10-1 物売りという名の王都観光 3
「今日の売上よ。」
パンを買って銅貨を石貨に両替した私は、それで得た石貨80枚のうち55枚だけをその日の夜にマニエに提出していた。今日持って行ったぶん全てを売れたことにしてもよかったのだが、薬草さえひとつも売れなかった事に違和感を感じていたし、初日だということもあるので、ほんの少しだけ売れた事にしておいたほうが良いと思ったのだ。
「あら、まあ!」
マニエは驚いたように片手の指で口を抑えながら、目の前に置かれたお金を見下ろした。
「薬草と、干し花を売ったお金よ。盗んだわけではないわ。」
「ええ、ええ、知っていますよ。昨日、薬草がたくさん干してあるのを見ましたからね。」
まあ、その干した薬草は、ひとつも売れていないのだが。
私はパン屋でもらった袋に容量の魔法をかけ、かごの中から少しだけ袋に移して隠していた。残りは売れ残りとして、まだかごの中に入っている。
布袋の中にはパンが2つ何にも包まれない状態で入っていたが、干し花や薬草と一緒に入れておくわけにもいかず、帰り道に片方だけを食べ、残りの1つは今、ロマリアの部屋の私のベッドの上に出しっぱなしにしてあった。
帰りの道中に食べたパンは、一昨日焼いたものだと聞いていたのだが、意外にも孤児院で出されるあの黒いパンよりかはいくぶん柔らかく、保存状態がよかったのかしっとりしていた。
――まあ、もしかしなくても、あの黒いパンのバッサバサ具合が異常なだけなのだが。
パン以外の僅かな肉や野菜は子どもたちが料理しているのだが、パンを焼くような窯は孤児院にはない。黒いパンだけは、マニエがどこからか大量にもらってきているのをみんなで食べているのだ。
しかし、一昨日焼いたパンが2つで石貨20枚なのだとしたら、あのバッサバサの黒いパンははたしていくらで仕入れているのだろうか……。
と、考えが脇道にふらふらと飛んでいきそうになったところで、私は慌てて思考を引き戻した。マニエに聞かなければならないことがあるのだ。
「ねえ、マニエさん。ヨルモと、キースというヨルモの友人が、薬草は必ず売れると教えてくれたのだけど、あまり売れなかったの。なぜかしら?」
「あら、薬草が売れなかった?そんなことがあるのかしら?持って行ったぶんは全部引き取ってもらえるはずなのだけれど……」
うん?と、私は首を傾げた。
持って行ったぶんは全部引き取ってもらえる?
「マニエさん。私は、薬草を大通りで売り歩いていたのだけれど……。」
「……ええ!?」
そのマニエの反応に、私は「あぁ。」と私が今までしていた勘違いを理解した。
「薬草は、仕事仲介・斡旋所でいつでも買い取ってもらうことが出来るのよ。」
ですよねー。
私はずっと、薬草も街を歩いて売り歩くものだと思い込んでいたのだ。もともとはそのつもりで、森で花を摘んでいたのだから。
しかし、考えてみれば、薬草単体では役に立たないのだから、“絶対売れる”なんてあり得ない話である。
「あらあらまあまあ。ヨルモは、どこで売れるのか教えていなかったのね。」
肩を落として脱力する私に、マニエが同情を込めて声をかけてくれた。
「そうね。でも、聞かなかった私も悪いわ。明日は、手元にある薬草を全部持って行くことにするわ。」
「そうね。どこで採取しているかわからないけれど、薬草は、日当たりが良ければ伸びるのも増えるのもとても早いの。だから、5日から8日くらいで次の収穫ができるはずよ。」
「分かったわ。ありがとう。」
ヨルモに、森の中で薬草を採取していることは絶対に言うなと釘をさされていたので、私はそれだけ言ってこくこくと頷いた。
薬草は、庭や空き地や畑のけたでも育てることができるらしい。しかし繁殖力が強いため、日当たりがいいと周りの草花どころか野菜まで駆逐してしまうこともあるらしく、薬草を育てているのは国から雇われている専業農家くらいなのだとキースが言っていた。しかも、薬草よりも野菜のほうが儲かるので、薬草農家は少ないそうだ。
こんな裏話はしっかり教えてくれたのに、なぜどこで売るかは教えてくれなかったのだろうか。あまりにも常識すぎて、教える必要性を感じなかったとでもいうのだろうか。
それはそうと、仕事仲介・斡旋所で薬草を売るということは、後々考えていた売上水増し提出はなかなか難しくなりそうだと、私は思った。
干し花は、パン屋のお姉さんにはかなり好感触だったが、魔法抵抗の高い人には効きにくい傾向があるのだ。たぶん、魔術師相手には効きが悪いだろうと私は予想している。
明日は薬草を仕事仲介・斡旋所に持って行って、それからは、今度は干し花を持って大通りを北周りで西門を目指してみるつもりだ。途中でジャルカタの店に寄り、魔素クリスタルが売れたかどうか聞いてみようとも思っていた。
「あ、そうそう、リネッタ。貴女はまだ、1日1食しか支給されていないのだから、売上のいくらかは、自分の食事代にするのよ?」
「ええ。今日は南通りのパン屋さんで、古くなったものを安く分けてもらえたわ。」
ここは特に隠さず伝える。変に全てを偽ると、ボロが出た時修正するのが大変なのである。
「そうなの。……良かったわね。」
マニエは少し安心したように微笑んで、ゆっくりと頷いていた。
「じゃあ、そろそろ消灯にしますから、リネッタも休みなさい。」
「わかりました。おやすみなさい。」
私はそう言うと、マニエの私室から出て、ロマリアの部屋に戻った。
余談だが、その後ひとつ残ったパンをロマリアと半分こして食べ、なぜ孤児院の黒いパンがバッサバサなのか2人して考えた。
しかし、ロマリアが冗談半分で“古くなった動物用の飼料を使っているのではないか”という意見を出した辺りから2人して怖くなり、これ以上詮索しない方がいいんじゃないかという話になり、結局結論は出なかった。




