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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
聖王国のリネッタ
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隠匿 0

 がちゃりという音に、ベッドの上で浅い眠りに落ちていた隠匿はゆっくりと目を開けた。

 まず最初に目に入ったのは、月明かりが差し込むように半分ほどカーテンが開けっ放しになっている、見慣れた窓。


 部屋の出入口付近に人の気配を感じ、身を起こしてそちらを見やる。この部屋は(あか)りの魔法陣さえ(とも)されないため、出入り口付近は暗いが、見れば淡い黄色の光を纏った小さな影――つい数時間ほど前まで話していたリネッタがそこにいた。隷属の魔装具は暗闇のなかぼんやりと少女の急所を浮き上がらせているが、暗さと月明かりに照らされた鉄格子のせいで、表情はよく見えない。


「……、……貴女、は……。」


 なぜ、このような時間に、一人で?……もしや、何も成果を得られなかったために隷属の魔装具で痛めつけられ、休むことも許されず改めて送り込まれたのだろうか?

 隠匿は心配を口に出そうとしたが、起き上がった隠匿を確認したリネッタが言葉を発する方が早かった。


「夜遅くに申し訳ないのだけれど、色々あって、ここには居られなくなってしまって。逃げることにしたのよ。だから、貴方も連れて行かなければならないわ。アーヴィンにそう頼まれたから。」


 平然とした声に、痛めつけられたわけではなかったかと安堵する。しかし、現実的ではない提案に、隠匿は眉尻を下げた。


「このような老いぼれなど置いて、一人でお逃げください。貴女なら、きっと一人なら逃げおおせるでしょう。」

「問題ないわ。」


 リネッタは事も無げに言いながら檻に近づき、月明かりに照らされながら顎に手をやり考える様子を見せた。


「別に音が出てもいい、けれど。……そうね。」


 ぶつぶつと何かを呟いたあと、リネッタは、す、と人差し指を鉄格子に向けた。するとその指先が淡い光を灯す。

 謎の光源に隠匿が目を(みは)っている間にも、リネッタはその指先に灯った光で檻に沿って流れるように大きめの魔法陣を描き始めた。月明かりと淡く光る魔法陣に照らされたリネッタの顔はどこか楽しそうで、隠匿は口を慎み、浮かぶ疑問を飲み込む。

 隠匿が神妙な面持ちでリネッタを眺めていると、唐突に、天井付近からぱきぱきと軽い音がしてパラパラとあたりに何かが落ちてきた。しかしリネッタは気づいていないのか興味がないのか、全く動じずに光で魔法陣を描き続けている。

 ほどなくして完成した、どういった原理でその場に残っているのかすらも理解できない光で描かれた魔法陣は、「いい感じだわ。」というリネッタの声に呼応するようにゆっくりと鉄格子に近づきはじめた。そして魔法陣は鉄格子に触れた瞬間、ぱっと僅かな光を散らして消え――同時に、魔法陣に触れていた鉄格子も掻き消える。


「……!?」

「よし。」


 音もなく唐突に消えた鉄格子に体を強張らせた隠匿など全く気にかけない様子で、リネッタは満足げに頷きながら、手で何かを払うような仕草をした、かと思えばその手の動きに合わせるように部屋の灯りの魔法陣が次々に灯る。途端に明るくなった部屋に目が眩みながらも隠匿が天井を見上げれば、ここ数年ずっと隠匿を閉じ込めていた魔法陣のいたるところに亀裂が入り、その輝きが失われていた。


「……、は、……。」


 理解が追いつかないまま事が進んでいくので、言葉が出ない。リネッタに何かを問おうとしたが、何から問えばいいのか、何を問えば良いのか。問うたとして、はたして理解できるのか。隠匿の口から出たのはうめき声よりもささやかな、ため息のようなものだけだった。

 そんな隠匿を、にわかに明るくなった部屋の中、檻に丸く空いた穴の向こうから何の感情も抱いていないフラットな表情でリネッタが見ていた。


「……。」


 感じたのは、魔人になる前、仕えていた伯爵の嫡子であるアヴィエントが、眼前で燃え上がる屋敷に一人取り残されていると知った瞬間のような、心胆を寒からしめる心の震え。

 長く生きてきて多くのものを見てきたが――理解できないもの、人知を超えたものにひどく久しぶりに感じたそれは、畏怖、だろうか?

 見た目は年端もいかない少女で、言葉も通じるし、攻撃的でもない。我々と同じに見える、が、しかし目の前にいるソレは、自分たちとは何かが決定的に違い、見えている世界も全く違うのだろう。だからリネッタは今まさに隠匿の眼の前で起こした様々な“あり得ない”事象についても、なんの感慨もないのだ。彼女にとってそれらは、決してあり得ないことなどではないから。


「さて、逃げましょう。この天井にある役立たずのまがいものから離れたら、貴方は刻印(スキル)が使えるのでしょう?……連れ出して欲しい人たちがいるの。だから、貴方を逃がすついでに、その力を貸してもらえないかしら?」


 リネッタの言葉に頷く。ベッドから降り、そこだけ存在が切り取られたような鉄格子の丸い穴をくぐる。消された鉄格子の断面は(なめ)らかで、まるでババロアをスプーンですくいとったあとのようだった。リネッタは隠匿が“檻”から出たのを見てとると、何も言わず部屋のドアから廊下に出たので、隠匿もそれに続く。


 リネッタは気配を消すなどということもなく、無言のままずんずん進んだ。隠匿も周囲の気配を探りつつ、ついて行く。ここは王城で、本来ならば夜中でも廊下を巡回する兵士がいるはずだが、夜に寝る必要のない魔人の拠点だからか、そういった姿はない。

