19-1 マニエとテスター
「おはようございます、マニエさん。」
「ようこそおいで下さいました、テスター様。ロマリアを呼んできましょうか。」
頭を下げて挨拶する青年に、マニエはにこやかに言葉を返した。
ここは孤児院の応接室だ。もともとこの家の応接室として設えてあった部屋だったので、そのまま使っている。まあ、そのままとはいっても、もう価値のある置物などは全て処分してしまったので、部屋にあるのは使わなくなった暖炉と安物の低いテーブル、そして、それを囲むように置かれた硬いソファだけである。
テーブルの上には、マニエが庭で摘んできた花が申し訳程度に飾られていた。育てているのは、孤児院の少女たちである。
マニエの言葉に、テスターは少し申し訳無さそうに「あー、いや。」と言葉を濁す。
「今日は違う件で来たんですよ。マニエさんに少し、聞きたいことがありまして。」
「あら。聞きたいこと?」
マニエは僅かに首を傾げて、テスターの言葉を待った。テスターは、小さく頷いてから「まあ、大したことではないのですが。」と前置きをして続ける。
「30日ほど前なんですが、この辺りで何か変わったことはありませんでしたか?」
発せられたのは、テスターらしからぬ、なんとも漠然とした質問だった。
「変わったこと?ええと、何かあったかしら?」
30日も前の事を思い出すというのは、60を過ぎているマニエにはなかなか大変な作業である。
とはいえ、30日前も今日もやることは大体同じだ。年長組間近の子らが年少組に仕事を教えるのを手伝ったり、掃除をしたり、帳簿をつけたり。たまにやってくる来訪者を迎えたり。
まあ、ここ最近はリネッタのおかげで色々と楽しませてもらっているので、思い出す作業は苦ではないような気もする。
そのリネッタは、言葉を喋れるようになったかと思っていたら、最近は驚くほどのスピードで文字を学習している。彼女曰く「魔法陣の文字に似ているから」だそうなのだが、それにしても異常ではないかと思う。
まあ、子供というものは、興味のあるものについては時折大人では考えられないほどの集中力を発揮したりするものなので、そういうものなのかもしれない、とも思っている。
そうしてリネッタのことを思い出していくと、そういえばリネッタがこの孤児院に現れたのがそれくらいだったか、と、マニエはたどり着いた。
「ちょうどその時期に、この孤児院に獣人の少女が迷い込んできたわ。」
「獣人の少女、ですか。」
「ええ、とっても可愛らしい、元気な子よ。この孤児院に登録する手続きをしているのだけれど……そういえば、申請してからもうだいぶ経つのに、お城から音沙汰がないの。」
「おや、そうでしたか、それでは私からも言っておきましょう。なんという名前の少女ですか?」
「リネッタというのよ。ちょっと変わった子だけれど、とってもいい子なの。うーん、それ以外は、私の周りでは、変わったことはなかったと思うわ。」
マニエは特にリネッタの事を掘り下げはしなかった。混色だとか、密室に現れただとか、物覚えが早いだとか、魔法陣に執着しているだとかを言う必要はないだろうという、マニエの判断だった。
テスターもテスターで、人であれば気にしていたかもしれないが、現れたというその少女が獣人だと聞いて、今回の件には関係ないと判断した。
獣人が魔素に適応することはない。よって、巨大な魔法陣である王都巨壁が消失した事件に関わりがあるはずはない。
「すみません、聞きたいのはそれだけですので、今日はこれで失礼します。」
「あら、そうなの?もう少しゆっくりしていってもいいのよ?ロマリアだって、毎回、貴方にお会いするのを楽しみにしているのに。」
「いえ、ロマリアには、マニエさんから、よろしくとだけお伝え下さい。他にも行かなくてはならないところがありますので。」
そう言って、テスターはすまなそうに頭を下げた。
孤児院の施設長であるマニエと、城詰めの魔術師であり貴族でもあるテスター。どちらが格上かは明らかなのだが、小さな頃からお世話になっているマニエにテスターは頭が上がらない。
「そうなの、残念ね。それじゃあ、また来てくださいね。ロマリアと一緒に、待っていますから。」
「はい、もちろんです。」
ロマリアは僕に会いたくないんじゃないかなあ?とテスターは考えながらも表情には出さず、にこやかにそう返した。
「それでは、失礼します。」
そういって、テスターは孤児院を後にした。
マニエは息子か孫を見るような顔で、それを見送っていた。
忙しくてなかなか確認出来ない中、
気づけば……ブックマークが2桁になっている!!!
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