8-1 キースと薬草 2
今日は、薬草の一番先端にある柔らかい葉っぱを茎ごと摘み、あとは根本の2枚の葉っぱだけを残して全部刈ってしまおうということになった。
根本の大きな丸い葉っぱは残しておかないと、根だけでは新芽が伸びないとのことだ。他の雑草はできるだけ抜いて、隅っこにまとめて放置しておく。
「これから、摘みに来た時はちょこちょこ雑草を抜いたり、日が当たらなくなってきたら上の方の枝を切り払ったりするといいよ。高いところの枝が邪魔だったら木を切ったりした方がいいんだけど、まあそれはリネッタには難しいかもなあ。
あと!これが一番大事なんだけど、誰かに後をつけられてないかだけは、本当に気をつけてね。薬草の場所が目当てのヤツもいれば、人攫いが目当てのヤツだっているんだから。王都の中に居ても攫われるってことは、王都の外はもっと危ないってことだからね。
それに、ここには小牙豚や一角犬だって出るから、最低限の武器は持っておいたほうが良いよ。リネッタは小柄だし、短剣とかね。まあ、あいつらは木に登れないから、木登りの練習をしておくと、いざというときに逃げることが出来るよ。」
「そうね。」
適当に相槌を打ちながら、私は考える。
ここは、暦王とかいうこの世界の王のトップに立つような人の国の、しかも王都だ。そんなところで人攫いがこんなにも身近に横行しているというのは、いかがなものなのだろうか、と。
守護星壁は王都に害成す力を判別するというが、それは建物に対してだけなのだろうか?建物だけがあっても、人々がいなければ国は成り立たないと、私は思う。
「この薬草は、明日の朝から夕方まで太陽に当てていればあっという間に乾くからね。明後日にはもう売れるようになるよ。」
薬草をプチプチと摘みながら、キースは色々な事を教えてくれる。
「そういえば、ヨルモに聞いたんだけど、リネッタは魔法陣が大好きなんだってね。この薬草は回復薬の材料なんだけど、回復薬を作るときにも魔法陣を使うんだよ。」
「そうなの!?」
私が勢い良く振り向くと、キースはびっくりして尻もちをついてしまった。その体勢のまま目をまんまるにしてこちらを見ている。
手を差し出してキースを引っ張り起こすと、尻餅をついたことが恥ずかしかったようで、お尻をはたいているキースの顔は真っ赤になってしまった。なんだか悪いことをしてしまった気がする。これからはちょっと気をつけよう。覚えていたら。
「大丈夫?」
そう言って顔を覗き込むと、キースは「だっだだ大丈夫大丈夫!どこも怪我してないから!」とまくし立ててから「ほ、本当に魔法陣、大好きなんだね。」と続けた。
「あ、リネッタが魔法陣に興味があるっていうのは、ヨルモに聞いたんだよ。」
ヨルモが気を利かせてくれたらしい。ありがたく魔法陣の事を根掘り葉掘り聞かせてもらうことにしよう。
「もちろん回復薬を作るのに使う魔法陣も気になるし、キース君が狩りの時に使っているっていう魔法陣も気になっていたの。きっと、私の魔法陣好きはキース君が思っている以上だと思うわ。だって私、魔法陣を眺めているだけでも幸せになれるもの。」
さらに言えば、回復薬という存在そのものも気になる。魔素が毒だと思われているのだから、魔素を凝縮した飲み物である魔素補充液のようなものではなく、傷薬のような治癒効果のある薬だろう。もしその回復薬に即効性があるのなら、もしかしたら魔法陣の効果が付与されているのかもしれない。すごく気になる。
「狩りに使う魔法陣? あれはすごく初歩的なやつだよ。そこらへんに落ちてる枝とかで、地面に魔法陣を描いて発動させておくだけ。小牙豚は基本的には真っ直ぐにしか突っ込んでこないから、僕が逃げながら魔法陣の上に誘導してやると、魔法陣が発動してビリッて痺れるんだ。あとはそれを何回か繰り返して、最後は痺れすぎて動けなくなった小牙豚に止めをさしたら終わりさ。」