 しかし、セシアルであれヴェスティであれ、それ以外のこの城にいる魔人であれ、誰かしらは起きているのではないだろうか。廊下の異様な静けさに、どこまでがリネッタの仕業で、どこからが偶然なのか、などという考えがよぎる。


 リネッタはさほど遠くない部屋の前で止まり、躊躇無くがちゃりと扉を開けた。

 リネッタの頭越しに部屋の中を見ると、そこは可愛らしい部屋だった。数人の子どもがベッドで寝ている。扉を開ける際に無遠慮に音がなったはずだが、子どもたちは起きる気配すらない。一番扉に近かった一人の寝顔を見ればそれは、普段隠匿の部屋に来ては思い思いのことをして時間になれば帰っていく、少女であった。


「彼女たちは……」

「貴方のために、セシアルたちが用意した餌でしょう?」

「そう、ですな。」


 ――セシアルもヴェスティも、結局、隠匿の枷が何かわからずじまいだった。当然だ、隠匿の枷に“少女”など全く関係ないのだから。

 隠匿は、自嘲気味にわずかに目を細める。自分のために少女たちが何人も犠牲になっていることはわかっていたが、枷を知られるわけにはいかなかった。自分ではどうしようもないと思いつつ、しかし役に立たなかった少女たちの未来を考えると、あまり良い心持ちではなかったことも事実だ。


「貴方を逃せば、彼女たちがどうなるかがちょっと、ね。彼女たちは、役目が終われば教会預かりになるとかなんとか話してたけれど……彼女たち全員を安全な場所まで連れていけるのでしょう?貴方のその、隠匿の刻印(ちから)ならば。」

「ええ、それはもちろん。」


 頷く。隠匿の刻印(スキル)は、全てを覆い隠すのも錯覚させるのも思いのままだ。たかが数人、どこまででも隠していける。


「彼女たちは、この城から出れば一人では生きてはいけないでしょうけど。」


 目を伏せるリネッタに、「そうでしょうな。」と隠匿も頷く。

 少女たちとは話すこともしばしばあったのでなんとなくは察していた。彼女たちは、社会で生きていくための知識がほとんどない。普通に育てば家族や友人と接することで自ずから理解できるはずのものが、ごそっと抜け落ちているのだ。喜怒哀楽に関しては、喜と楽しか知らないかもしれない。

 彼女たちが読んでいる本を見せてもらったことがあるが、美しい景色や、編み物や刺繍の教本、あとは、起承転結のないただただ幸せであるというおおよそ読み物としてはどこに面白みを見い出せばよいかわからない物語などだった。


「連れ出したあとは何も考えていないのだけれど。」

「そのあたりは、この爺めが何とかいたしましょう。」

「ありがとう、助かるわ。」


 聖王都内では難しいが、辺境……もしくは、他国ならば問題ないだろう。彼女たちは爺と世間話をしていただけで聖王国の内部情報をもっているわけではないので、国から追われる心配もあまりない。まあ、万が一聖王国の内部情報を持っていたとしても、隠匿である自分と一緒に逃げた時点で早々に捜索を諦める可能性のほうが高いだろう。

 ……彼女たちは、読み書きや簡単な計算が出来る。編み物や刺繍も出来る。それが、これから生きていくための大きな助けになるだろう。


 そんなことを考えている間にも、リネッタは寝ている少女たちを一人ひとり揺さぶり起こしていた。


「ほら、起きて。」

「……リネッタ?」

「ええ、さあ起きて、起きる時間よ。」

「うん、わかった。」

「おはようリネッタ。」

「リネッタ、遅かったね。」


 寝起きが良いのか何なのか、夜半過ぎだというのに少女たちはすぐに目覚め、ひどく従順にリネッタの指示に従ってきびきびと支度を始めた。着替えが始まりそうになり、隠匿はさっと部屋から出て、扉に背を預ける。


 さて、これから一体どうなるのか……、隠匿は、少女たちの衣擦れの音を聞きながら目を細めた。隠匿たる自分をただの老人たらしめていたあの忌々しい魔法陣からようやく解き放たれたのだから、セシアルとヴェスティにはこの数年のもてなしに対しての礼をしなければならない。

 まあ、今は可愛らしい少女らを逃がすことが最優先であるが。


「待たせたわね。」


 リネッタが扉を開けて、4人の少女を連れて出てきた。

 4人の少女は……まだ寝起きだからか、半ばぼんやりした顔でリネッタの後ろに立っている。昼間は様々な表情を見せる少女たちも、こうなると人形のようであった。


「さあ、城から出ましょう。」


 周りが寝ているとはいえ、リネッタの声量は、大きくもないが小さくもない。

 まあ、刻印(スキル)を使えばもう何にも気を使う必要はない。隠匿は静かに頷いて、リネッタを含めたその場にいる5人に刻印(スキル)を使った、のだが……。なぜか、リネッタだけはかすかに抵抗されたかのように、刻印(スキル)がかからなかった感覚があった。


「おや……?」

「ああ、まあ、そうね、バフみたいなものだし……。私のことは私でどうにかするから、問題ないわ。」


 リネッタはそう言うと、唐突に気配を消した。それが隠匿には――リネッタが、“自分で自分に隠匿の刻印(スキル)をかけた”ように見えた。


「これで大丈夫よ。」

「……。」


 隠匿は一度目を閉じ、何も気づかなかったことにした。

入院したりインフルになったりして大変お待たせしました、すみません。

命に別状はないので心身ともに元気です。

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