13-1 水袋 2
外壁から第三壁の東門を目指して、畑の中の歩く。昼過ぎだからか、畑で作業する農夫はまばらだ。畑の中で集まり、昼ごはんを食べている農夫もいる。貴族と違って労働者は朝ごはんをたらふく食べても昼過ぎにはお腹が減るので、基本は1日3食食べる。
私は今のところ、朝食は普通に孤児院で出されたものを食べ、夜はロマリアのごはんを少し分けてもらって餓死を免れてはいるが、いつになったら夜もきちんと食べられるようになるのだろうか?
そういえば、仕事仲介・斡旋所の受付が、孤児院に正式登録とかなんとかと言っていた気がする。
孤児院に正式登録するというのは、どうすればいいのだろうか?もしかして、何かしら申請をしなくてはならないのだろうか?
孤児院にはヨルモを含めて獣人が何人かいるので、獣人だからといってハネられることはないだろう。まあ、なんにしてもはやく正式登録してもらいたいものだ。帰ったらマニエに聞いてみよう。
第三壁の東門をくぐり孤児院の前を通りすぎて第三壁の北門についた頃には、もう日が傾き始めていた。
北門周辺の大通りをキョロキョロと見回すと、道具屋らしき看板をすぐに見つけることができた。しかし、南門付近の商店と違い窓が一切ないので、中をうかがい知ることができない。
仕方ないのでそっと扉を開け、カラカラと鳴る金属製のドアベルどきっとしながらも店の中に入る。中は意外と広めで、何人かの獣人がこちらには視線を向けすらせず、道具を手にとって眺めていた。ここは道具屋で合っていたようだ。
私はぐるっと店内を見回し、鞄らしきものが吊り下げられている一角を見つけて、近寄った。
「おい、そこのガキ。フードをとれ。人じゃねえだろうな?」
と、後ろから声が聞こえる。どう考えても私に向かっての発言だろう。私は慌ててフードを下ろした。
周りからの視線を感じるが、私は声をかけてきた店員であろう獣人の男に謝罪の気持ちを込めて小さく頭を下げてから、鞄の方へと視線を戻した。
背負うタイプの鞄やベルトにつけるタイプのポーチなどが置いてあったが、全体数は少ない気がした。できれば背負うタイプのしっかりとした鞄も欲しいが、とりあえず布袋で間に合っているので後回しだ。
きょろきょろと水袋を探すと、一つだけそれらしきものがあった。私には少し大きい気もするが、まあ、そこは目をつぶるしかない。価格が書かれていないので、店員に聞こうとカウンターを振り返るとすぐ後ろに店員が立っていて、びっくりした私は「きゃ!」と声を上げてしまった。
「ソレは銀貨5枚だ。」
銀貨5枚……?高い、気がする。それとも、この世界では水袋が高級品なのだろうか。いや、そんな高級品なら、こんな乱雑に置かれているのはおかしいはずだ。たぶん。
「払えるのか?」
払えるが、払ったら払ったでお金の調達先を聞かれても面倒くさい。睨みながら見下ろしてくる店員に、さて、どうしようかと悩んでいると、店員が痺れを切らしたように口を開いた。
「買えねえなら出て行け。」
「むう。」
私は小さく唸って、しょうがなく道具屋から出た。まあ、店側からすれば、見慣れない怪しい子供が入ってきたら、何かを盗まれる前に追い返したいのも分かる。少し腹立たしいが、私は見た目は子供だが中身は大人なので、もう魔法で店に仕返しをしたりはしないのである。
考えてみれば、ジャルカタの店でも雑貨を扱っていたはずだし、この間は居なかったが今日は居るかもしれない。そう思いついた私は、さっさと道具屋を背にしてジャルカタの店へと向かった。
店の前につくと、店の扉の鍵は開いているようだった。ほっとして店の中に入る。店内には今日も客はいないようだった。
「こんにちは。」
店の奥へと声をかけると、ガタ、と音がして、ヒゲもじゃ男が顔を出した。ジャルカタだ。
「お、もう次を持ってきたのか?思っていたよりも早いな。」
「ええ。あと、探しているものがあるのよ。」
「うん?」
私は、水袋が欲しいことと、北門付近の雑貨屋でそれが銀貨5枚で売られていたことを話した。
「ん?銀貨5枚?いや、普通だろ。安いくらいじゃあないか?」
「そうなの?」
意外にもジャルカタは肩をすくめてそう言うと、店の棚に乱雑においてあるものの中をガサガサとかきわけ、小さな水袋を持ってきた。