どうやら、狩りに使うのは気絶の魔法に近いもののようだ。踏んだら発動するというのが面白い。詠唱魔法は基本的に待機させることはできないのだ。
「回復薬を生成する魔法陣は、僕には分からないなあ。そこまで質の高くないものなら、僕のお父さんの店で取り扱ってるから、たぶん王都のどこかで作られてるんじゃないかな。」
私が人だったら、その商店に行ってみて魔法薬を観察することも出来るかもしれないが、獣人にはちょっと難しそうなので、これは後回しすることにするしかなさそうだ。
とりあえず今はキースが使っている“初歩的”な魔法陣について聞いてみることにしよう。
「その初歩的な魔法陣は、どこで習えるのかしら……。私も、魔法陣を習ってみたいの。」
「えっリネッタが?」
「そうよ。」
「うーん、僕が魔法陣を習ったのは、魔術師協会の魔術師様だよ。魔法陣の発動のやり方からはじまって、これからしたい仕事に使えそうな魔法陣、あと、魔素クリスタルの生成を教えてもらえるんだけど、お金払わないといけないんだよ。銀貨5枚、だったかな?あ、でも、魔素クリスタル生成が出来たらタダになるって魔術師様が言ってたなあ。魔法陣講座は国主催のもあるけど、そっちはどちらかというと生成師を見つけるのがメインみたいな感じ、かな。」
金額は問題ないのだが、魔術師が獣人に魔法陣を教えてくれるかはかなり怪しい。さてどうするか。
と、手際よく雑草を抜いてまとめていたキースは、作業の手を止めて、曇った表情でこちらを振り返った。
「その、あのね、リネッタ。……その……。」
「どうしたの?」
キースは何かしら言いたいことがあるらしい。なかなか口に出さずもじもじしている。しかし、しばらくすると意を決したようにこちらを見て、口を開いた。
「あのね、リネッタ!すごく言いにくいんだけど、その、獣人はね、魔素に適応してないんだ……。だから、例え銀貨5枚払って魔法陣を習えたとしても、発動できない、と、思う、よ……。」
その申し訳無さそうな顔と声に、私は思わず吹き出してしまった。何を今さら、とカラカラと笑う私に、キースは首をかしげている。
「もちろん、それはヨルモに何度も言われているし、ロマリアにも言われたし、孤児院の院長のマニエさんからも言われているから大丈夫よ。」
「えっそうなの?」
「私は、ただ、色々な魔法陣を知りたいだけなの。でも、ロマリアは忙しいし、ヨルモやマニエさんは魔法陣が扱えないから、誰に魔法陣のことを聞こうか困っていたところだったのよ。」
「なあんだ、そうだったのか。まあ、獣人だからね。……と、よし、この辺でいいかな。」
バサっと雑草を一箇所にまとめて山にして、キースは立ち上がった。
「あとはまあ、ここに来るまでに枝を幅広く払ったし、踏み固めておいたから、次来るときは迷わないとは思うけど、もし不安だったらまた道を聞いてね。道が分からないまま森を進まないように。そのうち、景色を覚えてくるから、そしたらさっきの僕みたいにスイスイ進めるからね。」
「分かったわ。ありがとう。」
「それと、魔法陣のことだけど、協会の魔術師様に教えてもらった魔法陣くらいなら教えてあげてもいいよ。発動できるかはわかんないけど、リネッタは見てるだけでも楽しいんでしょ?」
「いいの?」
「もちろんさ。とりあえず、森から出よう。ここは狭いし、小牙豚が出るかもしれないし。一人のときも、薬草を摘んだらすぐに帰るようにするんだよ。危ないからね。」
キースはそう言って、私を連れて来るときに通って来た道なき道を戻り始めた。来るときに多少枝を切り払ってもらっていたので、帰りはかなり楽に進むことができ、すぐに森から出ることができた。




