シャーリィ王女とジャノワール第二王子
シャーリィ王女と第二王子、そしてセシアルとヴェスティ、さらにはアーヴィンまで乗せ、馬車が十数台も連なりさらには数百の聖騎士の騎馬隊を従えた大規模な一団は、文字通り街道を封鎖しながら西へと向かっていた。徒歩の旅人や商隊、傭兵たちの乗り合い馬車がすれ違うための幅しかない長閑な田舎の街道を埋め尽くす聖王国の旗を掲げた馬車と聖騎士たちの長蛇の列は、聖王国の国民にとって異様な光景だった。
一団から数キロ離れたあたりに、王族の行列が通るという先触れを出しながら街道を走っている聖騎士たちはいるものの、通り抜けるどの領地でも領主への通告などをしている様子はない。
予告のない突然の街道の封鎖は領地によっては死活問題になるはずだが、この度の通過に際しては、どの領主も苦言を呈する使者を送りつけてくることもなければ、王族が領地を通るというのに是非我が屋敷へと誘ってくることもなかった。
武装した聖騎士たちの行軍は戦争をしに行くようにも見え、平民たちは恐れおののき、領地を護る兵士たちも何が始まるのかと困惑していたが、それだけだ。ほとんどの領主や代官たちは顔を見せに来ることすらなく、大きめの街で休憩中の王族2人に挨拶に来たのはたまたま近くに屋敷があった領主が1人と、代官が2人だけだった。
アリダイル聖王国の二番目の王子であるジャノワールにとって突然始まったはずのそれは、不自然なほどひどく順調な道のりだった。まるで、事前に領内を武装した兵士を連れた馬車が通ることを知らせていたようである。いや、実際、知らせていたのだろうが。
ジャノワールは、馬車の向かいに座るシャーリィに胡乱な目を向けた。
「お得意の根回しか?さすがにこの兄も驚いたよ、一癖も二癖もある領主たちが、派閥関係なく、王族とはいえこの人数の聖騎士を引き連れて領地を通過するのを黙認しているとは。これだけの大所帯だ。いつから計画していた?」
「もう、お兄様ったら……。」
シャーリィはそっと頬に手を当てて、小さくため息を吐いた。
「私自身はほとんど何もしておりません。根回し……そういったことで動いているのは、主にセシアルや錬金術師様でしょう。この旅自体は、お父様主体で前々から……いつからかは知りませんけれど、計画されていたのです。けれど魔人の討伐や捕獲のために延期になって……。
もう何年前かはわかりませんけれど、魔人の捕獲よりも前に、お父様から、私と聖騎士たちが領地を通過するという先触れは出されていたと聞いていますし、領主のみなさまも心の準備くらいはされていたと思います。ですが……流石にこの大人数……私もどこからかは反対の声が上がると思っておりました。」
シャーリィはぷくりと頬をふくらませ、「セシアルが突然お兄様を連れてきたときには、とっても驚いたのよ。」と可愛く睨む。
「当然、魔人の処刑なんて予定にはありませんでしたし、人数だって今よりもっと少なかったはずです。」
そして、視線をやや伏せ、胸に手を当ててぽつりとこぼした。
「けれど、本当にみなさまが私に期待をして、口を閉じてくださっているのなら……、とり……さねば……。」
しかし、そんなシャーリィの言葉はジャノワールには届かなかった。シャーリィの言葉など端から聞く気がなかったジャノワールがフンと鼻をならして、そこで会話が途切れたからである。
ジャノワールが、別のことに気を取られていたというのもある。この旅でジャノワールは、偉業を成さねばならないのだ。
——魔人を処刑すれば、聖王様のご興味は必ず惹けます。
ちらりと大仰な装飾のついた縦長の箱に視線を向け、ジャノワールは錬金術師の言葉を思い出して口元を緩ませた。
セシアルと錬金術師は、ジャノワールが生まれる前から城に滞在している怪しい2人組だった。
しかし聖王は信用しきっているうえに、なぜか身分が服を着て歩いているような城に勤める高位貴族らからも一目を置かれているため、おそらく他国の王族かよっぽどの要人なのだろうとジャノワールは考えていた。
特に錬金術師の作る薬は効果が高く、御薬と呼ばれる錬金術師手製の薬が入ったハーブティーや食品は、貴族の老若男女問わず絶大な人気を誇っている。
そんな錬金術師が声をかけてきたのだ。単刀直入に、王位に興味はありませんか、と。
もちろん最初は疑った。錬金術師は、ジャノワール以外の兄妹にも取り入っているからだ。
しかし、ジャノワールにはそれに縋らなければならない事情もあった。
ジャノワールには、妹であるシャーリィの他に一人の兄がいる。すでに現聖王の補佐をしている、アイダハル第一王子だ。
現在この国には王太子はいないが、アイダハル派とシャーリィ派の貴族が二大派閥になって王太子の座を争っており、自分の派閥はそれらと比べるとやや劣勢であった。
