18-1 干し花で一悶着 2
干し花があっという間に完売してしまったので、ほぼ丸一日が空いた時間になってしまった。
気を取り直して王都見物でもしようと思った私は、とりあえず先にパン屋に寄った。
路地から裏口を戸を叩くと見慣れた店員が顔を出したので、すでに代金を先払いしている看板娘と三人娘のぶんの干し花を預ける。その後は他愛無い世間話もそこそこにパンを買って、私はすぐに路地から出た。
それから、大通りの隅っこでパンをかじりながらどこに行こうかと思案したのだが、ここからなら第二壁の南西門なら近いかもしれない、と思いついた。第三壁の南門の下には大きな魔法陣が彫られていた。もしかしたら、第二壁の門の下にも彫られているかもしれない。もしそうなら、ぜひ見ておきたい。
第三壁内をぐるっと一周する石畳の大通りは、第二壁と第三壁のそれぞれの門に繋がるように丁字路になっている。第三壁の南門から第二壁内に向かう馬車がたくさん通るためか、第二壁の南西門への大通りは特に幅が広くとってあり、馬車が4台ほど通ってもまだ人が安全に歩く余裕があった。
この真っ直ぐの通りの入り口には“南西門通り”という看板が掲げられ、道の先には遠くに第二壁の南西門が見えた。道の両脇には商店が並んでいて、そのどれもが賑わっているように見える。道の中央には南門を抜けて来たであろう馬車が連なっているが、第三壁の南門ほどの渋滞ではないので、もしかしたら第三壁の南門を通過する時点で、混雑しないように第二壁の南西門と南東門の両方にうまく分かれるよう仕分けられているのかもしれない。
この通りには、大きな店構えの商店が多い気がした。第三壁内の中の一等地なのかもしれない。看板を読むと、武器屋、防具屋、宝石屋……など、高価そうなものが置いてある店が多い。文字を勉強し始めてからは、どんな店なのかは看板に書いてある文字ですぐに分かるようになったので、店の中を覗かなくてもよくなったのが地味にありがたい。
しかし、その立ち並ぶ看板の中に、魔道具屋なるものを見つけて思わず立ち止まってしまった。そっと中を覗き込むと、むすっとした顔の人の男とうっかり目が合ってしまった。人の男にしっしっと手を振られてしまい、私は慌てて店の前から離れた。ぐぬぬ、どこから来たのかも分からないこの耳と尻尾が憎い。
気を取り直して、歩きながらずらっと並ぶ看板を眺めていたのだが、私はふと、武器屋や防具屋の看板に魔法陣が描かれているものが多い事に気がついた。
これはもしや、魔法陣を使った装備とかが置いてあるということだろうか。すごく気になる!
店の前を通り過ぎるたびそんな事を考えながら、大通りの端っこを目立たないように歩いていた私に、路地の方から声をかけてくる影があった。
「おい。」
見ると、路地の奥には中肉中背の男が立っていた。
「おい、干し花売り。」
そう声をかけてきたのは、身なりは良いが、どこか狡い感じの雰囲気の人だった。
男が干し花を買うのは珍しいなあと思いながら、「はい。」と応えて路地に近寄ると、男は「もっとこっちに来い。」と言って手招きしてきた。怪しい、が、まあ、武器は持っていないようだし、大丈夫だろう。一応、防御壁の魔法くらいは用意しておいたほうがいいかもしれないが。
私が男に近づくと、男は鼻を鳴らして偉そうにニヤリと口角をあげて口を開いた。
「喜べ、私が干し花の製法を買ってやる。」
「……はい?」
いきなりの申し出に一瞬理解が追いつかず、私は首を傾げた。
「お前が売っている干し花の製法を買い取ってやろうと言っているんだ。しかも、お前が見たこともないような大金でだ。」
「え、ええと……」
「金貨15枚だ。銀貨じゃあないぞ、金貨だ。どうだ、いい話だろう。さあ、すぐに干し花の製法を教えろ。」
どこかしらギラギラした目でこちらを見る、怪しい男。
干し花の作り方を教えるだけで金貨15枚は悪くない。悪くはないのだが、残念ながらあれは私しか作れないのでお引き取り願うしかない。
「製法、といっても……お教えするような特別な事はしていません。」
「そんなわけがないだろう。嘘をつくとためにならんぞ。材料が分かればいいんだ。金貨15枚が惜しくはないのか?」
「材料は、森の花や草です。」
「乾燥させた花に後から何かを染み込ませているだろう。その材料も森で採取してきているのか?」
