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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
孤児院のリネッタ
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9-1 ロマリアの悩み

 西大陸魔術師協会のキーレスとかいうおじさんに、魔素クリスタルを売って欲しいと頼まれてから3日。私は、孤児院から一切出ることなく過ごしていた。


 外に出ると、いつキーレスが現れて催促してくるか分からなかったからだ。

 孤児院から出なければ、待ち伏せされていようとも問題はない。マニエには秘密だと言っていたので、孤児院の中まで押しかけてくることはないだろう。


 私が生成した魔素クリスタルは全てマニエに渡しているし、集めた魔素クリスタルは仕事仲介・斡旋所の担当者が護衛付きで孤児院まで買い取りに来てくれている。そのため、もともとあまり孤児院から出ることがなかった私は、多少暇だったものの、特に問題なくここ数日を孤児院の中だけで過ごしていた。


「ああ、だめだめ。」


 私は余計な事を考えている事に気づき、改めて精神を集中させる。


 昨日から、魔素クリスタルの3個生成に挑戦しているのだが、なかなかうまくいかないのだ。どうしても、6級(クズ)が3個出来てしまう。どうにかすると、6級(クズ)にすらならない。


 最近はすごく調子が良かったので、2個生成ではもう失敗することはなくなっていた。それこそ、孤児院で使う6級(クズ)の魔素クリスタルが足らなくなるくらいに。


 それなのに、3個になると突然、1つも成功しなくなるのだ。なぜだか全くわからない。


「うーん。」


 6級(クズ)を表す淡い白い光を放つ、等級を調べる魔法陣の上に転がっている魔素クリスタルを眺めながら、私は知らずのうちに唸っていた。


「どうしたの?」


 そう声をかけられ顔を上げると、いつの間にかリネッタが部屋に帰ってきていた。


「ああ、リネッタ。今ね、3個生成を試しているんだけど、なかなかうまくいかなくって……。」


 脇に転がっている6級(クズ)の山に視線を向けて苦笑いする。


「そうだったの。……あ!その魔法陣は何!?」


 いつものように(・・・・・・・)、いきなりリネッタが目の色を変えて私の目の前にある魔法陣を指差した。


「どこかで見たような気もするけど……どこだったかしら?」


 そうブツブツいいながら、首をかしげている。私のどんよりした気持ちは、リネッタにはこれっぽっちも気づいてもらえていないようだ。まあ、それがリネッタなので、私は気持ちを切り替える。


「これは、魔素クリスタルの等級を調べる魔法陣。こうやって少しだけ白く光るときは、6級(クズ)を表していて、5級なら強く、白く。4級は黄色、3級はだいだい色、みたいに、等級が上がるごとに赤色に近づいていくんだよ。」

「あ、ああ。」


 と、リネッタは何かを言いかけて、ぴた、と口を閉じてしまった。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもないわ、見たことがあるような気がしたのだけれど、気のせいだったみたい。」


 リネッタの顔はこちらを見て苦笑いしているが、耳が明後日の方を向いている。リネッタはこういうとき、嘘がつけないようだ。どこかで見たことがあったのだろうが、まあ、追求はしないでおこう。


「ねえ、リネッタ?」

「なあに?」


 再び魔法陣に視線を戻して、魔法陣の淡い光を眺めているリネッタに、私は思い切って声をかけた。


「リネッタは、私の魔素クリスタルの生成を見ていて何か思うことはなあい?」

「……、……えっ?」


 何拍か間をおいてから、リネッタが目を丸くしてこちらを見た。耳と尾がピンとたっている。


「リネッタって、獣人(ビスタ)なのに魔法陣の事大好きでしょう?だから、何か、獣人(ビスタ)から見て気づいたこととかないかな~?って、思って。」

「私……私の話を、聞いて、くれるの?」

「そうよ。私ね、今、行き詰まっているの。魔素クリスタルの生成を教えてくださった魔術師さまね、テスターさまっていうんだけど、そのテスターさまに聞いても、練習あるのみって言われてしまって。でも、15日に1回、納品しないといけないから、なかなか練習もできなくて。何か、うん、本当になんでもいいんだけど、私の生成を見て、何か思ったことはなかった?」


 獣人(ビスタ)であるリネッタに魔法陣について聞くというのは、周りに人がいたら絶対にできないが、幸いここは私とリネッタの部屋で、他には誰もいない。


 私は特にリネッタに期待をしているわけではなかった。ただ、魔素クリスタルの生成を見ているリネッタの彷徨(さまよ)うような視線がずっと気にはなっていたのだ。なので、ここで思い切って質問をして、ちょっと気分転換をしようと思っただけだった。


 しかし、リネッタは真剣な顔になって、「そうね……」と考えこんでしまう。


「リネッタ?」


 あんまりにも真面目な顔だったので、慌てて「無理に考えなくてもいいのよ?」と言ったが、リネッタは「いいえ。」と首を横にふって、さっきの表情を一転して、にっこりと笑顔になった。というか、目を輝かせ始めた。


「あのね、ロマリア。私、ずっと考えていたのだけど、両手で、こう、小石を覆うようにして生成すればいいんじゃないかって、思うのよ。」

「えっ?」


 リネッタは、麻袋から小石を3つ取り出して生成用の魔法陣の上に置き、小石を覆い隠すように両手をかぶせた。


「きっと、ロマリアには、こっちのほうが良いと思うの。」

「そ、そう?」


 私は内心で首をかしげる。両手で小石を覆ってしまったら、手が邪魔になって魔素が小石に集まりにくくなってしまうのではないだろうか?


