23-2 魔術師協会とマティーナ
「ど、どぉゆぅことですか……?」
第二壁内の、魔術師協会の一室。
応接室ではなく、キーレスの仕事部屋に設えてある硬めのソファに、低いテーブルを挟んでキーレスとマティーナが向い合って座っていた。
「どういうも何も、彼女と取引していた私も襲われたから、誰に攫われたのか、何の目的なのか、我々は何も分からないんだ。」
そういってキーレスは、包帯の巻かれた腕と足を見せる。
「じゃぁ、探すのを手伝っ――」
「それはできない。彼女と協会との関係が城詰めの耳に届けば、彼は彼女を許さないだろう。彼女は、あくまでも城詰めの魔術師の方がいいと言っていたのだから。」
「で、でも」
「マティーナ。我々は、来るものは拒まないし、求められればもちろん応えよう。しかしだね、彼女は、魔術師協会に所属するつもりはないと私に言ったんだ。
確かに私としても彼女のことは心配だが、こればかりはどうすることもできないんだよ。幸い、あちらには城詰め殿がついておられるんだ。我々はその手腕を信じて待つしかないんだよ。」
困った顔をするキーレスに、マティーナはただうなだれるしかなかった。
たしかに、城詰めの魔術師様に見放されてしまったら、ロマリアはすごく傷つくかもしれない。でも、人攫いに攫われたとしたら、それ以前の問題なのだ。手遅れになる前に、いや、手遅れになっていたとしても、見つけてあげたい。
第三壁の北門の近くが危険だと分かっているのに、そこを取引場所に指定したのは協会側なのだ。
そして、その取引のきっかけを作ったのは、マティーナだ。
それなのに、何もできない。
マティーナは、無力な自分を責めていた。
そんなマティーナを見ながら、キーレスは、内心でため息ばかりついていた。
せっかく見つけた生成師を、訳もわからないまま貴族に横取りされたのだ。
彼女はかなり高額で取引されたと聞いているが、魔術師候補ならともかく、貴重な生成師をみすみす手放すなんて、キーレスにとってはあり得ない話だった。
確かに、ディストニカ王国では、城詰めの魔術師や占術師の勢力が他の国よりも遥かに優位で、ディストニカ王国の魔術師協会を統べる王都ゼスターク本部はかなり厳しい立場に立たされている。
今回の件で、一時は協会は潤うだろう。
しかし、長い目で見れば生成師を手に入れたほうが協会のためになったはずだ。金に目が眩むなど、馬鹿げている。
この裏取引については、キーレスとその上司数名しか知らず、周囲の協会メンバーは本当にキーレスが何者かに襲われたと思っていた。そもそもロマリアとの取引の話も、知っている協会メンバーはほんの一握りだった。
まあ、だからこそできた取引とも言える。
もしロマリアが孤児院の施設長やら城詰めの魔術師やらに、魔素クリスタルの取引の話を漏らしていたとしても、キーレスがこうして襲われ怪我をしている以上、人攫いに関してこちらは被害者である。
疑われた時のために、わざわざキーレスは火傷と切り傷を負っていた。
魔素クリスタルの取引についても、いつもより多く生成することで、城詰めのほうにはきちんとした数を納品していたのだから、城詰めに何か言われる筋合いはない。
そう突っぱねて尻尾を掴ませないようにすればいい。簡単な話だった。
魔術師協会としては、今回の件で生成師が城詰めに渡らなくなっただけでも良しとするしかない、ということだろう。
「ロマリア……。」
ぽつりとマティーナがつぶやく。
正直、この少女がこんなにガタガタになるとは思っていなかった。キーレスは呆れ顔をしっかりと心の奥に隠し、心底心配そうな顔をして見せる。
「城詰めの魔術師の実力は、我々魔術師協会の魔術師と遜色ないはずだ。必ず、ロマリアを見つけてくれるはずだから、そんなに気落ちするものじゃあない。
マティーナ。君がすべきことは、ロマリアが戻ってきた時、どういう状態であっても、心を強く持って笑顔で迎えることだと、私は思うよ。」
「ロマリアが、戻って、来た時……?」
「そうだ。信じるんだ。彼らは国を代表する魔術師なのだから、絶対にロマリアを見つけてくれるだろう。しかし、そうして救出されたロマリアが戻ってきた時、皆が悲しい顔をしていたら、彼女はどう思うだろうか。」
絶対、などあり得ない。自分の口から次々と出る言葉に、浮かぶ失笑を苦労して引っ込める。
少女を買ったのは、協会にも悪名が聞こえてくるような女好きの貴族だ。例え城詰めの魔術師であり貴族でもあるあの若造でも、おいそれと手が出せないだろう。つまり、ロマリアが帰ってくる確率は極めて低い。
しかし、キーレスはここでしっかりとマティーナに城詰めは優秀だと念を押しておきたかった。これだけ信用させておけば、ロマリアが戻ってこなかった時、城詰め魔術師に対して強い不信感を抱くはずだ。
そうすれば、思い込みの激しいこの娘は今より扱いやすくなるだろう。まあ、今でも充分に扱いやすいが。
マティーナは、キーレスの言葉にしばらく悩んでいたが、「そぉですね、私がしっかりしなくちゃ……」と納得したようだった。
「いい子だね。」
キーレスはいつもの笑顔でそう言って、手を伸ばしてテーブル越しにマティーナの頭を撫でた。
「一緒にロマリアを待とう。もし、彼女が城詰めに見放されたとしても、彼女には君がいる。そして、君の後ろには魔術師協会がついている。」
キーレスは優しくそう言って、言葉を締めくくった。




