16-1 王都のどこかで 2
第三壁内、北門周辺の路地の奥で、ロマリアは暗い気持ちのまま人を待っていた。
半ばマティーナに流されるようにして魔素クリスタルの横流しを了承してしまったせいで、ロマリアは未だに揺れていたのだ。しかし、了承してしまったものはもうどうしようもない。最終的に決めたのは自分であり、マティーナのせいにしたくはないという思いも、強い。
「売ると決めたのは、私。私。わた、し……。」
自分に言い聞かせるように小さくつぶやき、手に持った布袋を大事に胸元に寄せてぎゅっと抱く。
「やあやあ、この日をずっと楽しみにいていたよ。」
いきなり背後から声がして、ロマリアはびくっと体を縮こませた。
「キーレス、さん。」
「こんにちは、ロマリアちゃん。おお、そんな顔をしないでくれないか?これは、君にとっても、孤児院にとっても、もちろん私たち魔術師協会にとっても良い取り引きなんだ。
マティーナに聞いたよ?仕事時間を増やして頑張っているんだってね。それなら、誰にも迷惑をかけていないじゃあないか。君が気に病むことなど、ひとつもないはずだろう?」
「はい……。」
まくし立てるように話すキーレスに対してロマリアの表情は暗いままだったが、キーレスは全く意に介さず言葉を続ける。
「それでは、15個、用意してくれたのだね?」
「は、はい……。」
キーレスの差し出した手に、ロマリアは持っていた布袋をそっとのせた。
「代金の銀貨2枚と銅貨5枚だよ。」
「えっ?」
ちゃり、と小さな音をたてて手渡された貨幣に、ロマリアはおずおずとキーレスの顔を覗き見る。
「あ、あの……。」
「30個なら銀貨5枚。これは、君の働きに対する正当な報酬だ。もちろん、個数が増えればちゃんと増額するからね。それとも、少ないかい?」
「少ないなんてそんな……ありがとう、ございます……。」
初めて触る銀貨を、ぎゅ、と握りしめ、ロマリアは頷いた。
「期待しているよ、ロマリアちゃん。」
ロマリアの握りしめられた手の上に、キーレスの大きな手がそっと重なった。
「もちろん、無理をする必要は全く無いからね。まだ君は成人もしていない娘だ。魔素を扱うとひどく疲れるだろう?城詰め魔術師の仕事に差し障りがありそうなら、個数を減らしていいからね。」
「はい。」
ロマリアは俯いて、自らの手に乗せられたキーレスの手を複雑な心境で見つめたまま応えた。
銀貨が2枚と銅貨が5枚。30個作れば、銀貨5枚。お金を渡された瞬間、すぐに“銀貨が5枚あれば、服を新しくできるかもしれない”と思ってしまったことへの、自分への後ろめたい気持ちで心がいっぱいになってしまったのだ。
今まで、ずっとテスター様の為にやめておこうと思っていたのに、お金を渡された瞬間こんなふうに思ってしまった自分が嫌で仕方なくなってしまった。
そこにキーレスが言葉を重ねてくる。
「君はまだ子供だろう。そんな深刻そうな顔をするような年じゃあないはずだ。確かに、孤児であることは君に暗い影を落としているかもしれない。でもね、こうやって、人には出来ない仕事が出来る事は、素晴らしいことなんだよ。はっはっは、まあ、すでに城詰め魔術師に言われているかもしれないがね?
こうやって君が魔素クリスタルを売ってくれることで、我々魔術師協会はとても助かるんだ。助けられている我々が笑っていても、君がそんな暗い顔をしているとね。君の事を思って話をしたおじさんも、なんだか悪いことをしている気がするよ。」
笑顔でポリポリと頭をかくキーレスの顔をしげしげと見て、ロマリアは少し心が落ち着いた気がした。魔術師協会の魔術師というだけでなんとなく悪い人のような気がしていたのだが、実は、優しい人なのかもしれない。
「が、頑張りますので、これからもよろしくお願いします。」
ロマリアがぺこりとお辞儀をすると、キーレスは満面の笑みで「こちらこそ。」と応えた。
「我々と取引をしたからといって魔術師協会に所属するというわけではない。しかし、君がこちらに所属したいというのなら、魔術師協会の扉はいつでも開かれているからね。君さえよければ、いつでも大歓迎だよ。」
そう言い残して、キーレスは去っていった。
ロマリアは、その後姿が見えなくなるまで見送り、自らも孤児院に戻った。
☆ ★ ☆
「あーあ、ダメだったかあ~。」
頬杖をついて部下の報告を聞きながら、磨きぬかれた銀食器のように輝く美しい髪を1つにまとめた細身の男がため息をつく。
「さっさと話を進めればよかったなあ。」
「どういたしますか?」
部下は表情を一切変えず、表情をコロコロ変える上司を見ている。
「いや、いいよ、とりあえず、何にもしなくてもいいかな。うちへの納品は、ちゃんと個数足りてるんでしょ?」
「はい。」
「うん、ならいいよ。作業時間伸ばしてお小遣いにしてるくらいなら。……でもなあ、結構僕、好かれてたと思ったんだけどなー。あーあ。」
「……相当迷っていたみたいですね、彼女。迷うというか、苦悩というか。ここ最近はずっと表情が暗いようです。」
「そうだよねえ、いい子だもんあの子。」
頬杖をしたまま、銀髪の男がつぶやく。
「協会は、最終的に同じ孤児院の少女を使ったようです。」
「え?あー、そっかー。そういえばいたね、なんか。誰だっけ、名前忘れたけど。そうかー、友達を使われちゃったら仕方ないのかな―。」
部下は、かなりしょげているように見える銀髪の男に、珍しく小さく苦笑をもらした。
「お気に入りだったのに、残念でしたね。」
「ちょっと!過去形にしないでよ!まだだよ、どうにかしてこう、うまーく取り戻すからサ!取り戻すっていうか、まあ、手を引かせるっていうか。」
「そうですか。」
「くっそー。魔術師協会めー。」
銀髪の男は、むすっとした顔で八つ当たりにぎみに部下を睨んだが、睨まれた部下はただ肩をすくめただけだった。




