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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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11-2 物売りという名の王都観光 4

「安らぎの香りの干し花(ポプリ)はいかがですか~。」


 朝のうちに仕事仲介・斡旋所で薬草を全て売った後、私は孤児院に戻ることなく、第三壁内の大通りを孤児院から北に向かって歩いていた。昨日と同じ格好で、声量も同じくらいだ。


 しかし、今歩いているのは活気あふれる屋台通りである。私の声は通りのガヤガヤにきれいさっぱりかき消されてしまっていた。まだ昼までにはだいぶ時間があるというのに、相変わらずここは賑やかだ。

 そういえば、ここは西門近くの傭兵ゾーンの正反対に位置するというのに、傭兵のような(ヒュマ)獣人(ビスタ)の姿が結構見える。西門(あそこ)から屋台通り(ここ)まではかなりの距離があるはずなのだが、ここまでご飯を食べに来ているということなのだろうか。


 私は首をかしげたが、その疑問はすぐに解消された。


 先日通った時は、魔素のゆらぎがない屋台には全く興味がなかったので自動的にスルーしていたのだが、よく見れば、屋台通りの真ん中付近では干した肉や干した果実が山積みにされていて、傭兵らはそれを目的に屋台通りに集まっているようだった。


 たぶん、店で買うより、いくぶんかは安いのだろう。日持ちする食料は多いに越したことはないし、美味しければなお良い。しかも、干した果物の隣に生の果物も山盛りになっているところを見ると、王都周辺は1年の大半が温暖な気候なのかもしれない。外壁の内側には野菜や穀物も豊富にあるようだったし、この国はだいぶ恵まれた場所にあるようだ。


 獣人(ビスタ)がやっている屋台にも、同じように干し肉やらなんやらが山積みになっていた。価格が表示されていない店もあるが、まあ、ここらへんの価格設定は似たり寄ったりだろう。


 暴力的な香りの屋台通りを抜け、私は北門へとゆっくりと歩いて行く。屋台通りでは、特に声をかけられることはなかった。昨日も、声をかけてきたのはなんだか偉そうな装備をしたでかい獣人(ビスタ)が一人だけだったので、まあ、そんなものだろう。


 北門が見えてきたあたりで、私はフードを被って路地に入り、マントの魔法陣を発動させた。もうここはスラムの入り口である。私はできるだけ目立たないようにしようと、干し花(ポプリ)のかごもマントで覆い隠し、できるだけ静かに早足で髭もじゃ男(ジャルカタ)の店へと向かった。


 ジャルカタには、私が孤児院で世話になっていることを知らせておこうと思っていた。これから私は、顔をだして干し花(ポプリ)を売り歩くのだから、この姿とリネッタという名前はすぐに一致してしまうだろう。その前に自分からジャルカタにちょっとだけ嘘を交えて自分の境遇を教え、魔素クリスタルを売ったことを周囲の人々に秘密にしてもらわなければならないのだ。


 北門をくぐり抜けるときにちらりと門番に視線を向けたが、先日の獣人(ビスタ)の兵士ではなく、(ヒュマ)の兵士が暇そうにあくびをしているところだった。スラムだから獣人(ビスタ)の兵士だった、というわけではなさそうだ。


 そうしてまっすぐジャルカタの店の前まで来たのだが――


「あー。」


 扉は閉じられて、鍵もかかっていた。もともと店を閉める日だったのか、それとも何かしら用事があっていないのだろうか?どちらにしても、運が悪かったようだ。明日はまた南門の方に向かう予定なので、明後日またのぞきに来よう。


 さて、こんなところに長居は無用である。用事がなくなった私はすぐに来た道を引き返し、早足で第三壁内の大通りへと戻ったのだった。



 大通りへと戻ると、私はふたたびフードを下ろした状態で、発動させていた魔法陣を解除した。干し花(ポプリ)のかごもマントから出して、再び気の抜けた声でセールストークを始める。


 そうして北門を過ぎたあたりから再び散策を始めると、私はまた新しいことに気がついた。


 他の場所ではあまり見かけなかった魔法陣を使っていない街灯が、北門周辺には複数配置されているのだ。そして、スラムに片足突っ込んでいるこの場所にも、なぜか宿屋と商店が点々とある。看板が全て獣を象ったような形をしているところを見ると、獣人(ビスタ)専用の店や宿なのではないだろうかと私は考えた。


 王都の南区が(ヒュマ)の居住区で、西区が傭兵街、そして、もともとこの北区は獣人街だったのではないだろうか。そうしたら、獣人(ビスタ)差別も相まってスラム化したというのは、あり得ない話ではない気もする。


 そんなことを考えながら歩みを進めていると、ちょうど西門と北門の間あたりで、いきなり大通りの幅が半分ほどに狭くなった。その代わりなのか、建物と建物の間の路地が広くとってあり、なぜか路地側に建物の入口がついている。


 大通り側には大きめの窓はあるが、中には誰もおらずかなり殺風景だ。ここはどういうところなのだろうか。人通りもまばらで、路地に入っていく者もいない。

 路地を覗くと、看板さえ出ていない。居住専用区なのだろうか?それにしても、活気がなさすぎるのではないだろうか……。私は首を傾げながら、その通りを抜けていき、ほどなくして西門に到着した。


 西門には、昨日と同じような乗り合いの(ほろ)のない馬車が、今日は1台停まっていて、客を乗せている最中のようだった。私はそれを遠くから眺めながら、さて、どちらから孤児院に帰ろうかとちょっと悩むことにした。


 昨日今日とで第三壁内の大通りをぐるっと周って見てみたが、北門側のルートは、屋台通りが近い以外は何もない。少し不穏な雰囲気の漂う大通りとスラムの入り口があるだけだ。正直一人で歩くのは危険のような気がする。それに、唯一明るい屋台通りだが、干し花(ポプリ)を買うような客はいなさそうだった。


 これから干し花(ポプリ)のみを売り歩くなら、南門から西門に抜ける大通りを歩いたほうが、どう考えても安全に感じる。本当は、今日も来た道を引き返すように歩いて帰ろうと思っていたのだが、どうにも乗り気にはなれなかった。


 私は通行人の邪魔にならないよう、大通り沿いの店の路地のすぐ横に小さくなって座って少し休憩していたが、どうにも周りからの視線が気になってきたので、結局南門側から孤児院に戻ることにした。

 さすがに昨日の今日でパン屋に寄るということは自重して、私は日が落ちる前に孤児院に到着することが出来た。

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