10-1 物売りという名の王都観光 2
その後は、特に誰かに邪魔されることもなく、私は王都観光を満喫することができた。
時々休憩を挟みながら第三壁の南門をすぎて西門に向かって歩いていくと、商店は武器や防具などを取り揃える店が増え、見るからに強そうな装備をした傭兵っぽい男たちが大通りを闊歩しはじめるようになった。
路地を入ってすぐにある開けっ放しの入り口からは昼にも関わらず賑やかな酒飲み達の声が聞こえ、その先の鉄を打つ音が聞こえる大きな石造りの店舗の前では、数人の男たちが自分の武器があーだこーだと大声で話している。
宿屋の前では、弓を背負った軽装備の人の女が2人して、待ち合わせの相手が来ないと愚痴りあっていた。
結構ちゃんとした住み分けができてるのね~。と、大通りを歩きながら、私はそんな感想を抱いた。
第三壁の南門付近には、旅商人が立ち寄ったり王都の住人が買い物をするような商店や食堂などが立ち並んでいた。そして、西門は傭兵業か何かで稼いでいる荒くれ者たちの領域になっている。北は、まあ、今はスラムに侵食されてはいるが、もともとは何かがあったはずだ。東門付近は国営の孤児院や仕事仲介・斡旋所、あとは国の警備兵の詰め所もあるらしい。
それぞれに必要な店などの位置を調整することで強制的に住み分けをさせ、国民と荒くれ者との揉め事を減らすというのは賢いやりかただと私は思う。まあ、傭兵というだけでみんながみんな荒くれ者だというわけではないと思うが。
ほどなくして、私は西門についた。西門のすぐ脇に幌のない馬車が2台ほどとまっている。王都からどこかへ行く為のものなのか、王都の中をぐるっと移動するのに使うのかは分からないが、どうやら乗合馬車のようだった。
私はそこから、馬車が来ないのを見計らってささっと大通りの反対の隅に移る。あとは、来た道をゆったりと戻るだけだ。少し前に昼を知らせる鐘の音が聞こえたので、この分なら夕方になる前には孤児院に着く事ができるだろう。
後は、銅貨をどうやって石貨にするかだ。石貨で売っている売り物があるのかすら分からない。一応、ロマリアに数字だけは教えてもらっていたので、金額がわからないということはないが、商店に入った時点で追い出されないか心配ではあった。
そんな悩める私が見つけたのは、西門よりもすこし南門寄りのところにあるパン屋……のすぐ脇の路地の奥だった。そこには、パン屋の裏口であろう小さな扉があり、そこに置いてある大きな木箱の上には、一人の人のお姉さんが座って休憩しているところだった。
私は、ささっと路地に滑り込みお姉さんに近づくと、「すみません。」と声をかけてみた。
「ぅっわあっ!?な、何!?」
お姉さんが飛び上がって驚く。しかし、私の顔を見、頭を見て、すぐに眉をひそめて口を開いた。
「何?物乞い?ダメダメ、そういうのは許されてないのよ。例え一昨日焼いたパンでもあげられないわ。」
「物乞いではありません。ですが、この身なりでは、私はお店に入ることができません。ですから、ここで私にパンを売ってくださいませんか?」
しかし、お姉さんは不審そうにこちらを見るばかりだ。
「一番安いパンでいいのです。古くなったパンでもいいです。食べられるものなら、なんでもいいので……お金は払いますから。」
「うーん……。」
お姉さんはなかなか返事をしてくれない。
すると、店のほうから「どうしたエリーヌ。」と声が聞こえ、白いエプロンをつけた大柄な男が店の裏口から姿を現した。
大柄な男も私を見つけ、舌打ちをする。
「エリーヌ、物乞いはきっぱり断れと言っとるだろう。」
「物乞いではありません。」
「ああ?」
「汚い格好の私がお店に入るとご迷惑かと思い、ここでパンを売ってくださるよう、お願いしていたのです。」
私は、睨みつける大柄な男を見上げてはっきりと言った。しかし、大柄な男はそう簡単に引いてくれそうにはない。
「うちの大事なお客様の財布スって得た金じゃねえのか?子供だからって容赦しねえぞ。」
ドスの利いた声でそう言って見下ろす。
――ああ、めんどくさい。私は両替したいだけなのに!と、心の叫びをどうにかねじ伏せ、私はさらに大柄な男に向かって言い返した。
「スリができるくらい器用なら、私はこんなところには居ません。私は大通りで、これを売り歩いています。」
そう言って、籠の中を見せる。売れているように見せかける為に、少しだけワンピースのポケットの中にしまってある。
「薬草……と、なんじゃそりゃ。見たこともねえ草だな?」
なぜか、大柄な男が食いついてくる。
「これは、安らぎの香りになるよう私がブレンドした干し花です。」
「お前がブレンドした?」
「はい。お姉さんは休憩中のようなので、どうぞ。差し上げますので、匂ってみてください。」
私は、大柄な男の隣で困ったような顔になっていたお姉さんに、安息の魔法をかけた干し花を差し出した。
「え?いいの?」
お姉さんは特に何も疑問に思わなかったのか干し花を受け取り、大柄な男が「お、おい、変なもん受け取るんじゃねえよ……。」と言っているのも聞かずに、思い切り匂いを嗅いだ。
「ふああー、いい匂い。」
