15-1 魔法陣と文字
思った通り、この世界の文字は魔法陣に使われている文字にとても良く似ていた。
というより、遠い昔はこの古代語を使っていたそうだ。それがどんどん簡易文字になり、現在の形になったとマニエが説明してくれた。
つまり、文字を勉強するということは、魔法陣の研究にもなるということだ。一石二鳥である。
朝から昼前までマニエに文字を教わっていた私は、今、地下の魔法陣の倉庫にいる。地下室は真っ暗だったので、ロマリアがわざわざ降りてきて灯りの魔法陣を発動させてくれていた。
その灯りが照らしだすのは、木の棚に詰め込んである大小様々な獣皮や布だ。その魔法陣一枚一枚全てを丁寧に広げながら、私は夢中でそれらに目を通していた。
保存されている魔法陣は、どれも私の元居た世界に現れた遺跡にも描かれていた魔法陣と被るものが多かった。やはり、この屋敷を所有していた魔術師は、あの遺跡で魔法陣の研究をしていたのだろうか。しかし、私の元居た世界で遺跡が発見された当時、中に人はいなかったと聞いている。
私はあの転移の魔法陣を使って、私だけをこの世界に転移させた。逆に、この世界からは建物だけが私の元居た世界に転移したのだとしたら、転移させた魔術師はまだこの世界にいるということなのかもしれない。
どういった問題が起きたのかはさっぱり分からないが、建物をまるごと消してしまって、それがもしその魔術師の所有していた建物でなければ大問題になるだろう。国の研究機関だったりしたらなおさらだ。それなら、その、マニエの親戚?だという魔術師は行方不明になってしまってもおかしくはない。
どういった理屈でそうなってしまったのか、もしかしたらそこのあたりに、私が獣人っぽくなってしまった原因もあるのかもしれない。
――ああ、発動させてみたい。
私は魔法陣を指でなぞりながら、ごくりと喉を鳴らした。
さすがにここで発動させるのは不味いだろうが、どこか人の目のない所でやれば問題ないはずだ。きっと。
どんなに調べても、魔法陣は発動させてみなければ詳しい効果は分からない。
遺跡にあったたくさんの魔法陣も、結局私の元居た世界では発動できず、“大まかにはこんな効果だろう”という研究しかできなかった。
しかし、ここは魔法陣が生まれた隣世界なのである。
魔法陣も、魔素クリスタル等で魔素さえ与えれば発動してくれる、素晴らしい世界なのだ。
本当に、あの転移の魔法陣を創りだしてくれた魔術師には感謝しきれない。
しかし、どの魔法陣を見ても、私が使った転移の魔法陣らしきものはなかった。長い間ずっと付き合ってきた魔法陣だったので、形は鮮明に覚えているのだが、似たような魔法陣すらない。
そういえば……と、私の頭にはさらに疑問符が浮かんだ。
私が転移してきたあの地下室の小部屋のことをヨルモに聞いた時、あの部屋には灯りの魔法陣どころか何もなかったと言っていた。つまり、あの部屋に転移の魔法陣はなかったということだ。ということは、あの転移の魔法陣は一方通行だったということだろうか?
私は一人で首を傾げて、小さく唸る。
私はてっきり、2つの魔法陣をつなげているのかと思ったのだが……一方通行だとしたら、どうやって位置を指定していたのだろうか。これはもう少し色々研究しなければならないようだ。
さすがにやりたいことがたくさんありすぎる気がしてきた。しかも、まだ文字さえ覚えていないのだ。
これからどうしようか、と、私はここで初めて、自分のこれからの事を考えた。
この魔法陣の数々を研究している間は、ずっとここに居ても良い気がする。しかし、自らの力を隠しつつお金を稼ぎつつ魔法陣の研究というのは、どうしても窮屈である。
それに、できれば他の地域の魔法陣も見てみたいし、戦闘中に使用される武器や防具に彫られている魔法陣も見てみたい。
理想なのは、それこそ大陸をウロウロしながら魔法陣の研究をしつつそれが仕事として成り立つ、という状態なのだが、それも見た目が獣人では難しいし、さすがに高望みというものだ。
文字を覚えて、孤児院の魔法陣を研究して、王都の図書館で本を読み漁って……と同時に薬草を摘んで干して売って、干し花を作って干して売って、魔素クリスタルを生成してスラムに出向いて売って――?
あー、うん、まあ、なんとかなるなる。
だんだん考えるのが面倒くさくなってきた私は、思考を停止させた。
まあ、人生、……獣人生?どうあがいても、なるようにしかならないものだ。今、私は転移したこの世界で、問題なくお金も稼げているし、ありがたいことに文字も勉強できている。
さらに何かを望むのは、もう少し先でもいいじゃないか。
とりあえずは目先の魔法陣の研究に集中しよう。他のことを考えるなんて、日の目を見ることなく死蔵されていたこの魔法陣たちに失礼である。
そうと決めたからには、研究を何より優先させなければならない。
私はそれから、6日に1度の間隔で薬草と干し花を売りに行き、それ以外の日は、マニエが空いている時間は文字の勉強、残った時間は全て地下に篭もって魔法陣を研究した。
それはもう、寝る間も惜しんで魔法陣の研究をした。
明かりは、さすがに毎回ロマリアに頼むわけにも行かないので、小さな小さなランプを買った。もちろんそのランプはフェイクで、基本的に明かりは詠唱魔法で補う。
文字を勉強するにつれ、じわじわと魔法陣への本当の理解が深まるのが楽しくてしょうがない。今まで気づかなかったことに気づいて、疑問が一気に解決されることもあった。
薬草を摘んでいる時も、干し花を売っている時も、ずっと魔法陣のことばかり考える幸せな日々が過ぎていった。




