22-1 ロマリアを探して 2
「あー、居た……。」
数時間に及んだ百を超える走り鼠とのやり取りの末、私はようやくロマリアを見つけることが出来た。とある事情の為、途中で休憩を挟みながらだったので、さっき小用で1階に上がった時にはすでに日がかなり傾いていた。
ズキズキと痛む頭や、吐き気と格闘した甲斐があったようだ。私はとりあえずロマリアが無事な事だけを確認すると、走り鼠との交信を一時ストップした。
視覚共有していた走り鼠のうち、ロマリアを見つけたグループ以外の走り鼠の召喚を解除して、吐き気のやまない胸を擦る。スラムからの帰りに屋台通りで買った、独特な清涼感のある干した果物を小さくかじった。
「うー、気持ち悪……。」
地下室の床に置いてあった水袋に口をつけ、それから長い長いため息を吐く。今、私の顔は濁った水たまりのような色をしているのではないだろうか。
これは、走り鼠のような視覚共有に特化した召喚獣と交信しているとしばしば起こる症状で、私の元居た世界では“視覚酔い”と呼ばれている。
詳しい事は分かっていないのだが、長時間、召喚獣と視覚共有していると起こる体調不良で、馬車や船に乗っている時も同じような症状を訴える人が多いことから、“移動酔い”とも言われている。
残念ながら視覚酔いを治療する魔法はなく、なんとなく気分がスッキリするようなスーッとするお茶を飲んだり、横になって暫く休んだりするという方法でしか治らない。
私は地下室の床に横になって、もう一度干した果物と水を口に含み、目を閉じた。
しかし、ゆっくりと寝ている場合ではない。ようやく見つけたのだから、今、ロマリアがどういう状態なのかを把握しなければならない。
しばらく休んだ後、私はロマリアを見つけた走り鼠のリーダーと交信を再開した。
どうやら、ロマリアは北門と外壁のちょうど真ん中辺りにある、とくに入り組んでいる場所の木造の小屋に閉じ込められているようだった。
1匹だけの走り鼠の視点だとよくわからないが、様々な場所に走り鼠を配置することで、空間を立体的に感じ取ることができる。
鼠の視線で見たロマリアは――泣いているようだった。
しかし、体のどこにも傷のようなものは見当たらない。服も昨日の朝着ていたものと同じもので、乱れても汚れてもいない。
私は少しホッとしながら、ロマリアの周りを見回した。
ロマリアの座り込んでいる前に、何かがある。あれは――魔素クリスタル生成用の魔法陣のようだ。そして、その周りには透明に近い宝石のような石がいくつも転がっていた。
魔法陣の近くにある布の袋には、同じような半透明な石が沢山入っている。
走り鼠は喋らせることも人の言葉を聞き取ることもできないので、ロマリアをすぐに安心させることはできないのが残念だったが、ひとまず現在は無事なようだ。
しかし、今は無事でも、いつ何が起こるかわからない。魔法どころか戦闘能力も皆無の走り鼠では、ロマリアに何かがあった時に、対処できない。
私はさらに召喚獣を追加すべく、地下室から出た……ところで、ヨルモと鉢合わせした。
「う、お……ぉお!?」
ヨルモが尻尾を逆立てて後ずさりする。
「なんだぁその顔!?大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫よ。ちょっと根詰めて魔法陣を見てただけ。少し休めば治るわ。」
「ほんとかよ……マティーナといいお前といい、そのうちぶっ倒れるんじゃねーの?」
「……大丈夫よ。」
私がそう言っても、ヨルモは不審そうな視線のままだ。
しょうがないので「ここに居るってことは、私に何か用があったんじゃないの?」と促すと、ヨルモは「あーそうだったな。」と言葉を続けた。
「マニエが詰め所に相談しに行ったら、警備兵が動いてくれることになったらしいんだよ。スラムを中心に探してくれるってさ。
