11-1 髭もじゃ男と痩せぎす男の密会
「どうしたんだ、そんな神妙な顔をして。」
王都にある大きな魔法陣用品店の、秘密の裏口から入ることのできる小部屋の中。
ぎょろりとした目が特徴的な背の低い髭もじゃ男と、それとは正反対に痩せぎすで背の高いひょろりとした老年の男が、美しい細工のされた低い黒木のテーブルを挟んで座っていた。痩せぎす男の後ろには、彼に少し似た痩せ型の男が一人立っているが、向かい合っている髭もじゃ男には目を向けず、直立してただ視線の先の壁を凝視していた。
痩せぎす男は綺麗に整えられた髭を撫でながら、革張りのソファにどっかりと座り、呆れたように髭もじゃ男を眺めている。対して髭もじゃ男はソファに浅く座って、膝の上に載せた布袋に視線を落としたまま、無言だ。
「おい。なんとか言え。スラムに引きこもっていたお前が珍しく直々に話があるというから、第二壁に入る手伝いをして、こうして場所まで用意してやったんだぞ。ぼんやり生きているお前とは違って、私は忙しいのだ。」
痩せぎす男はそう言って少し前かがみになると、コツコツコツと人差し指の爪で机を叩いて髭もじゃ男を急かす。
「そ、そうだな……うん、こういうのは、お前にしか話せないからな……。」
髭もじゃ男は、大事そうに手に持っていた布袋をゆっくりとテーブルに置くと、そっと痩せぎす男の方へと押しやった。
「誰から買い取ったかは言えない。何も教えられない。しかし、これを金貨5枚で買い取ってはもらえないだろうか。」
「……?」
訝しみながらも痩せぎす男が布袋から中身を取り出すと、それは麻布に大事に包まれていた。麻布を開いてみると、さらに綿に包まれている。
「なんだこれは。いつからお前は宝石商になったんだ。」
綿の中に鎮座していたのは、なかなかに透明度の高い美しい宝石の原石のようだった。しかし、痩せぎす男は眉をひそめて宝石を雑に布の上に転がすと、髭もじゃ男に白けた視線を向ける。
「私の店はこういうものは扱っていないと知っているだろう。お前の顔に免じて馴染みの宝石商を紹介してやるから、自分で交渉しろ。しかし、この大きさの原石に金貨5枚とは夢を見過ぎだ。いくらで買い取ったかは知らんが、貧乏人の相手をしすぎて目が腐ったか?」
「やはり、お前にもこれが、宝石の類に見えるのか……。」
呆れ気味の痩せぎす男に対して、髭もじゃ男は深い溜息をついた。
「これは魔素クリスタルだ。」
「はあ?なんの冗談だ。」
「……調べてみろ。」
「本気、なのか?」
痩せぎす男は訝しみながらも、後ろに控えていた男に片手を上げて何かを指示した。控えていた男は小さく頭を下げて、静かに小部屋を出て行く。
「ワシも最初は、そんな馬鹿なとは思ったんだがなあ。」
痩せぎす男と2人きりになってから、髭もじゃ男はそう言うと、出されてしばらく経ったぬるい紅茶を静かに飲み干し、再びため息をついた。それを痩せぎす男は黙って見ている。
ほどなくして小部屋に戻ってきた男は、その手に魔法陣が彫刻細工された分厚い革を丸めて持っていた。それを静かにテーブルの上に広げて、痩せぎす男の了承を得てから、その宝石のような魔素クリスタルを魔法陣の上に置く。
魔法陣を持ってきた男は魔術師だったようで、男が魔法陣に手をかざしただけで魔法陣は発動した。そして――
「さっ!?」
一番初めに声を上げて驚いたのは、魔法陣を発動させた魔術師の男であった。慌てて「失礼しました。」と謝りさっと立ち上がり、痩せぎす男の後ろに戻る。
「……まあ、お前が驚くのも無理はない。」
それからほんの少しの間の後、痩せぎす男は、橙色に輝く魔法陣と、まごうことなき魔素クリスタルと証明されたソレに視線を向けたまま口を開いた。
「このサイズで3級とはな。長年魔素クリスタルを扱っているが、初めて見る。王都の生成師ではないな。それにこの透明度は、核に宝石の原石でも使ったのか?……いくらで買ったんだ?うちで金貨5枚で買い取れというのなら、それよりも安い金額でこれを買い取ったのだろう?それで、その生成師は納得したのか?このサイズで3級なら、2級もじゅうぶん生成出来る腕があるとは思うのだが。」
痩せぎす男は、独り言のようにブツブツとつぶやいた後、髭もじゃ男に視線を向ける。しかし、髭もじゃ男はすまなそうにぼりぼりと頭をかくと、「すまんが、何も教えることはできんのだ。察してくれ。」と頭を下げた。
「……もしこれを買い取ってくれるというのなら、後日、もうあと何個か持ち込めるかもしれん。が、それも今のところ相手次第で、なんとも言えん。」
「そうか。まあ、金貨5枚でいいなら買い取ってやってもいい。3級の卸価格はそんなものだしな。しかしまた、売り手を選ぶ魔素クリスタルだな。まあ、古い友のよしみでなんとかしてやろう。スラムでは売れんだろうしな。どうせまた、厄介な事に首を突っ込み始めたのだろう?お前ときたらいつになっても貧乏のままじゃあないか。」
「……ありがたい。」
長々とした痩せぎす男の言葉に、髭もじゃ男はただ一言それだけ言って、深々と頭を下げた。
「貧乏が飽きたら、私の店で雇ってやってもいいんだぞ?」
肩の荷が下りたのか、髭もじゃ男の顔に笑みが浮かぶ。
「ははは、遠慮しておこう。あそこは意外にも、居心地がよくてな。」
「そうか。」
痩せぎす男は多少残念そうに髭もじゃ男を見ていた。その視線を受けて髭もじゃ男は、少し恥ずかしそうに「やめてくれ、自分が好きで来た道だ。」と言って肩をすくめる。
「まあ、そういうわけだ。魔素クリスタルは置いていく。金はあっちに入れておいてくれ。持ち歩くのは危なっかしくてかなわんからな。」
「分かった。そうしておく。じゃあ、私は次の仕事があるのでもう行くぞ。」
「おう、またな。」
そう言って2人は立ち上がり、それぞれ別の扉から外へと出て行った。




