22-1 ロマリアを探して 1
「なあ、ロマリア知らねーか?」
朝、いつものように地下室から食堂へと上がってくると、私を見つけて駆け寄ってきたヨルモが開口一番に聞いてきた。
「ロマリアがどうかしたの?」
「昨日の夜からいねーんだよ。」
首を傾げて耳を澄ませば、食堂はどこもかしこもロマリアがいないという話ばかりのようだ。
「昨日の朝は部屋で見たけど、昼前には出ていったわ。私は昼過ぎから地下に篭っていたから、その後帰ってきたかどうかはわからないわね。
でも、さすがに帰ってきてないことはないだろうから、朝早くにでかけたんじゃない?」
「それが、夜のメシの時にも居なかったし、その後も帰ってきてねーんだよなー。」
「……それは心配ね。」
あの、良くも悪くも純粋なロマリアが無断で外泊というのは……確かにちょっと考えられない、か。
「昨日、北門近くで見たっていう奴もいるんだけど、ロマリアは用もねーのにあっこらへんに行ったりしねーと思うんだよなー。
あ、分かってるとは思うが自分で探しに行くとかやめろよ。危ねーからな。なんとか取りがなんとかになるとかなんとかになるぞ。」
ヨルモは両手を頭の後ろで組みながらわけのわからないことを言って私に釘を刺すと、さっさと離れていった。どうやら、新たに食堂に入ってきた子供たちにも聞いてみるようだ。
北門といえば、もうそこは半分スラムだ。そんなところにロマリアが行くとは考えられないが、もし北門周辺をウロウロしていたのだとしたら最悪、人攫いに遭っている可能性もある。そういえば、以前、ジャルカタも人攫いがどうとか言っていた。
――さすがに放っておくわけにはいかないか。
薄々人攫いの可能性を感じているのか、食堂にいる子供達は誰も表情が暗い。
特に、ロマリアと年が近く仲がいいマティーナなどは真っ青な顔で、食事も喉を通らないようだ。ぶるぶる震えて、周りに集まった年下の子供たちに心配されている。
私はぐるっと食堂を見回してから、支給された黒いパンのサンドイッチを頬張って早々に地下室に戻った。
相変わらずパッサパサで固いサンドイッチ(最近気づいたのだが、この固く黒いパンは、パン屋で買うパンよりもかなり腹持ちがいい)を咀嚼しながら、床に放っていたマントを掴んで素早く羽織る。
ロマリアを探しにいくとしたら、最初はスラムだろう。スラムにいなければ、人攫いの可能性は低い、と思う。まあ、すでに王都にいない場合はどうしようもないが。
探しものは苦手だが、出来ることはやっておいたほうが良いに越したことはないはずだ。
そう、ロマリアには、多少、世話になったのだし。
マントのフードを被りいつものように魔法陣を発動させた私は、誰にも見つからないようにそっと孤児院から出た。特にヨルモに見つかると、めんどくさいことになりそうだと思った。
とりあえず、向かうのはジャルカタの店だ。あの気のいい髭もじゃ男は、そういうことには一切首を突っ込んでいなさそうだが、情報通のような気もするし、一応聞いてみるだけ聞いてみるのがいいだろう。
探すにしても、あの広いスラムをあてもなく走り回らせるのはさすがに時間がかかりすぎる。
ジャルカタの店に入ると、いつも通り誰もいなかった。
ここはいつ来ても客がいないのだが、どうやって店は成り立っているのだろうか。いつも疑問に思う。
そんなことを考えていると、店の奥から、ぬっ、とジャルカタが顔を覗かせた。
「ん?リネッタじゃないか。どうした?アレは3日前に持ってきたばっかりだろ?何かまた欲しいもんでもあんのか?」
「孤児院で、とてもお世話になったお姉さんが居なくなってしまったの。昨日、この辺りで見たっていう子がいて……もしかしたら人攫いに遭ったのかもしれない、って。」
