14-1 干し花の価格 2
途中少し時間をとられた私は、特に干し花のセールストークをすることもなく、心持ち足早に第三壁の西門を目指して歩いていた。
北門周辺は(たぶん元は獣人街だったのだろうが今は)外壁までずっとスラムになっていた。
東門周辺は、孤児院や仕事仲介・斡旋所、そして第三壁内を警備する警備兵の詰め所以外は、農民の家が詰め詰めに建てられている、とマニエに聞いた。その為、第三壁の東門から外壁までは田畑で埋め尽くされていて、それは南門あたりまで広がっているらしい。
南門はどうやら王都の正門に位置するらしく、特に立派で大きく、間口も広かった。そっと南門の外を見ると、田畑の真ん中にかなり幅広い道がドーンと通っていて、馬車が長い行列を作っている。
南門のすぐ外には大きな魔法陣が石床に直接彫ってあり、煌々と光っている。どうやら魔法陣で荷馬車の中身を調べているようだった。それから兵士が馬車の中を軽く確認しているので、他の第三壁の門とは違い、かなり厳しい気がする。
南門にこんな厳しい検問があるなら、別の門から入ればいいのに。とは思ったが、まあ、そんな甘くはないのだろう。たぶん、乗合馬車以外は南門から入らなくてはならないとか、そういう決まりがあるんじゃないだろうか。
それにしても、この厳しい検問を通って、さらに第二壁をくぐるときにも検問があってしかもお金をとられるとなると、大きな商隊は大変そうだ。
そうこうしているうちに、西門が見えてきた。先日はすぐに引き返してしまったが、今日は西門周辺を散策したい。
西門には、先日もあった幌のない乗合馬車が、今日は3台停まって客を待っているようだった。御者が人の馬車には人が乗っていて、御者が獣人の馬車には獣人が乗っている。
しかし、最後の1つは、御者が人だが、なぜか人と獣人が一緒に乗っていた。よく見れば、乗っている人と獣人は親しそうに談笑しているが、御者の人は微妙な顔つきで、人しか乗っていない御者と顔を見合わせている。
少し興味がわいた私は、こっそりと内緒話の魔法を使ってみた。内緒話の魔法は、そもそもお互いが魔法を発動してお互いの声を聞く魔法なのだが、こうやって一方的に使うことも出来るのだ。
私の元居た世界の魔法使いならすぐに聞き耳を立てられている事に気づくが、魔素が認識できないこの世界の人々に気づかれることはまずないだろう。ちょっと犯罪チックな気もするが、誰にも知られず個人で楽しむぶんには問題ないはずだ。ようは、バレなければいいのである。
――どうやら、同じ乗合馬車に乗っている人と獣人は、パーティーを組んでいるようだ。
「いやあ、びびったびびった。騎士団長様だぜ、ありえねーって。」
「モフモフだったあ。」
「ほんとなんであんな馴れ馴れしかったんだろ、逆に怖いわ。」
「散歩のついでって言ってたけどほんとかねえ?」
「あれでいつもどおりらしいわよ。」
「ないわー。」
「モフモフ触りたかったなあ。」
「それもないわー。」
「むう。」
「悪いこととかしてないけど、なんか存在が怖くない?この国はただの騎士でも怖いのに。」
「なんか誰か探してるとかって言ってなかった?」
「傭兵ギルドにお国の騎士様とか、似合わなすぎでしょ。」
「ほんとそれ。」
「それにしてもでかかったね~。」
「モフモフ騎士団はみんなでっかくてモフモフなのかなあ。」
そんな事をワイワイと話している。
どうやら、西門近くには傭兵ギルドがあるようだ。ギルドというくらいなのだから、大きいのだろうか。
もしかしたら、国民向けの仕事を斡旋する仕事仲介・斡旋所とは別に、傭兵用に仕事を斡旋する施設があるのかもしれない。
話は次第に逸れて、屋台街の中で一番うまかった屋台はどこだとか、魔素クリスタルをたくさん買い込めたとか、魔法の回復薬が他国より安いとかそういう話になり、最終的にこのパーティーが、王都から少し離れた小さな町へと何かを退治しに行く所だというのが分かった。この乗合馬車は、その小さな町が傭兵の為に用意したもののようだ。
聞き耳に満足した私は、内緒話の魔法を解除した。うん、屋台通りで一番美味しいのは、タレに漬け込んだ肉や魚をわざわざ干してから炭火で炙っているというデュランという人の屋台。よし、大事なことは覚えたゾ。
さて。
西門周辺には、傭兵用の宿や傭兵ギルドのような傭兵向けの施設の他にも、鍛冶屋や道具屋、酒場、食堂など、よく見れば様々な店が揃っている。他国から来た傭兵への配慮なのかここだけで活動が完結するようになっているようだ。
つまり、王都の第三壁内には、東西南北全てに宿屋や道具屋や食堂があるということだ。大体宿屋は宿屋で固まっていたりするものなのだが……。
その時、傭兵たちよりも頭一つ分大きな背の黒い狼耳を見つけ、私は足を止めた。背中のマントには、剣を抱く狼のような紋章。あれは……先日、私が干し花を押し付けて逃げた偉そうな獣人だ。
私はこっそりとフードを被って、そっと人混みに紛れるように背を向けた。偉そうな奴とは、今のところあまりお近づきになりたくないのである。とりあえずマントの魔法陣も発動させて、私は西門周辺観光を終わらせることにした。
帰りにパン屋に寄ると、看板娘のエリーヌに干し花を3つ渡した。2つ購入してくれたので、宣伝してくれたお礼に1つサービスをしたのだ。エリーヌはかなり喜んでくれたようで、パンを1つサービスしてくれた。
今日は、干し花が売れ始めたという報告をして、昨日焼いた小さめのパンを、おまけを含めて3つももらい、銀貨を1枚払っておつりに銅貨を渡された。
着るものがもうちょっとまともならパン屋にも入れるかもしれないとは思ったが、考えてみればそもそも獣人なのだから、着るものがマトモでも入れば嫌な顔をされるかもしれない。しばらくはまだ裏口通いになりそうだ。
そうして受け取ったパンをかじりながら歩いて孤児院へと戻ると、ちょうど門の所でどこからか帰ってきたマニエと鉢合わせした。




