17-1 幕間 リネッタの実験 2
……やっぱりかー。
ロマリアからたくさんもらった6級の魔素クリスタルの最後の一つが割られるのを見ながら、私は心の中だけでひとりごちた。
孤児院の食堂に居た年少の孤児達に6級の魔素クリスタルを割らせてみると、魔素を吸収してしまう子供が多く居た。というか、人と獣人合わせて10人以上に割らせてみて、魔素を吸収しなかったのは1人だけだった。つまり吸収しなかったその1人には、魔術師の才能がある、ということになるのだろうか。
それ以外の子供は、魔素クリスタルから放出した魔素を吸収してしまうために明かりの魔法陣が発動せず、仕事選びの時に魔素に適応がないと言われてしまうに違いない。
私は再び孤児院の庭へと戻り、最近自分の指定席になりつつある枯れた噴水の縁に座って、うーん、と唸る。
人の子供は魔素を吸収しても、特に何も起こらなかった。
逆に獣人の子供は、魔素クリスタルから魔素を吸収すると、すぐに僅かながら体から魔素の放出が始まった。吸収した量が量だったので、あっというまに放出は終わってしまったが。
それを踏まえて、獣人は種族的に魔素を吸収しやすく放出しやすい体質で、そのために魔術師にはなれない、ということが分かった。そして、人でも体質的に魔素を吸収しやすいタイプが多いことも分かった。
まあ、6級に内包されている魔素量が少ないこともあるし、人も、もしかしたら多量の魔素クリスタルを割って魔素を吸収させれば魔素の放出が起こるかもしれないが、持っていた3級の魔素クリスタルはヨルモに割らせてしまったので、今はわからない。
そういえば以前、ロマリアが「生成が得意な人は、魔法陣の発動が苦手になりやすいらしい。」と言っていたが、今日の実験結果から考えてみると、生成師は魔素を放出しやすい体質をもつ人だということなのだろうか。
「んー?」
私は頭をひねる。
生成師は、珍しいらしい。
ということは、魔素を放出する体質の人は少ないということだろうか。……いや、放出をすることにはするが、ロマリアのように体の一部分(ここでは手のひら)でだけ放出させるというのが難しいのだろうか?
「生成師になる、には、魔素を放出しやすい?体質、で。なおかつ、放出場所を限定……させることができないと、ダメ、とか……?」
そう考えれば、まあ、魔術師とくらべて圧倒的に数が少ないのも頷ける、……か?
いや、魔術師の中には魔素クリスタルなしに魔法陣を発動させる人もいると聞いたことがある。そういう魔術師は、放出するのが得意なはずだ。ということは、魔素クリスタルの生成も得意なのだろうか?
ああ、謎が謎を呼ぶ。今すぐこの国の魔術師や獣人を集めて実験したい。魔素クリスタルなら私が用意するから!!!
獣人も獣人である。なぜわざわざ魔素を吸収したのに、すぐにああやって放出してしまうのだろうか。
体質というのは、その種族が生きる土地や生活に適応するために変化していくものだ。寒い地域に住む獣は、寒さを防ぐ為の毛がみっしりと生えて脂肪も蓄えやすくなっているし、砂漠に住む獣は体に水を蓄える機能を持ち、あまり水を飲まなくてもよくなっている(らしい)。
獣人のあの魔素の無駄遣いともいえそうなアレは、一体何のためなのだろうか?
魔素を吸収しやすいのはわかる。人だってそっちのほうが圧倒的に多いのだ。しかし、魔素をあんな勢いで放出してしまったら、獣人の体内の魔素はあっという間に枯渇してしまうのではないだろうか?
「体内の、魔素……量……?」
ふと、体内魔素許容量に違いがあるのではないかと思いついた。
体内に溜め込める魔素の許容量と書いて魔素プール、略してMPと呼ぶ魔法使いもいる。
この世界では、人も獣人も、体内魔素許容量が小さいのではないだろうか。
そういえばロマリアは、魔素クリスタルを生成した時、周囲の魔素をゆっくりと取り込みながら手のひらから自らの魔素を放出していたが、考えてみれば普段の生活の中でロマリアが無意識に魔素を吸収しているところを見たことがないし、放出しているところも見たことがない。
魔素クリスタルの生成の時だけ、意識してやっているということだ。本人が「魔素は毒。」と断言していることを考えると、無意識に意識しているのだろうか。なんだかややこしいが、まあ、そういうことにしておこう。
つまりロマリアは、吸収したぶんと同じ量の魔素を放出することで、体内魔素許容量を一定に保っている、のかもしれない。それならば体内魔素許容量は小さくても問題はない。
私の元居た世界で魔法使いになるための最低限の体内魔素許容量を100とすると、魔法を使えない一般の平原の民の体内魔素許容量は10前後となる。(ちなみに森の民の魔法使いは200、つまり倍である。)
私の元居た世界の場合、魔法は完全に体内魔素許容量に依存しているので、魔法使いと一般人との間にはどうしても超えられない壁があった。
しかし、この世界ではどうか。
大気には魔素が満ち満ちているし、魔法陣は魔素クリスタルと大気の魔素を消費して発動する。
魔素クリスタルを生成するときも、もちろん自身の体内魔素許容量から一度にたくさん出せれば高級なものが作りやすくなるだろうが、ロマリアのように吸収しながら放出すれば、時間は掛かるだろうし疲れるだろうが一応は問題ない。
つまり、この世界の人々は、体内に魔素を貯める必要がないのだ。
では、獣人は?