まあ、それでも安心はできねーかもしんねーけどさ、何、あいつは城詰めの魔術師サマのお気に入りだし、いざとなったら魔術師サマがどーにかしてくれんだろ。」
どうやらヨルモは私が心配しすぎていると思っていたようだ。そんなことをいいながら、ポンポンと頭を撫でてくる。
「だから、お前も早く寝ろよ。」
ヨルモはそれだけ言うと、さっさと1階へと戻っていった。意外に優しい一面もあるようだ。
しかし――あのヨルモが、同じ孤児院の仲間を攫われたというのに、どこか楽観的すぎるような気もする。しかも相手は仲の良いロマリアだ。烈火のごとく怒り狂いそうなものなのだが……。
そんなわずかな違和感を感じながら、私はヨルモの後を追って1階へと上がった。今からスラムに出向くわけにもいかないので、ロマリアとの相部屋に入る。
ロマリアの部屋に戻った私は、痛む頭に鞭打って、再び召喚魔法を唱えていた。
「――召喚。」
走り鼠よりは幾分短い沈黙と一言だけの詠唱の後、私の魔素で構成されて現れたそれは、私の顔より大きな、ずんぐりとした梟だった。
黄色がかった眼の真中にある黒々とした大きな瞳は闇に染まる世界を見通し、焦げ茶の大きな翼は夜に溶けて音もなく飛ぶ。
魔女の梟。
それは名前の通り、魔法を扱うことの出来る鳥型の召喚獣である。本来は体長2メートル、翼開長は6、7メートルもある大怪鳥だが、魔素を調整すればこのように小さめに召喚することが出来る。
梟に限らず、大きい召喚獣は小さく召喚するとそのぶん消費魔素を抑えることができ、コストパフォーマンスが良くなるので、大体はこれくらいのサイズで召喚するのが通常だ。
もちろん走り鼠も、もともとは頭胴長が私の身長と同じくらいの巨鼠である。
小さいころに、背中に乗りたいからとありったけの魔力を使って通常サイズの蛇翼竜を召喚したことがあったが、あの時は兵士がぞろぞろとやって来て大変だった。まあ、うん、いい思い出である。
そんな懐かしい思い出に浸りつつ、私は窓を開いた。目指すはロマリアの囚われている小屋である。
鼠には動きがあれば知らせるよう指示を出して待機させてあるので、梟が現地に到着するまでは私も空の散歩を楽しむことにしよう。
「……ん?」
ふと見れば、孤児院の入り口付近に誰かがいる。あれは……ヨルモだ。誰かと話しているようだが、まあいいか。
私は梟と視覚共有をはじめた。もちろん視覚酔いする危険性はあるが、ちょろちょろ動き回る鼠よりは、はるかにマシだ。梟は音もなく窓から飛び立った。
とはいえ、私が走る何倍もの速さで、なおかつ遮蔽物のない空を直線的に向かうのだからスラムまではあっという間である。
私は、梟をロマリアが囚われている小屋の屋根に音もなく着地させて待機モードにさせると、次は鼠に視点を戻す。
相変わらず、ロマリアは泣いているようだった。まあ、そうだろう。心細くて死にそうなのはその表情で分かる。
しかし、泣いているだけではなく、ロマリアは泣きながらも魔素クリスタルを生成しているようだった。周りには、完成したらしき半透明の魔素クリスタルが3つほど置いてある。
――半透明の魔素クリスタル?
ふと嫌な想像をしてしまったが、いや、さすがに。そんなことはない、はずだ。うん。まさか。気のせい気のせい。
私は気を取り直して鼠との交信もやめ、さてこれからどうしようかと考えた。
何かあれば召喚獣が教えてくれるし、とりあえずこのまま見張っておいて、何かしらがあれば行動すればいいだろう。
別に、私がロマリアを救わなければならないわけではないのだ。
私はロマリアの無事を確保しながら、警備兵なり何なりがロマリアを保護するのを待てばいい。
そう思いながら、とりあえず私は久しぶりに自分のベッドに横になった。視覚酔いで頭が重いままだと、うっかり何か見落とすかもしれない。
夜中に動きが無いことを祈って、私は目を閉じた。