「まあ、材質にもよるがな。こういうのはな、職人じゃねえと作れねえから高いんだよ。魔法陣でぱぱっと作れるわけじゃねえんだ。軽くて丈夫で長持ちするように作るには腕がいるしな。
うちにもあることはあるんだが、ほれ、見ての通りちいと小さすぎてな。何に使うか知らんが、これじゃあ魔術師の役にはたたんかもしれんがどうだ?銀貨3枚だぞ。」
「水袋は私が使うの。そう、それについても、ちょっと話をしなくてはならないわね。」
「話?」
私の言葉に、ジャカルタは水袋をぺしっと手近な棚に置いてこちらをじろりと見た。
「今、私は、“孤児”として、第三壁内の東門の近くの、孤児院に一人でお世話になっているの。」
「……孤児院に、一人で?」
「ええ。一人で。」
一人、と念を押して、私は真剣な顔でこくりと頷いた。ジャルカタは小さく唸って髭をモシャモシャしている。
「だから、私がここで魔素クリスタルを売りに来ていることは、秘密にしてもらいたいのよ。」
そう言うと、ジャルカタは、ゆっくりとうなづきながら「ああ、そんなことか。」と言った。
「安心しろ。そもそも、もぐりの魔術師が生成した魔素クリスタルをその奴隷が売りに来たなんて、誰にも言えねえからよ。もぐりの魔術師どころか、奴隷がいるっていう時点でバレたら捕まるからな。」
これでよし。私が心のなかでガッツポーズをしていると、ジャルカタは続けて口を開いた。
「そういや、お前が持ってきたアレの買い手が見つかったぞ。良かったな。次からは1つにつき金貨4枚で買い取れるぞ。」
「あら、そうなの?」
意外に仕事が早い。私はポケットから、残りの4個の魔素クリスタルを取り出して、ジャルカタに差し出す。
「じゃあこれもお願い。」
「ん、な……。」
ジャルカタはなぜか絶句して、そのままかたまってしまった。
「どうしたの?」
「い、いや、お前。こういうのは向こうの部屋に行ってからだな……。」
そう言いながらも、ジャルカタは素早く魔素クリスタルを受け取ると、慌てて私の手を引いて店の奥へと向かった。
「しかも4個?お前の主人は魔術師、じゃあなくて生粋の生成師なのか?もぐりの生成師なんて聞いたことがないぞ?生成師なら、多少アレでも、もぐりなんてしなくてもどこでも生きていけるだろう。」
小部屋についたとたん、ジャルカタは早口にまくし立てた。
「ごめんなさい、言えないわ。」
私が申し訳無さそうに頭を下げると、ジャルカタは深い溜息をついた。
「まあ、そうだろうがな。まさか4個も持ってくるとは。」
「生成したものをためていたのよ。」
「なるほどな。」
まあ、嘘は言っていない。
「しかし、これを今一気に買い取るわけにはいかんな。そもそも金が足りん。」
「それは大丈夫。この間のお金があれば、しばらくはどうにかなるわ。だから、お金は売れたらでいいわ……って。」
「それでいいのか?」
「ええ、信用しているもの。」
「……。」
ジャルカタは困ったような顔で、また髭をモシャモシャしはじめた。
「うっかりワシが盗人に奪われでもしたらどうするんだ。」
「また生成すればいいじゃない。」
「そんな、お前が生成するわけでもなかろうに。」
うっかり口を滑らせた私の言葉に、ジャルカタは思わず苦笑する。
「ここでしか売れないんだもの。それに、孤児で獣人の私が持っていたほうが危ないでしょう?」
「そりゃ……まあ、そうだあな。」
ようやくジャルカタは納得したようだ。どこからか布を持ってくると4個の魔素クリスタルを丁寧に綿に包み、さらに布で包みはじめた。
「水袋のお金は、今払うわ。」
私はそう言って、ポケットから銀貨を3枚取り出して、中央のテーブルに置く。
「おうよ。ありがとさん。ついでに、水袋を下げるベルトも持っていっていいぞ。」
「本当?ありがとう!」
「いやいや、金儲けさしてもらってんのはこっちだからな。」
ジャルカタの言葉を背に聞きながら、私は、店内に戻ると小さな水袋を手に取り、それに合う細めのベルトを腰に巻いて水袋を下げた。これで今度の薬草摘みは、多少快適になるだろう。
その日は、ジャルカタの店を出るとすでに太陽が低いところにあったので、私は慌てて孤児院に帰ったのだった。