安息の魔法の魔法がきちんとお姉さんにかかったのを確認する。効果は弱めにしてあるのだが、それでもかなり効き目があったようだ。お姉さんは目を少しとろんとさせて、もう一度花の匂いをかぎ「この匂い幸せ~。」とつぶやいた。な、なんだか、効きすぎている気がする。
小牙豚の時もそう思ったのだが、このお姉さんにも魔法抵抗なんていうものが全く無いのではないかと疑いたくなるくらい、面白いほど魔法がうまくかかったようだ。
「お、おい、大丈夫か?」
大柄な男が、さっきの勢いを一転させ、心配そうにお姉さんを気遣う。
「この香りには、緊張をほぐしたり、安眠を促したりする効果があります。材料は、東にある森の中に生えている花と葉っぱだけですし、毒はありません。もちろん依存性もありません。」
「依存?えらく難しい言葉を知ってんな。」
大柄な男は、ニコニコ笑顔のお姉さんと私を交互に見ながら、唸るように言った。
「お父さん、一昨日のパンでもいいって言ってたし、ひとつふたつなら売ってあげてもいいんじゃない~?この花だったら、1つが銅貨5、6枚しても、私、買っちゃうかも~♪」
安息の魔法がえらく気に入ったらしいお姉さんはそう言って、大柄な男を見上げる。……この2人、親子だったのか。うん、お姉さんはきっと、お母さん似なのだろう。
「一昨日のなあ……確かに、余っちゃいるが。」
「小さいものを、一つだけでもいいんです。」
むしろ、一番小さくて一番安いのが良いです。両替したいだけなんです。
「しゃあねえな。持ってきてやるからちょっと待ってろ。」
大柄な男はそう言って、しぶしぶ店へと戻っていく。
「ねえ、この花は、いくらで売っているの?」
父親を見送ってから、お姉さんはそう言って首を傾げた。見れば、安らぎの干し花を胸元に飾りのように挿している。
「もともとは森の花ですし、安らぎの香りの効果も1日程度しか持たないので、1束石貨5枚で売っています。あと、その安らぎの香りは、吸い過ぎると眠たくなってしまうので、休憩が終わる15分前には顔から遠ざけたほうがいいですよ。」
「やっす!!!」
お姉さんは目をまんまるにして、胸元の干し花に視線を落とした。
「石貨5枚!?50枚のまちがいじゃなくて?そんなのすぐに売り切れるんじゃないの!?」
「……。売り始めたのは今日からですし、それに、こういうものは、体感してもらって初めて売れるものですから……。」
「なーるほどね~。うん、宣伝しといてあげるわね!」
なぜかお姉さんは、ぎゅっと拳を握りしめてそう言うと、「私の名前はエリーヌ。こう見えて、このパン屋の看板娘なのよ!」と、笑顔を見せてくれた。
「私の名前は、リネッタです。これから、暫くの間この通りで干し花と薬草を売り歩くつもりですので、もしよければ、今度は買ってやってください。」
「買う買う!ってゆーか、またこの時間くらいにここに来てよ。そしたら、またパン売ってあげるからさ。だから、もし、干し花がすっごい売れるようになっても、私のために1本残しておいて♪」
「おい、何を騒いでんだ。」
エリーヌという名のお姉さんの言葉を遮るようにそう言いながら、エリーヌの父親が戻ってきた。手には、大小の布袋を持っている。
「本当に一昨日のパンでいいんだな?石貨20枚だ。」
「ありがとうございます!」
私はそう言って、銅貨を1枚ポケットから出した。容量の魔法がかかったポケットの中は音がしないので、ポケットの中には1枚だけしか銅貨が入っていないように――勘違いしてくれるといいなあ。
「お?なんだ、銅貨持ってんじゃねえか。じゃあ釣りは石貨80枚だな。」
エリーヌの父親は、小さな布袋から石貨を20枚取り出し、エプロンのポケットにじゃらじゃら入れた。そして、大きな布袋と小さな布袋の両方を私に差し出した。
「ほら、パンは袋ごともってけ。金を入れるにしても、ポケットじゃあそのうち破れるだろ。」
「ありがたく使わせてもらいます。」
お辞儀をして、私は袋を受け取った。この布袋にも容量の魔法をかければ、ロマリアの部屋に置きっぱなしになっている在庫の薬草や干し花を全部入れることができるだろう。ポケットだけでは限界を感じていたので、本当にありがたい。
「じゃあ、また来てね。お昼の鐘がなる頃と夕方は、うちの店すっごく忙しいから、昼と夕方のちょうど間のこれくらいの時間にね。もし誰もいなくても、店が空いてたら裏口をノックしてくれてもいいわよ。他の店員にも言っておくから。」
エリーヌはそう言うと、「ね?お父さん♪」と視線を父親に向けた。対して笑顔の圧力を受けたエリーヌの父親は、「あーあー分かったよ。好きにしろ。」と肩をすくめたのだった。どこの世界でも、父親は娘に甘いようだ。
私はその2人に別れを告げ、路地から大通りに戻る。
スラムの商人ジャルカタに続き、いい人と繋がりを持てた気がする。この店だけでずっと両替していくのは厳しいかもしれないが、これからもじわじわと両替相手を探して増やせば、滞り無くマニエにお金を渡すことができるようになるだろう。
この時私は、この干し花がこの先、新たな出会いやお金や問題を生むことなど、これっぽっちも想像していなかった。