「――そうか。そりゃあ大変だな。」
ジャルカタはもしゃもしゃと髭をかきながら、カウンターからこちらへと近づいてきた。
「スラムに詳しい知り合いなんて、ここしかないから。」
そう言うと、ジャルカタは「まあ、そうだろうが……」と苦笑した。
「しかし、あてがあったとしても、お前さん一人でここをウロウロするのは危ないぞ。こっから先は入り組んだ路地も多いからな。」
「大丈夫よ。一人ではないから。」
私がそう言うと、ぎょろりとした目を細めて、ジャルカタは「そうだったな。」とつぶやいた。
まあ、実際は一人なのだが。
ジャルカタは架空の生成師が魔素クリスタルを生成していると思っているので、それで納得したようだった。この言い訳は使えるので、これからも積極的に使っていこう。
「それで、探すにしても、この広いスラムのどこから探せば良いのか……。」
「そもそも、本当に人攫いなのか?どっか男の家にでも転がり込んでるとかないのか?」
「ちょっと考えられないわね。」
「……そうか。」
ジャルカタは「壁内の子供、なあ。」と小さく首をひねって、言葉を続けた。
「あんまりでかい声じゃあ言えねえが、壁内に住んでる子供を攫うっつうのはな、攫う側にとってはリスクが大きい……わかりやすく言うとな、まあ、危険なんだよ。スラムの子供を攫うのとはわけが違って、国の兵士が動くからな。
例え孤児院の子供であろうが、よっぽどのことがない限り王都民には手は出さないはずなんだ。それが攫われたっつうと、何か理由があるんじゃねえのか?何か、思い当たるフシはねえか?」
「……彼女は、魔素クリスタルを生成することができるわ。」
「見習い生成師か。そりゃあ人攫いにゃ確かに魅力的かもしれんが――国立の孤児院で見習い生成師っつうと、城詰めの監視対象じゃあないのか?」
「監視?」
物騒な言葉が聞こえたので思わず聞き返すと、ジャルカタは「あーあー。」と顔をしかめてうめいた後、「ああ、いやあな、まあ、ここらへんはちょっと嬢ちゃんには難しい話になってくるからまた今度な。」とはぐらかした。
「んで、その見習い生成師は魔素クリスタルを国に売ってたんじゃねえのか?」
「ええ。売っていたわ。」
「そうだろう。見習い生成師を攫えば、すぐに城詰めの魔術師やなんかにバレるだろ?すると、国をあげて熱心に育成してる生成師の卵で、しかも王都民が攫われたとあっちゃあ、騎士団も動かざるをえないわけだ。
そうなると、人攫い……つーか、奴隷商人だな、そいつらの方の分がどう考えても悪いんだよ。幹部が一人でも捕まれば、魔術師に洗いざらい吐かされて、芋づる式に他も捕まるしな。
だから勝てねえ喧嘩は売らねえんだよ。商品はクソでも、一応はあいつらも商人だからな。忌々しいが、そこらへんはちゃあんと考えてやがんのさ。」
――人攫いも商人、か。
盗賊などと一緒くたにして考えていたが、どうやらそうでもないようだ。どちらかといえば、組織だって動いている、ということだろうか。
「でも、その奴隷商人が、たまたま見かけた子を攫うっていうことはないの?」
そう、“生成師の子供”として攫うのではなく、“スラムをふらふらしていた子供”を攫う、ということもあるのではないだろうか。
しかし、ジャルカタは苦々しい顔で「ねえな。奴隷商人はな、攫う相手を予め調べて、ちゃあんと選んでやがんだよ。」と言った。
「町や村ならともかくこの王都じゃあな、無差別に攫うなんてできねえんだ。うっかり壁内の子供を攫えば、さっきも言ったが、目も当てられねえからな。
まあ、本当に突発的に攫われたとしたら――人攫いっつーより、傭兵に付いてったとかじゃねえか?
