったが、あっという間にヨルモは見えなくなってしまった。

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