なぜならば、このアリダイル聖王国は貴族の派閥の結びつきが恐ろしく強く、滅多なことでは派閥を変えないのだ。
しかし、シャーリィが生まれたことだけは伝えられたあとに聖王によって王城の奥深くに隠され、もったいぶって10才あたりでお披露目されたとき。シャーリィの姿を見た、アイダハル派やジャノワール派だった貴族たちが次々とシャーリィ派に鞍替えした。
それはジャノワール派を簡単に追い越しアイダハル派を脅かす派閥にまでなった。ジャノワールにとっては悪夢のようなできごとだった。それまでは、ジャノワールの派閥はアイダハルと同程度だったのだ。
ジャノワールは兄には知能で劣り、妹には容姿で差をつけられていた。知能ならば年齢差もあるしまだ努力の範囲でなんとかなるかもしれないが、妹のあの“歴王と同じ”とされる横にやや伸びた耳はどうすることもできない。
特別な形の耳に、老婆のような白く長い髪と死人のように見える白い肌も相まって、シャーリィの容姿はひどく幻想的に見えるらしいのだ。シャーリィ派の貴族たちは、その姿をまるで精霊の化身のようだと称えているらしい。……ジャノワールには理解できないが。
そして、ジャノワールがその2人に勝っているものといえば、武力である。
武器の扱いに長け、なおかつ優秀な魔術師でもあるジャノワールは、アイダハルとの模擬戦では常に勝利を収めている。しかし戦争もない今の時代、その武力は持て余されているのが現実だった。
このまま政権争いの圏外にいれば、ジャノワールはいずれ王族の籍から抜かれ、どこかの貴族の婿になるだろう。生まれ持った権力も培った武力も学びも何も役に立たない、王族として生まれた血だけが自分の価値のような入り婿など……しかもそれは兄か妹の家臣になるということで……想像すらしたくない、屈辱だった。
だから——聖王都に魔人が出たと聞いたときは、恐怖より先に自分の活躍の場ができるという喜びのほうが勝った。しかし、1日もしないうちにセシアルの子飼いのものが捕らえたと聞いて愕然とした。魔人はそんなに弱いものだったのか、と。
魔獣や魔人など、聖騎士や周辺国が騒ぐほどのものではなかったのだ。今回捕らえて処刑するのは、数十年前にとある国の領地を焦土と化し、数年前に連合王国に聖騎士団が出向いて傭兵たちも駆り出したにも関わらず取り逃がした魔人だとのことだ。
聖王都からは魔獣の森も遠く、数百年に渡り戦争も無かったせいで、聖騎士団の者たちはなまくらになってしまっている可能性があるだろう。
……ないとは思うが、帝国が領土拡大に動き始めれば歴王のいない聖王国などあっという間に踏みならされ、属国にされてしまう。魔人の処刑が終われば、自ら先頭に立って聖騎士らを鍛えてやっても良いかもしれない。
武力だけでは、権力は集まらない。
しかし、国防を憂い、聖騎士の実力を底上げし、最終的には獣人どもの力を使わなければならない魔獣の巣の管理も人だけでできるようになれば、国から獣人を追い出したその功績で、聖王自らジャノワールを王太子に指名する可能性さえある。冗談のような話だが、今の聖王なら言い出してもおかしくはない。
兄であるアイダハル第一王子はもうすでに30才近いし、王子妃も子どももいる。それでも聖王が王太子を決めかねているのは、妹のシャーリィと迷っている訳ではない。おそらく、2人とも獣人への憎しみが足りないからなのではないかとジャノワールは考えていた。
普段は温厚で落ち着いている聖王も、獣人や現歴王のこととなると途端に狂ったように怨嗟の言葉を吐き始めるのだ。アイダハルもシャーリィもそれについては同意はしているものの、そこには聖王への慈しみしかない。怒りが足りないのだ。
この国では聖王の言葉が絶対だ。だからこそ、どんなに貴族たちが声を揃えて王太子を決めろとせっついても、未だに王太子が決まらない。逆に言えば、派閥の力が弱いジャノワールはそこを狙わなければ王太子にはなれない。
魔人の処刑を王太子となる足がかりにするのだ。いかに捕らえられているといっても、魔人は魔人。ここ何十年と、魔人を捕獲はできても討伐を成した者はいない。
なぜならば、魔人は心臓を貫いても死なないからだ。特別な剣で、正確にある一点を貫かなければならないという。捕らえられているとはいえ魔人の身体は強靭で、兄であるアイダハルでは到底、核を割ることはできないと錬金術師は言っていた。
歴王がいないこれからの聖王国には、あなたのような強い王が必要だろう、とも。
箱から窓の外に視線を移し、ジャノワールは外を睨みながら、魔人の討伐を足がかりにしたあと、まずは聖騎士たちをどう鍛えるべきかと考えを巡らせ始めた。




