14-1 干し花の価格 1
水袋を買った次の日、数日ぶりに干し花を売り歩こうと第三壁内の南門付近を歩いていた私は、いきなり人の娘3人に囲まれて困惑していた。3人とも、布の服にひざ下丈のスカートという出で立ちだ。
私はまだセールストークすらせず、ただ大通りを歩いていただけだ。しかし、3人は、なぜか私をジロジロ見て「この子だわ。」「絶対そうよね。」などと言って頷き合っている。どうやら私を探していたようだ。もしかしたら、先日はバレなかっただけで、本来はここで物売りをしてはいけないのかもしれない。
いつまでたっても話しかけてこない3人娘に、私は困った顔で「あの、何か……。」と控えめに声をかける。すると、3人娘のうちの1人がようやく口を開いた。
「あなたでしょう?干し花を売っている獣人の女の子って!」
「え?……あ、は、はい。」
よくわからないまま、私がマントの内側に持っていたかごを出して「これですか?」というと、3人は
「これだわ!」「やった!」「まだいっぱいあるじゃない!」と騒ぎ始めた。
「あ、あの……。もしかして、買っていただける、の、ですか?」
「もちろんよ!一人何本まで買ってもいいの?」
なぜか買う気満々である。
「たくさん買っていただけるのはありがたいのですが、香りは1日しか保ちません。」
「あら、そうなの?」
「エリーヌも言っていったじゃない、次の日にはボロボロになっちゃったって。」
「そういえばそうだったかしら?」
おしゃべりを始めた3人娘の言葉の中にどこかで聞いた名前が出てきて、私は首を傾げた。エリーヌ。干し花をひとつあげたパン屋の看板娘が、そんな名前だったか。
エリーヌは宣伝しておくと言っていたが、本当に宣伝してくれていたのか。ありがたい話だ。
「それで?ひとつ銅貨5枚だったかしら?」
「いえ、石貨5枚です。」
「石貨!?」
「石貨50枚ではなくて?」
「えっ?5枚って。本当に?」
「それで大丈夫なの?」
値段を告げると、口々にそんなことを言ってくれる。
干し花の価格は、物価もわからないし、そもそも売れるかすら分からないという前提でつけたのだが、今考えてみればたしかに不自然なほど安い、のかもしれない。よくわからない。
「すみません、値段の付け方が、わからなくて……。」
そう言うと、今度は3人娘の中でどれくらいの価格が良いのかという話し合いが始まった。
「森の中まで花を取りに行くんでしょう?森には最近小牙猪がよく出るって聞いたわ。」
「でも、1日しか香りがもたないのよね?」
「似ているものっていうと、煙草?」
「あれは高級品すぎるわ。」
「そうそう、あっちのほうが手間がかかってそうよね。」
「さすがにあれは手が届かないし、値段なんて見たことないわね。」
へえ、この世界にも煙草があるのか。しかも、この世界の煙草はどうやら高級品らしい。
同じものかは分からないが、私の元居た世界にも煙草はあった。しかし、一般人が手を出せないというほど高価ではなかった。なぜか魔法使いに人気で、煙を使った(主にパーティー向きの)魔法などもあったくらいだ。
私はあの後に残る煙たさと苦さが苦手だったのであまり好きではなかったが、魔法は全て覚えたかったので一応覚えてはいる。まあ、引きこもり研究者だった私に、一芸を見せる相手など居るはずもなく、一切役にはたたなかったが。
そんなことを考えている間に、3人娘の中で価格が纏まったようだ。
「銅貨3枚くらいでなら、いいんじゃない?」
「そんなに高くて大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。パンひとつと同じくらいなら、きっと買う人はたくさんいると思うわ!もうちょっと高くてもいいくらいよ。」
銅貨3枚か。意外に高い値段がついた。
「じゃあ、私達1つずつ買うわ。銅貨3枚なら、毎日は難しいけどたまに買うくらいなら問題無いでしょ。」
「ありがとうございます。」
私は先日よりもさらに弱めに安息の魔法の魔法をかけながら、干し花をそれぞれに渡した。3人娘は受け取ってすぐに、そろって胸ポケットへと干し花を挿す。
「もし、これからお仕事があるようなら、花は体から遠ざけてください。寝る前に枕の中に入れると、ぐっすり眠れますよ。香りが無くなるとボロボロになってしまうので、枕の中に入れる場合は何かに包んでください。」
「分かったわ。丁寧にありがとう。」
3人娘からそれぞれ銅貨を3枚ずつ受け取り、私は「ありがとうございました。」と深くお辞儀をした。
「また買いに来るわ。」
「じゃあ、またね、可愛い売り子さん。」
「まったねー♪」
3人娘はそれぞれに手を振りながら、西門の方へと歩いて行った。
私はそれを見送った後、銅貨9枚をポケットに入れて、さてこれからどうしようかと考える。
干し花を1束銅貨3枚で売ってしまったからには、もう値下げはできないだろう。しかし、それで買い手が付くのかと聞かれると、私には分からない。
元居た世界でも、私はこの干し花を売っている所を見たことがある程度で、実際に買ったことはないのだ。
まあ、町娘には好感触のようだったので、全く売れないということはないだろう。それに、銅貨3枚で売るとなれば、石貨に両替をする必要もない。
なにより、石貨は他の貨幣とくらべて少し重く、しかもかさばるのであまり持ちたくなかった。




