20-1 お得意様?
ギルフォードとの約束の日、私は早めに第二壁の南西門に到着していた。
南西門の幅は第三壁の南門と同じくらいあり、絶え間なく馬車が出入りしている。
第三壁の南門では、王都に入る馬車にしかなかった魔法陣での審査が、第二壁では出る馬車にもあるようだ。しかもちょうどなにやら揉めはじめたようなので、私はそっと近づいて内緒話の魔法で聞き耳をたててみた。
「何も隠していません!」
「魔法陣が反応した馬車を通すわけにはいかない。」
「何が問題なんですか!?」
「それはこれから調べる。何も隠すなよ、隠せばまたここで引っかかるだけだからな。」
「そ、そんな……。」
見れば問題の荷馬車は、魔法陣から垂直に伸びた障壁に囲まれている。この魔方陣は、何かを検知したら知らせる役目の他に、その場から逃げられないようにもできるようだ。なかなか有能である。
問題の見つかった馬車は、これから荷物を全て調べられるらしい。肩を落とした商人が馬車と一緒に第二壁内へと戻っていった。
そこで、ふと私の頭に疑問符が浮かんだ。
遠くから見ても、あの魔法陣は大きい。南門の魔法陣もそうだが、これを発動するのには5級の魔素クリスタルでは到底無理だろう。
今までの魔法陣の仕様から考えても、きっとあれも魔素を無駄遣いしているに違いない。4級でも発動するかどうか怪しいのではないだろうか。それなのに、荷馬車が通るたびに魔法陣を発動させていたら、あっという間に国庫は空になってしまいそうだ。そこらへんはどうなっているのだろう?
私がそんなことを考えていると、答えはすぐ後ろから聞こえてきた。
「あーあ、大変ね。」
「罰金、金貨20枚でしょ?あれ。」
「そそ。ま、第二壁に入れるんなら余裕で払えるでしょ。私たちには大金だけどサ。」
「払えなくて荷物持ってかれる商人もいるらしいよ?」
「魔素クリスタルでも払えるって聞いたけど。それじゃない?」
「あー、じゃあ持ってかれたの魔素クリスタルだったのかなあ。」
「そもそも、罰金の金貨も魔素クリスタル代っていう話だよ?」
「そうなの?」
つまり、罰金という名目で魔素クリスタル代をまかなっている、ということか。
私は興味津々で耳を澄ませながら、門の下の魔法陣を眺めていた。荷馬車はすでにそこには無いが、門番のような兵士が後続の馬車を止めている。魔法陣を再始動させるために、魔術師でも呼びに行っているのだろうか。
門の下の魔法陣は、少し前にキースが教えてくれたビリッとする魔法陣のような待機型なのかもしれない。どんなに大きな魔法陣であっても、待機させておけるのなら問題はない。
待機型なら、魔素クリスタルをたくさん消費することもなく、魔術師を待機させる必要もない。なおかつ魔法陣が発動したら魔素クリスタル代は罰金として徴収する。賢いやり方だ。
とはいえ、金貨20枚もする魔素クリスタルというのは、何級なのだろうか?ちょっと気になるところだ。
私は内緒話の魔法を解除して、魔法陣をより近くで見てみようと第二壁に近づいた。
近づき過ぎると目立つので、近すぎず遠すぎない位置で石造りの床に彫り込んである魔法陣を眺める。魔法陣は入る馬車用と出る馬車用があり、それぞれ多少の違いがあるようだった。
ふむふむ、と唸りながら魔法陣を眺めていると、突然、ポフンと頭に手が乗せられた。
「どうした?魔法陣が気になるか?」
「あ、こんにちは。」
頭に手を載せられたまま見上げると、いつもの格好のギルフォードがこちらを見下ろしていた。
魔法陣見学はここまでにしなければならないようだ。
「よお。準備はできてるか?」
「できています。」
「ん?ここじゃちっと目立つな。」
周りを見回してそう言うギルフォードに連れられ、私は南西門から離れた第二壁沿いの路地に入った。
そこで私はフードを下ろし、手に持っていた干し花の入ったかごをマントから出した。
「とりあえず、20束できました。」
「そうか。じゃ、全部くれ。」
そう言うと、ギルフォードは懐に手を突っ込んで、小さな革袋を取り出した。ジャリ、と重そうな音が聞こえたので、たぶん財布なのだろう。手が大きいので革袋が小さく見えるが、ギチギチに詰まったそれは、先日私が買った財布よりもはるかに大きい。
「一応確認しますが、すべて1日しかもちませんよ。」
「分かってる。」
干し花のかごをそのまま渡しながら、私は内心で首を傾げる。頼まれた買い物だと言っていたが、同僚だろうか。それとも、騎士に買い物を頼むというのだから、やはりお偉いさんなのだろうか。
1日しかもたないのだから、もしかしたら配るのかもしれない。ぱっと見ありえなさそうだが、異性に配って好感度を稼ごうとでも思っているのだろうか。
「ひとつ銅貨3枚ですので、合計銀貨6枚になります。」
「おう。」
重そうな財布からギルフォードの手にザラザラっと出された銀貨から、銀貨6枚をつまんでとり、私は買ったばかりの鞄を探って財布を取り出した。銀貨を財布に入れ、「ありがとうございました。」と言って顔をあげると、クンクンと干し花を匂いを嗅いだギルフォードが、眉をひそめていた。
「クラクラするな?」
ギルフォードは、首を傾げては匂いを嗅ぎ、また首を傾げている。先日渡したものは嗅がなかったのだろうか。
「ずっと嗅いでいると眠くなりますのでご注意ください。」
「そうなのか。なんつーか、――うん、まあ、いいか。で、かごはどうすればいいんだ?」
「お渡しできる袋のような物を持っていないので、それごと差し上げます。」
「おう。そうか。また注文したいときはどうすりゃいいんだ?」
「東門の――……あー、えっと。」
「ん?」
私は言葉に詰まる。
干し花は森で摘んだ草花で作ってあるが、森に出入りしていることはマニエには秘密にしている。たぶん、いや、間違いなく、森に入っていることがバレたら怒られるだろう。ギルフォードが訪ねてきて、そういうことをうっかり喋らないように、釘を差しておかなくてはならない。
「マニエさんの孤児院にお世話になっているのですが、マニエさんや他の子達には、私が干し花の材料を森に取りに行っていることを内緒にしているんです。それを秘密にしてくださるのなら、いつでも孤児院でご注文を受けますよ。」
「おう、そうか。マニエさんのとこのガキだったのか。そういや最近顔出してなかったな。」
「お知り合いですか?」
「お知り合い……っつうかなんつうかな、ま、そんなもんだな。」
私の言葉に、ギルフォードはぽりぽりと頭をかきながらそう言うと「そういや仕事抜けだしてきたんだよな。」と肩をすくめた。この男は、騎士の仕事をほっぽって干し花を買いに来たのか。大丈夫なのか、騎士団。
「んじゃ、またな。たぶん、また頼むだろうからな、これからも頼むぜ。」
「はい、よろしくお願いします。注文の時にかごを持ってきていただけるとありがたいです。」
「おう。」
そう応えて軽く手を上げると、ギルフォードは顔パスで南西門をくぐって第二壁の中へと帰って行った。
私はそれを見送りながら、パン屋でも寄って帰るかと考えていた。
 




