9-2 リネッタと守護星壁
ロマリアと話をした後、私は孤児院の庭に逃げるように出てきていた。まさか、ロマリアの方から魔素クリスタルの生成について質問をしてくるとは思わなかったのだ。
なぜ私に聞こうかと思ったのか分からないが、まあ、別に隠さなくても特に問題ないところだけを答えたつもりだった。
しかし、今思えば、なぜそう思ったのかと聞かれてしまったら、どう答えていいのか分からない。
ロマリアの場合、手のひらから放出している魔素のうち、全体の4割しか魔素クリスタルにしか届かず、あとは霧散していた。そこで私が考えたやり方が、この、“両手で小石を覆う”というやり方だった。これなら、両手から放出されている魔素は余すことなく小石に吸収されるだろうと踏んだのだ。
2個生成の時は、1つにつき放出する魔素の2割程度で5級の魔素クリスタルになっていた。今回、両手で覆って生成することで、3個生成するときには1つにつき3割以上吸収することになるので、ほぼ間違いなく5級の魔素クリスタルが3個完成する、だろう。
というか、小石4個でやっても、全て5級の魔素クリスタルになると思う。もしかしたら、大きめの石1つでやれば4級の魔素クリスタルが生成できるかもしれない。まあ、ロマリアが私の言葉を信じて、両手で覆う方法を試したらの話だが。
私は、薬草を干している、庭の真ん中にある枯れた噴水の縁に腰掛けて、空を仰いだ。さっき昼を告げる鐘の音が聞こえたので、まだまだ時間はたっぷりある。今日は休むと決めているので、ひなたぼっこに勤しむとしよう。
そういえば、この世界に来てから、まだ雨が降っていない。ずっと寒すぎず暑すぎず過ごしやすい毎日だ。
私が転移の魔法陣を発動させたあの日、私の元居た世界もこんないい天気だったが、辺境にあるあの村は年中寒い土地だったので、外が晴れていても遺跡の中はかなり寒かった。なので、遺跡の中では空気を暖める魔法をガンガン使って、私はワンピース一枚で魔法陣と睨めっこしていた。
しかし、考えてみれば、真冬の山中に転移するかもしれないというのに、私はよくこのままの格好で転移したものだ。
――私が転移した後のあの魔法陣は、もう誰かに発見されただろうか。私が補完したとはいえ、私以外にあの部屋に出入りする研究者は皆無だった。それどころか、遺跡に立ち入る研究者自体が、すでにもういない状態だった。
しかし、私が遺跡に出掛けてから戻ってこないとなれば、誰かがあの魔法陣を見つけてもおかしくはない。あの魔法陣には、私の血が滴っているはずだし、誰かが怪しむかもしれない。そうしたら、私が発見されたという孤児院の地下室に、他の誰かが転移してくることもあるのだろうか。それはそれで、ちょっと楽しみではある。
考え事をしながらひなたぼっこしていた私は、いつのまにかうつらうつらし始めていた。座っている噴水の縁も、太陽も、あったかくて気持ちがいい。ずっと家や学校や遺跡に篭って勉強や研究をしていた時には、太陽も外気も敵だと思っていたのだが、たまにはこういうのもいいと思った。
というより、この世界にきてから、この暖かい日差しがどうにも好きになっている気がする。孤児院の中でも、気づけば食堂の中の一番日当たりの良い場所に座っていたりするのだ。
そんなぽかぽか陽気に癒やされながら、あまり世話をされていないらしい庭の木々や、薬草の干し具合を観察したりして過ごし、日も暮れかけてきたのでそろそろ薬草を集めようかなあと思い始めていたとき。
僅かな魔素のうねりを感じた私は、立ち上がって辺りをきょろきょろと見回した。
はるか先。魔素のうねりは、ここからでも見える王城の、その中でも一番高い塔の屋根の先端あたりから発生しているようだった。
孤児院の周囲はそうでもないが、王城周辺はあまりの魔素の濃さに空がゆがんで見える。しかも、どんどん魔素のうねりは大きく、強くなっていき、じわじわと王都を飲み込むように広がっていく。
その莫大な魔素量に唖然としながら、私は空を凝視し続けた。
濃密な魔素のうねりが孤児院の周辺まで届きはじめ、一体何が起こっているのかと心なしか心配になりはじめたあたりで、突然、一番魔素が濃い辺りにまばゆい光が溢れはじめた。
それは瞬く間に巨大なひとつの魔法陣となり、王都の空を覆い尽くすほど広がって王都をドーム状に囲んだ。呆けたように口をあけたまま見上げれば、その大きな魔法陣を構成しているのは、数えきれないほどの魔法陣で、その魔法陣を構成しているのも、小さな魔法陣のようだった。
日が沈みかけ、空の半分が群青色でもう半分が橙色に染められた空に、まばゆい光の線で魔法陣が描かれている。圧巻の一言だった。
何が起こっているのか全く分からないが、その光景を目の当たりにした私の目には涙があふれていた。涙が頬を伝って落ちていくのが分かるが、拭う気にはなれない。
刻々と姿を変えていく奇跡のような光景に、私はそんなことをしている暇などなかったのだ。
そんな間にも、空を覆った魔法陣は広がっていく。そして、それと重複するように新たな魔法陣が空のいたるところに発現していた。
小さな魔法陣をひとつひとつ見ていくと、そのうちの1つから、なぜか視線を感じた。よくわからないが、その時、私は確かにそう感じたのだ。
しかし、その夢のような時間も、あっという間に終わる。
空に描かれた大きな魔法陣と、幾重にも重なった大小様々な魔法陣は、太陽がほんの少し沈む程度の時間を置いて消えてしまったのだ。すごく、勿体無い。
「はー……。」
私はようやく、涙を拭った。意外にたっぷり泣いたらしく、私は服にしっかりと染みを作っていた。
あれは一体何だったのだろうか。
いや、私はアレが何か、すでに分かっている。
あれは、守護星壁だ。絶対にそうだ。精霊王だかなんだかが、歴王に授けた力だとかいう、あれだ。王都を害するものは絶対に通さないという、あれだ。
私はあの光景を心に焼き付けるために、じっと目を閉じた。素晴らしい光景だった。あれはいい。すごくいい。あの魔法陣も、いつか研究してみたい。すごく、すごくいい。
――この世界最高!!!
私は思わずそう叫んだ。もちろん心のなかでだ。誰が聞いているのかもわからないのだ。
再び空を仰ぐと、先ほどの光景などまるでなかったかのように、空は平穏を取り戻していた。高いところを太陽のある方向へと飛んで行く鳥がちらほら見える。
そこでふと、また私の頭には疑問符が浮かぶ。
さきほどの光景を、この世界の人々は見ることが出来たのだろうか。光という可視のもので描かれた魔法陣なのだから、見えるとは思うのだが……それにしては、孤児院は静かだ。誰も外など見ていなかったのかもしれないが。
太陽はもうほぼ沈んでいる。もう少ししたら、三姉妹が空に顔をのぞかせる頃だろう。そろそろ薬草をかごに戻して、5本ずつの束にまとめておかなければならない。私は手早く薬草を集めると、ロマリアの部屋へと戻ったのだった。




