13-1 水袋 1
また昨日1日休みをとって足の疲れを癒やした私は、今日は一人で薬草を見に行こうと考えていた。マニエが、薬草は早ければ5日で伸びると言っていたからだ。
干し花はまだ1つも売れていないので、薬草を確認したら花は摘まずにすぐに帰るつもりだ。
朝早くに私は孤児院を出て、すぐにマントのフードを被っていつものように防御膜の魔法と、マントの魔法陣を発動させた。今日は薬草を入れるかごは持ってきていない。
その代わり、パン屋でもらった布袋に容量の魔法をかけて、マントの内側に吊るしている。中には干し花だけしか入っていないので、もし薬草が伸びていればたくさん詰めることができるだろう。
いつものように大通りの端をできるだけ目立たないように進み、そっと第三壁の東門をくぐってそこから遠くに見える外壁を目指す。
第三壁から外門までは、門の周辺に建物がある以外は周りが畑ばかりなのでどうしても目立ってしまうが、見晴らしが良く隠れる場所もないので逆に安心である。
てくてくと平和な畑の真ん中の道を抜けて外門も特に問題なく通り抜けたあと、街道で獣人が御者をしている幌のない馬車とすれ違った。振り返って見やると、獣人だけが何人か乗っている。獣人しか乗っていないのが偶然なのか、ここでも人と獣人が分けられているのかは分からないが、後者だろうな、と、私はなんとなく思った。
街道が大きく森を避けるように二股に別れている道を、気にせずまっすぐ森の方へとすすみ、ほどなくして私は森に到着した。とりあえず後ろを振り返って誰も居ないことを確認する。
私は森を迂回しながら進み、先日キースと入ったところから、同じように森へと入った。
あれから5日ほど経っているが、キースの道作り(?)が上手いのか私の記憶力によるものなのか、意外にも全く迷わず進むことができた。あと、頭上に耳があるからなのか私の元居た世界に居た頃よりも、遠くの音や小さな音が聞こえる気もする。
その為、こちらに気づいて近づいてくる何者かの足音にもすぐに気づくことが出来た。
――パキパキと枯葉と下草を踏みながら現れたのは、先日出逢ったものよりもふたまわりほど小さい小牙豚だった。接近には気づけていたので、小牙豚の体が見えた瞬間すぐに睡眠の魔法を使い、私は小牙豚を寝かしつけることに成功した。
ふと、頭の片隅に、手懐ける系の詠唱魔法があったなと思い出したが、まあ、小牙豚を手懐けてもいいことはこれっぽっちもないので、私は寝こけた小牙豚を放置して、薬草のあるほうへと向かった。ごく弱めに魔法をかけたので、半刻も経たないうちに目覚めるだろう。
枝を切り払われた木を目印にしばらく歩き、私は何の問題なく薬草の生えている広場に到着した。先日雑草を抜き、邪魔な枝も落として日当たりの良くなったそこには、一面に薬草が生え広がっていた。それこそ、雑草が生える隙間がないほどである。
薬草が他の草を駆逐して増えるとは聞いていたが、私は、薬草の繁殖力を少し見くびっていたようだ。
この間来た時は、日の当たり具合が悪かったようで雑草のほうが薬草を圧倒していたが、このまま日当たりが良ければ、雑草抜きはそこまで必要ないかもしれない。
結構伸びている薬草も多いので、摘んでいこう。
私は適当に薬草を積みながら、まばらに生えている小さな雑草も引っこ抜いていった。薬草は、ちょうど日当たりの悪くなっている森と広場との境で、全く生えなくなっている。木を倒して広場を広げれば薬草はさらに増えるかもしれないが、それはそれで管理が面倒だなと思い、やめておいた。
おおかた薬草を摘み終わる頃には、容量を増やした布袋の半分は薬草で埋まっていた。意外にいっぱい新芽が出ていたので、明日は朝から庭に薬草を干して、その間に少しまた干し花を売りながら、第三壁南門周辺をウロウロしてみよう。
ふー、いい汗をかいた、と、近くの倒木に腰掛ける。こういう仕事も嫌いではないという自分の意外な一面を発見して、私は一人でなんとも言えない気持ちになった。森の中で薬草を摘むなんて、元居た世界で引きこもっていた頃の私には考えられない事だ。
鳥のさえずりを聞きながら、喉が渇いたと思い立った私は、今さらながら器的なものを持っていないことに気がついた。水は魔法でいつでも出すことができるが、それを受ける物がなければ飲むのは難しい。
コップを持ち歩いてもいいのだが、特にこういう時に便利なのは、内側に防水加工が施してしてある水袋だろうか。水袋は、動物の内臓を加工してあるような腰に吊り下げて使える小さな物から、動物の毛皮を丸ごと使った背負うタイプのものまで様々な大きさがあり、用途に合わせて使い分けることが出来る優れものだ。次の薬草摘みまでの間に用意しておこう。
――そういえばナタも用意した方がいいとキースが言っていたなあ、と、私は今頃になって思い出した。まあ、周りに誰も居ない時ならば魔法でさくっと切ってしまえばいいので、とりあえず今すぐに買う必要はないだろうが。
遠くから、昼を知らせる鐘の音が聞こえる。まだそんな時間だったらしい。これから水袋を探しに、北門周辺の獣人の商店を回ってみてもいいかもしれない。
そう考えた私は、ぐるりと自分の薬草畑を見回してから、その場を後にした。