たまに居るからなあ、顔の良い傭兵に拐かされてついてく娘が。
……傭兵が、行きずりの娘を連れて行く目的なんて、一つしかねえのにな。」
一瞬、最悪な想像をしてしまい、私は顔をしかめた。それを見たジャルカタが、慌てて訂正するように私の肩に手をポン、と置く。
「まあ、スラムの子供を攫う人攫いや、スラムの娘を連れ出す傭兵はポツポツでるが、王都民でそういった突発的な拐かしが成功したっつー話はここ数年聞いてないから大丈夫だろ。」
「そうなの?……えっ、でも、さっきたまに居るって言ってたわよね?それに、孤児院でも、第三壁内でも人攫いが出るって言われたわ。」
「そりゃ、居るには居るさ。だが、ほぼ全てが未遂に終わってんだよ。……王都民の拐かしは、重罪なんだ。」
「重、罪……?」
意味ありげに間をおいた後続いた言葉に、私はぽかんと口を開けてしまった。
「この国では、火付けと殺人、強姦、あと通貨偽造と魔素クリスタルの等級詐欺だな。この5つにはかなり厳しい処罰が下される。そりゃもう、犯罪を犯した奴の家族ごと路頭に迷う、どころじゃねぇやつがな。だから、この5つは、王都内で起きることはまずない。まあ、殺人や強姦に関しては、被害者は王都民に限る、がな。
まあ……、最悪その子が王都から持ちだされていたとしても、この国の騎士団はどれも優秀だからな、確実に攫ったやつを見つけてくれるし、相応の罰がきっちり下されるだろ。」
罪が重くても、バレなければどうということはなさそうだなあ、と私は思った。
というか、そんなことで犯罪が減るものだろうか?罰が重いから、というだけで犯罪を抑制しているなんて、にわかには信じられない話ではある。
それに、どんなにこの国の兵士が優秀だからといっても、必ず犯罪者を捕まえることができる、なんて、正直あり得ない話だ。
たしかに、第二壁や第三壁の南門にある巨大な魔法陣はすごいし、王都巨壁もすばらしいが……それでも、ほぼ犯罪が起きず犯人は必ず捕まるなんて、何かがおかしい気がする。冤罪も多いんじゃないだろうか。
「しかし、怪しい場所か……おい、リネッタ、聞いてるか?」
「……あ、ああ、ごめんなさい。」
ジャルカタは変な所でひっかかっている私を現実に引き戻し「壁内で人攫いがでるっつーのは、これもでかい声じゃあ言えねえんだが――まあ、ほら、あんましスラムに近づくなってこったろ。それに、人攫い“は”でねえってだけで、それ以外はちょこちょこ出るからな。」と付け加えた。
これには私も、なるほどと納得する。
その後ジャルカタはおおざっぱにスラムの怪しい……というより、“そういうコトに使われることがあることもある”区画を何箇所か教えてくれた。
話を聞くに、どうやら見慣れない傭兵がうろついている所や人払いがされている場所など、良くない噂をたまに聞くような場所だそうだ。
そうしてジャルカタは最後に、「絶対に一人で行くなよ。」と念を押すように私を見た。
「もちろん、一人では行かないわ。ありがとう。」
私はそう言ってお辞儀をすると「じゃあ、行ってきます。」といって、心配そうにこちらを見ているジャルカタを振り返ること無く、マントの魔法陣をこっそり発動させて店から出た。
犯罪云々や、ジャルカタが奴隷商人について詳しかった事は、まあ、後々考えることにして。
「さーて、頑張りますか~。」
ジャルカタの店を後にした私は、第三壁の北門から続くスラムのメイン通りを進み、チラホラと路地が見えてきたところで、特に暗い路地に滑るようにして入った。
さっきジャルカタが言っていた。奴隷商人は、壁内の子供は攫わない、と。
それを信じるなら、私は攫われる事はないはずだ。たぶん。あれ?でも私、まだ孤児院には正式登録されてない、ような?まあいいか。
そうして人気のない路地の奥まで行き、念入りに周囲に誰もいないことを確認して、私は集中するために目を閉じた。
「――召喚。」
やや長めの沈黙のあとの、短い詠唱。
その力ある言葉に呼応して、私の練りに練った魔素が広がり、次第にソレらを形作り始めた。
私の手のひらサイズの頭胴長。尻尾は細くまっすぐで、頭胴長の2倍はある。短毛で褐色の毛並みだが、腹部はすこし白っぽくなっているのが個人的にチャームポイントだと思っている。
これは、走り鼠と呼ばれる魔物の写し身で、数ある召喚獣の中のひとつだ。こういうところでの人探しには鼠が一番適しているはずだ。
鼠系の召喚獣は召喚獣同士の視覚共有に特化している上にすばしっこいため、主に洞窟や遺跡など、崩落や魔獣がいる危険な場所の斥候代わりに使われていることが多い。
しかも、どんなに群れが大きくなっても同族の中で意識共有ができるので、入り組んだ場所での捜し物にはかなり役に立つのだ。
その走り鼠が、狭い路地にうじゃうじゃと合計30匹。鼠の知能はそこそこあり、指示をしておけば自分たちの判断で探しものをしてくれる。
私は鼠のうち少し大きめの5匹をリーダーとし、6つのグループにわけて指示を出した。これで鼠たちはリーダーを中心として連携を取り、“私が知っている”ロマリアの姿を探しながら指定した範囲を好きなように探索するようになる。
私はこれから孤児院に帰り、誰もいない地下室でゆっくりと鼠達と交信するだけだ。