あれだけ大量の魔素を吸収したのに、ヨルモはとくに体の変化を感じていないようだった。しかし、実際の所、変化があっても気づいていないだけかもしれない。もしかしたらその放出している魔素には使いみちがあるのに、気づいていないだけとか?
獣人全てがああいうふうになっているということは、必ず何か理由があるはずだ。しかし、なぜ、誰も気づかないのだろうか。
例えば、さっきのヨルモのように大量に魔素を放出していたら、明かりの魔法陣のそばを歩けばたぶん明かりの魔法陣は発動するだろう。
――と、そこまで考えて、私は今さらながら気づいた。魔素を大量に放出するには、魔素を大量に吸収しなくてはならない、と。
ヨルモがあれだけの魔素を放出したのは、3級の魔素クリスタルを割ってその魔素をほぼ全て吸収したからだ。獣人から大量の魔素が放出されるなんてことは、もしかしたら今までなかったのかもしれない。
そもそも、獣人は魔法陣が使えない、ということになっているのだし、魔素クリスタルを割ることもまずなかっただろう。
ということは、だ。もし、獣人から放出される魔素に何かしらの使いみちを見いだせれば、もしかしたら獣人の地位は向上するのではないだろうかと、私は突拍子もないことを閃いた。
「いや、うーん。」
すぐに私は首を横に振って「ないわね。」とつぶやいた。
最近、思うのだ。私の知識や能力は、この世界にとって異質すぎる、と。
魔素を捉える目もそうだが、詠唱魔法もこの世界には無いものだ。そんなものをこの世界に持ち込んでもいいのだろうか。
私の元居た世界とこの世界は海を隔ててはいるが、大きな目でみれば同じ世界にあるといってもいい。しかし、そこに暮らしている人々は、似てはいるが確実に違うし、歩んできた歴史も違う。
私の世界には獣人なんていなかったし、たぶんこの世界には森の民や岩の民はいない。
私の知識は、今まで積み重ねられたこの世界の知識を根底から覆してしまうだろう。それを、この世界の魔法研究者たちはどう思うだろうか。
もし、私が逆の立場だったら、……ひどく打ちのめされるだろう。私や先達たちの、今までの努力は一体何だったのかと。チラっと自らの被った苦い思い出が脳裏をかすめ、私は小さく苦笑いをこぼした。
まあ、そういうショックは、得てして研究者を減らすものなのだ。しかもショックを与えた側の私は獣人で、しかも魔素が見えるという。モチベーションが0を振り切ってマイナスになる。正直、同じ研究者としてそういう事はしたくないと思うし、そもそも私がこの世界を変えたいとは思わない。
間違いに気づくのが何百年先になろうが、こういうものはその世界に住む人々で見つけなければならないものだ。だから、私は私がやりたい研究を続けたいが、元の世界ならまだしも、この世界でその知識を公表する気にはなれない。
私はそこではじめて、自分のこれから方針を定めた。
1、魔法陣の研究は、好きなだけ、やりたいだけ、満足するまでやるが、公表するつもりはない。
2、詠唱魔法は、バレないように使う。できるだけ詠唱しなくてもいいものだけを使う。
3、魔素が視えることがバレたら、とりあえず逃げる。
そして、これが一番大事なのだが
4、魔法陣を使ってもおかしくないように、耳や尾をどうにかして隠す。もしくは使っても違和感のないような言い訳を考える。
そう、耳と尾さえなければ、見た目は人なのだ。人ならば、魔法陣を見ていても怪しまれることはないはずである。
もしくは、獣人が使っても言い逃れできる言い訳があれば……いや、無理か。
ああ、図書館で本を読み漁ったあとはきままに旅をしたいなあ。と、私は思った。
お金は(さすがに3級の魔素クリスタルを売るのは危なそうなので)ほそぼそと5級の魔素クリスタルを売り歩けばいいだろう。まあ、見た目が獣人なのだから、引き止められることもないはずだ。疑われて追われたら、最悪、詠唱魔法を使って逃げるという手もある。
「旅か―。」
そういえば、前の世界では“長距離移動”はしても旅なんてしたことがなかった。
私は膨らむ夢に、フフ、とつい声を漏らして笑ってしまった。
大好きな研究をしながら、のんびり旅ができるなんて最高である。
以前は、部屋にこもって研究するのが大好きだったのに、この心境の変化は一体何なのだろうか。
まあ、とりあえず目先の目標は王都の図書館で本を読むことなので、ソレに向かって頑張ることにしよう。
私は決意新たに、1人でうんうんと頷いたのだった。




