8-1 キースと薬草 1
朝、孤児院の門前で、私はキースと待ち合わせていた。
約束の時間まではもう少し合ったはずなのだが、私が孤児院を出たらキースはすでにそこにいた。
「今日はよろしくね。えっと、キース、君?」
私はそう言って首を傾げる。キースは大きく頷いて、私に親指を立ててみせた。
「任せてよ!」
この明るく元気そうなキースという茶髪茶眼の少年は、ヨルモの仕事仲間らしい。親は第三壁内で商人をしているとヨルモに聞いた。(ついでに森の奥には入るなと怒られ、さらに年上は呼び捨てにするなとも怒られた。)
魔術師のたまごなのだそうで、魔法陣のことも詳しいに違いない。楽しみである。
「じゃあ、早速行こっか!」
さらさらの金髪を風になびかせ、キースは慣れたように大通りを東へと歩きはじめる。
孤児院から第三壁の東門までは、さほど遠くはない。東門をくぐるときに、そこに居た兵士にキースが親しげに挨拶していた。大通りを歩いていた時も知り合いを見かけると挨拶をしていたので、どうやらキースはかなり社交的な少年のようだ。
それからは農民たちがせっせと働く畑を両側に眺めながら、2人並んで歩いて外壁の東門へと向かう。
第三壁から外壁までずっと続く畑には芋づるのような蔦が生い茂っていたり、瑞々しそうな葉野菜などが植えられていた。昨日も歩きながら思ったのだが、意外にしっかりと管理されているようで、外壁より内側の畑にはまったく荒らされたような形跡はない。
しかし、一歩外壁から外に出ると、獣に荒らされたのかスラムの住人が持って行ったのか、荒れた畑が目につくようになった。
キースいわく、外壁外にある畑は国の許可無く作られたものなのだそうだ。
もともとこの辺りは草原で、外壁内で飼育されている牧畜を放牧するための場所だったらしい。しかし、ここ数十年の間にスラムの住人などが耕して勝手に畑にしてしまい、そのせいで森から小牙豚などが出てくるようになり、それを追って一角犬も王都の近くに出没するようになってしまったのだという。
小牙豚は主に一匹で現れるのでまだ農民達だけでもなんとか対処することができるが、一角犬は集団で連携して襲ってくることもあるらしい。
狩人が飼いならして猟犬に使うこともあり、兵士や傭兵などならまだしも、農民や商人、子供などが出遭えば確実に死人が出る。
「小牙豚を退治してお金もらってる僕たちとしては、ありがたい話だけどね。ゆくゆくは、ヨルモと組んで一角犬退治にも挑戦してみたいなあ。」
キースはそう言いながらなぜか照れくさそうに笑った。
森の入口についたキースは、森に入らず、森を迂回するように北へと向かった。
そうして、少し迂回した所で「さて、こっからが大変だよ。」と、腰に吊るしていたナタを手にとった。ヨルモも同じようなナタを持っていたので、ナタは森に入る時の必需品なのかもしれない。
「久しぶりだからちょっと迷っちゃうかもしれない。しっかり付いて来てね。」
「分かったわ。」
キースは、ナタで目の前に飛び出している枝を切り落としながら森の中へと入っていった。私に合わせてくれているのか、森を進むスピードはだいぶゆっくりだ。
昨日の私はどんどん進んでもなぜか枝に引っかかることはなかったのに、今日はそうはいかないらしい。今日もフード付きのマントを羽織ってきたのだが、防御膜の魔法の範囲外にあるマントの端が枝に引っかからないように進むのは一苦労だ。
ちなみに、このマントに縫い付けられている魔法陣はすでに効果を調べてあり、発動も問題なく出来ることを確認している。
このマントの魔法陣には、どうやら、羽織っているモノを人目につきにくくするような効果があるようだった。簡単にいえば、影を薄くする事ができるマントである。もちろん、見えなくなるわけではない。
昨日の夜に孤児院の廊下で試した結果、廊下の真ん中に立っているとすぐに気づかれるが、廊下の少し暗いところに立っていると気づかれないかな?くらいの効力だった。
途中でなぜかマニエが現れて怒られてしまったので詳細までは調べられなかったが、髭もじゃ男のジャルカタが言っていたとおり、本当におまじない程度の能力である事だけは確かなようだ。
もちろん、今朝から防御膜の魔法と合わせて、このマントの魔法陣も発動させてある。キースは私から挨拶した時点で完全に私を認識しているので魔法陣の効果はないが、町を歩いているときにはあまり視線を感じることなく歩くことが出来た。効果はおまじない程度でも、私にはとてもありがたいマントだ。
「ねえ、そういえば、キース君。この前ね、混色って言われたんだけど、混色ってどういう意味か分かる?」
「まぜいろ?」
森のなかを進むキースに声をかけると、キースはわざわざ足を止めて、私を振り返ってくれた。
「んー、混色っていうのは、髪の毛の色と耳や尻尾の色が全然違う獣人の事、だったと思う。リネッタは髪の毛は僕と同じ金髪だけど、耳や尻尾の色は焦げ茶だよね。それって実はすごく珍しいんだよ。」
「ああ、なるほどね。」
確かに、ヨルモは耳と髪の毛の色が同じだ。街を行く獣人もそうだったような気が……いや、あまり気にしていなかったので全然覚えていない。私は、後から耳や尾が生えたから別の毛色になったのだろうか?珍しいということは、突然変異的なものなのだろうか?不思議だ。
「だから、そうやってフードを被ってるのは良いと思うよ。自衛としてね。目立っちゃうと、やっぱり色々面倒なことが起こるから。」
「そうね。」
話し終えると、キースはまた黙々と枝を切りながら進み始めた。
ほどなくして、薬草が生えているという場所についた。が、様々な草がぼうぼうに生えていて、私にはどれが薬草なのか見当もつかない。
「あー、やっぱり結構大きくなっちゃってるなあ……一回全部刈らなきゃ。」
キースがナタの背で肩をトントン叩きながらぼやく。
「育ちすぎると駄目なの?」
「薬草はね、若葉の方が質がいいんだよ。あと、背の高い雑草が結構茂っちゃってるから、薬草に陽の光が当たりにくくなっちゃってるね。」
「そういうものなのね。」
「とりあえず、薬草の新芽を探して採っちゃおうか。それから雑草はできるだけ抜いて帰ろう。薬草の見分け方はね……」
キースは雑草をかき分けて、薬草を見せてくれた。
薬草は、地面に這うようにして手のひらよりも大きな丸い葉っぱが2枚あり、その上に何本かの細い茎が上に伸び、その先は緑色の花のような形をしていた。キースによると、この花に見える部分が新芽らしい。育つと更にその中心から茎が伸びて、新たに新芽が出る。
そうやって上へ上へと伸びていくうちに、地面に近い方の茎は太く固くなり、花のようだった葉っぱも大きく厚くなる。そうして太くなった茎や厚くなった葉は、薬草としての質が落ちてしまうそうだ。