「いえ、そんなものは使っていません。ただ、草花を干しただけです。」
「嘘をつくんじゃない!」
男は急に顔を真っ赤にして声を荒げた。
「干し花がどの植物で作られているかはもう調べが付いている。お前の作っているあの干し花と同じ材料を森に採りに行かせたが、干しても同じような効果は得られない。それをどう説明するというんだ!」
まさか、もう調べているとは。いきなり出てきたこの男は一体何者なのだろうか。なぜ干し花の製法なんて知りたがるのだろう。個人で楽しむにしては、金貨15枚は高すぎる気がする。それとも、それだけの大金をホイホイ出せるようなお金持ちなのだろうか。……そうは全く見えないが。
どう説明すればいいのかも悩みどころだ。あの干し花は、魔法によって安息の効果をもたらしているのだ。しかし、それをそのまま伝えるわけにもいかないし、伝えたとしても信じてはもらえないだろう。
私が黙って考え込んでいると、男は痺れをきらしたのか「なんとか言え!」とさらに言葉を荒げた。しょうがない、押し通すことにしよう。もし何かされそうになったら、睡眠の魔法でも気絶の魔法でも使って逃げればいいのだ。
「申し訳ありませんが、金貨15枚で買い取ってくださるというのは大変ありがたいのですが、干し花の作り方は、本当に森の草花を干すだけなんです。」
「まだ言うか、獣人め!人であるこの私がわざわざ買い取ってやると言っているのに、何が不満なんだ!金が足りないというのか?業突く張りめ!秘密を教えないというなら、こちらにも――?……あ?」
私を見下ろして声を荒げていた男の顔に影がかかり、「ああん?」と男が睨むように視線を私の後ろに向けたかと思った瞬間、男は目を大きく開けびくっと震えて言葉をつまらせた。
「んー?製法がなんだって?」
後ろから聞こえる、どこかで聞いたことのあるような低い声。
固まっている男に気を払いつつ振り返って見上げると、そこに居たのは以前私が干し花を押し付けて逃げた、あの偉そうな獣人の大男だった。
路地に吹き込む風が偉そうな獣人のマントを僅かに揺らしている。路地が狭いうえに大柄な体格でしかも逆光なので、偉そうな獣人の圧迫感がすごい。
「あ、い、いや、これはこれは、ギルフォード様。こんなところでお会いするとは……その、なんというか……。」
見るからに男があたふたしている。さっきの勢いはもう見る影もない。
「名前は覚えていないが、俺を見て逃げないということは、今は犯罪者ではないようだな。」
「はい、も、もちろんこの先も、……その、はい。」
「――で。なんの話をしていたんだ?こんな路地で、こんな小さな娘に声を荒げて。」
「ぐ……。」
偉そうな獣人の言葉に男は一瞬怯んだが、すぐに言葉を続ける。
「このビ……少女が困っていたので、助けようとしていたのでございます。この少女の作る、とある商品は逸品ではございますが、一人で作っているために数が少なく、需要に見合っておりませんので……製法を“金貨15枚”で買い取りたいと提案していたのでございます。そうすれば、この少女ももう危険な森に材料を採りに行く必要はありませんし、それだけあれば、当分は食べ物に困ることもないでしょう。」
男は、途中からかなり流暢に喋り始め、特に金貨15枚という言葉を少し強調して言った。しかし、ギルフォード様と呼ばれた偉そうな獣人は、フンと鼻をならして男を見下ろしている。
「それで一儲けしようと思っていたのか?お前はたしか、商人だったな?最近、貴族の屋敷に出入りするようになっただろう。そのやり手が、こんな子供の作るモノの製法に金貨15枚とはまたえらく積んだもんだな。それほどあの干し花が売れると考えたのか。」
「く……。」
男が伏せた干し花という言葉をサラリと出すギルフォード。
その言葉で、ようやく私はこの男が何をしたかったのかを理解した。つまり、干し花を大量生産して儲けてやろうという魂胆だったのだ。
干し花は30束がすぐに売り切れて、空になったかごにさらに客が集まるのだから確かに人気は高いように見えるかもしれない。30束でも銀貨9枚なのだから、毎日のように売ればあっという間に金貨15枚だ。
まあ、実際はそんなにうまくは売れないとは思うが、この商人には魅力的に見えたのだろう。それで、干し花の材料を調べて試しに作ってはみたもののうまくいかず、私に直接聞こうとした、と。