「一回、いつも魔素クリスタルを作る時間と同じだけ、そうやって生成してみて? きっとうまくいくわ。それじゃあ私、ロマリアが集中できるように、ちょっと出かけてくるわね!」


 リネッタはそう言って、そそくさと部屋から出て行ってしまい、私は唖然としたままその後姿を見送ったのだった。


 その後少し休憩を挟み、今日最後の挑戦にしようと、私は魔法陣の上に小石を3つ置いた。そして、リネッタがしていたように、小石を覆うように手をかぶせる。


「よし、頑張る!」


 そう気合を入れて、私は魔素クリスタルを生成しはじめた。




「うそ……。」


 2時間後、私は自分の生成した魔素クリスタルを見下ろして、呆然としていた。


 リネッタの方法で魔素クリスタルを生成した結果、5級の魔素クリスタル生成できたのだ。しかも、3つとも全てが5級だった。偶然かと思ってもう一度生成してみたのだが、やはり3つとも5級の魔素クリスタルを生成することが出来た。


 私の頭は混乱していた。なぜ?どうして?テスター様は、こんなやり方教えてくれなかった。それどころか、誰もこんなやり方は思いつかないかもしれない。だって、手で覆ってしまったら、生成中の魔素クリスタルを見ることができないので、成功しているか失敗しているかも分からなくなってしまう。


 獣人(ビスタ)であるリネッタは、どうしてこの方法を思いついたのか、私には全く見当が付かなかった。本当に彼女には、私やテスター様には見えない何か(・・)が見えていたのだろうか――


「……。」


 気にはなるが、怖くて聞けない気がした。5級を3個生成できるようになったので、それでいい、ということにしようか。でも、すごく気になる。それに、もしかしたら、また何かリネッタに質問したら、もっと色々な事を教えてもらえるのでは――


「いや、だめ。だめ。欲を出してはだめ。」


 私はゆっくりと頭をふって、静かに息をはいた。

 確かにリネッタの事は気になるが、やめておこう。きっと、リネッタが思いついたのは偶然だ。獣人(ビスタ)なのだから、どんなに魔法陣が好きであっても、魔素に適応していないのだ。


 獣人(ビスタ)であるリネッタがもし何かしらに気づいたのなら、きっと、王都の占術師さまだって気づくはずだ。占術師さまは、魔術師さまよりももっとすごいお方達なのだから。


 それに、もしこれ以上リネッタに何かを聞いて、リネッタが何も答えられずに困ってしまったら申し訳ないだろう。だから、もう聞くのはやめよう。


 そうだ、リネッタのおかげで5級の魔素クリスタルが3個生成できるようになったのだから、お礼に何か……何か? お礼なんて、できる……?


 と。そこまで考えが及んで、私は、私の自由になるお金がほぼ無いことに、気がついてしまった。


 私は今まで、服もご飯も、全て孤児院で支給されているもので満たされていたし、それを疑問にも思わなかった。孤児院にいる子供の大半がそうだ。孤児院の年長組が稼いでくるお金は全てマニエに渡しているはずだし、そのお金は孤児院全体の食事や衣服などに使われるので、みんなお小遣いはほぼない。


 たまにもらえる、マニエのお使いや、仕事仲介・斡旋所の仕事のおまけのちょっとした心付け(チップ)をコツコツためてはいるが、考えてみれば、服を一着買えるかも怪しい。


「お小遣い、かあ。」


 さっき欲を出すのはやめると言ったばかりなのに、欲が口をついて出てしまう。


 “支給されているもので満たされていた”とはいうものの、当然、そうではないのが事実だ。欲しいものをあげればきりがない。しかし、欲しいものがあることに、ずっと気づかないふりをしていた。気づかなければ、我慢をせずにすむのだ。なんでもかんでも我慢しなければならない環境で、なんでもかんでも我慢しようと思うと、辛いだけだから。


 そんなネガティブな思考をいったんリセットするために私はパチパチと両頬に軽く手をあてて、これからどうするかを考えようと思った。


 1回で3個魔素クリスタルが生成出来るようになったということは、1日に作れていた魔素クリスタルの数が倍になるということだ。それからさらに1時間頑張れば2個増える。


 テスター様に卸す魔素クリスタルは、多くても、少なくても定額だ。だから、1日に10個作れるようになっても、金額は変わらない。


 それなら、そのうちの何個かは、あの、キーレスとかいうおじさんに売れば――


 ふと、脳裏に、恩人であるテスター様の笑顔がよぎった。


 あの人は、私の能力を見出してくださって、魔素クリスタルの生成を教えてくださって、しかも買い取ってくださっている、私と孤児院の大恩人だ。

 テスター様を裏切った事が知られてしまったら、私は嫌われるかもしれない。

 それに、裏切りによって、今後魔素クリスタルを買い取ってもらえなくなって、それで私がこの孤児院に居られなくなるかもしれない。


「…………。」


 それを考えると、恐ろしくてどうしても魔素クリスタルを売る気にはなれなかった。

 私は、それからリネッタがお散歩から帰ってくるまで、完成した6個の魔素クリスタルを見下ろしながら、静かに唇を噛み締めていた。

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