17-1 幕間 リネッタの実験 1
ある曇りの日の昼前、私は、昼から仕事だというヨルモと孤児院の庭に出てきていた。
かねてより疑問だった、魔素クリスタルを割っても魔法陣が発動しない問題についてを調べるためである。
この世界では、魔素に適応していない者は魔素クリスタルを割っても魔法陣は発動しない、らしい。しかし実際は、魔素に適応とかそういう問題ではないことは明らかなのだ。それを踏まえ、今日は獣人のヨルモに魔素クリスタルを割らせてみようと思っていた。
呼んだ目的を聞いていないヨルモは、腕を組んだまま噴水のへりに座っていてこちらを伺っている。
「で、なんだよ、用事って。これから仕事なんだからぱぱっと終わらせろよ?」
「これ、割ってみてもらえないかしら?」
私は、ヨルモに6級の魔素クリスタルを差し出す。
「……小石、じゃねーな?魔素クリスタルか。俺が割ってもどーにもなんねーだろ。」
「いいじゃない。ロマリアがたくさん余らせていたから、少しもらったのよ。売れないみたいだし。はい、割ってみて。」
ヨルモは訝しげにこちらを見ながら、手を握りしめるようにして魔素クリスタルを割った。
パキ、という音と共に、魔素がヨルモの手から漏れ――なかった。
「……は?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
魔素クリスタルを割ったのに、魔素が出ないとはどういうことだろうか。6級とはいえ、魔素はきちんと内包されているので、割れば多少なりとも魔素は放出されるはずなのだが……
「もっかいしてもっかい!」
私は有無をいわさず、今度は6級の魔素クリスタルを3つほどヨルモに握らせる。
「何がしたいんだよ。」
「いいから!」
急かすと、しぶしぶといった体でヨルモが再び魔素クリスタルを割る。
その手をじっと凝視していると、わずかにヨルモの拳から魔素が漏れたのが見えたが……すぐに拳の中に戻ってしまった。
「……どういうこと?」
「それはこっちが聞きたい。」
開いたヨルモの手のひらには何も残ってはいない。魔素クリスタルは割って魔素を放出した瞬間、核になった小石も全て魔素になるのだ。
「何考えてっかしんねーけど、もったいねーことすんじゃねーよ。魔法陣もなしに魔素クリスタルだけ割らせても、なんにもなんねーだろ。」
そういうヨルモに、今度は、私はポケットから出した透明な石を渡した。
「なんだこれ……宝石か?」
見慣れない石に、ヨルモが首を傾げる。
「割ってみて。」
そういうと、ヨルモは「へーへー。」といいながら、難なくそれを割った。
途端に石からは膨大な魔素が放出され――すぐにそれらはほぼ全てヨルモに吸収される。
「はあ?」
私から素っ頓狂な声が出た。吸収?魔素を?……吸収?
私が呆然とヨルモの手のひらを見つめていると、微かに魔素のゆらぎを感じ、私は顔を上げた。
「なんだよ。割れって言ったのはお前だろ。」
ヨルモが半眼でこちらを見ているが、私はそれどころではない。
ヨルモの全身から、魔素が放出されはじめていた。
さっきまでは魔素の揺らぎどころか、何も感じなかったのだ。しかし今、ヨルモからはじわじわと魔素が放出されて、大気へと溶けていっている。
「……体に何か変化はない?」
私がそう聞くと、ヨルモは「んー?」と言いながらぴょんぴょんとその場で跳ね、「なんか体が軽い気がするよーな?いや、気のせいか?」と首を傾げた。
「そう。」
私は「うーん。」と唸りつつ、噴水そばの木のベンチに座った。
ヨルモはまた訝しげな顔でこちらに視線を向けているが、説明しても伝わらないだろう。
顔を上げて「今日はありがとう。すごく助かったわ!」というと、「そーかよかったな。まあ、俺には何が何だかさっぱりだったけどな!お前が生成したわけじゃねーんだから、魔素クリスタルは売れないクズでも無駄遣いはやめろよ。」と言って、そのまま仕事場に歩いて行った。
その背中を見送ることもなく、私は顎に手をやって考えをまとめる作業に入る。
さっきの実験結果から考えると(他の獣人にも試してもらう必要はあるが)どうやら獣人という種族は、魔素を吸収する体質?なのかもしれない。
たぶん、それが魔法陣が魔素を吸収する力より強いために、魔素クリスタルを割っても全て獣人の体へと流れてしまうのだろう。それなら、魔法陣は魔素が足らず発動しないのも頷ける。
問題は、なぜ魔素を吸収するのかだが、さっぱりわからない。しかも吸収した魔素はすぐに大気へと放出しはじめてしまうのも謎だ。体質、としか言いようがないのかもしれないが、いろいろと実験してみるしかないだろう。
まあ、これで獣人がなぜ魔法陣を扱えないかは、なんとなくわかった。もしかしたら、人で魔法陣を扱えない理由も、同じなのではないだろうか。私はそう考え、孤児院へと戻って他の人や獣人の子供たちでも試してみることにした。




