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隣世界のリネッタ  作者: 入蔵蔵人
聖王国のリネッタ
289/295

セシアルとリネッタ 2

 隠匿(いんとく)を説得しろと言われた、その夜。隠匿(いんとく)の部屋に迎えに来たセシアルは、私を自らの執務室につれていき、さも当然であるかのように来客用だというソファに座らせた。そうして、セシアルが手ずからお茶を淹れてくれる。まるで私がお客様のようである。


隠匿(いんとく)の説得はうまくいきそう?」


 自らのお茶も入れ、対面のソファに座って一息ついたセシアルがそう切り出した。


「今のところはどうとも言えません。隠匿(いんとく)と話していて思ったのですが、一概に協力といってもいろいろあるので……隠匿(いんとく)はどのようなことを“協力”すればいいのか私は知りませんし、なぜ隠匿(いんとく)が貴方がたを拒んでいるのかもわからないので、そのあたりを教えてもらえたらもう少し話せるかなと思うのですが。」


 何をどう協力するのかもわからないのだから、説得のしようがないのも仕方のないことだろう。そもそもセシアルは、何にもわからない私がどう説得するのだと思っていたのだろうか……?


「たしかに……そう、だけど。いや、そうだよね。なんか君と話してると、うっかりね、君が、どう言えばいいのか、力業でなんでもできてしまえるように見えるんだ。不思議だね、見た目に反して肝が座っていて大人びているからかな?

 隠匿(いんとく)のことだって1回しか会ったことがないってちゃんと言っていたのに、本当にうっかりしてたよ。」

「わりと苦手なことも多いですよ。」


 人の名前を覚えるとか。

 それを聞いたセシアルは、くすくすと笑った。


「ごめんごめん。えっとね、隠匿(いんとく)が持つ刻印(スキル)は、姿を変えて見せるだけでなく、完全に姿や気配を消すことができるんだ。彼は魔人(ドイル)だから、魔人(ドイル)を見抜く特別な魔法陣の範囲に入るとバレてしまうけど、それ以外の場所では完全に隠れることができる。しかも、隠匿(いんとく)だけでなく、隠匿(いんとく)が指定した人や物を隠すことも可能だ。」

「では、隠匿(いんとく)に協力させたいことというのは、どこかに忍び込むようなことですか?」

「ううん、僕たちが必要としているのは、どちらかというと物を隠すほうの力かな。詳しく話すことは出来ないけど、簡単に言うとね、あるものを運ぶときに、それを別のものに見せてほしいんだ。」

「別のものに見せたい、ですか。」


 隠匿(いんとく)刻印(スキル)はそういう使い方もできるのか……、と、私は中身を見えなくするために魔素がもっこもっこに詰め込まれた木箱を想像しながら甘めのお茶に口をつけた。


 非合法の何かや盗難品なんかを密輸したいとかならたしかに隠匿(いんとく)刻印(スキル)は便利だろうが、そういうのって、お金儲けのためにするものではないのだろうか?この聖王国を乗っ取ってまでするような……まるで人のような金儲けのしかたをしなくても、乱暴な話だが、魔人(ドイル)なのだから力尽(ちからず)くで奪ったほうが楽なのでは?

 それ以外で中身を隠してどこかに運びたい、というと……武器とか?どこかの国に武器を横流しして勝たせて、自分たちも利を得たい、みたいな。いやでも結局これもお金儲けの一種である。

 魔人(ドイル)にお金が必要なのだろうか。魔人(ドイル)にとっての利とは一体何なのだろう。


「少しは、説得するヒントになった?」

「あ、はい。でも、物を隠すくらいなら、どうして隠匿(いんとく)は協力を拒んでいるのですか?」


 私がそう聞くと、セシアルはやや渋い顔をした。


「彼は……というか、隠匿(いんとく)、アヴィエント、あと他にも何人かいて、それをまとめてるのがギギアードという魔人(ドイル)なんだけど、知ってる?」

「……名前だけは。」


 ギギアード。アーヴィンの真名にも刻まれていた、アーヴィンの魔人(ドイル)化に関わった人物の名前だったはずだ。


「そのギギアードの一派はちょっと他の魔人(ドイル)と毛色が違っていてね、異端、というか。彼らは、一定以上の殺生を好まないんだよ。」

「一定以上の、殺生……?」

「そう、例えばアヴィエントと隠匿(いんとく)は、2人の復讐が果たされた時点で“一定の殺生”が終わったらしいよ。だから、それ以降はほとんど誰も手にかけていないはずだ。まあ、そんなことをしても過去は変えられないし、今でもアヴィエントと隠匿(いんとく)は危険度ランクSSの天災級魔人(ドイル)だけどね。」

「それはそうでしょうね。」

「……だからさ、僕たちに協力するということは、自分のせいで誰かが不幸になること……とでも考えてるんじゃないのかな、隠匿(いんとく)は。今まで何千人と不幸にしてきたっていうのに、おかしいよね。」


 呆れたように、セシアルが肩を竦めてみせた。


魔人(ドイル)として生きる覚悟がないなら、復讐が終わった時点で死を選ぶべきだよね。」


 ぼそ、とセシアルが小さな小さな声で付け足したようにつぶやく。

 そのかすかなつぶやきをしっかりと聞き取れてしまった私は、セシアルとアーヴィンたちとでは、魔人(ドイル)という存在の捉え方や、魔人(ドイル)としての在り方が違うのだろうなと思った。いわゆる十人十色というやつである。


隠匿(いんとく)が協力を拒んでいる理由は理解しました。……あとは、そうですね、私が来る前、隠匿(いんとく)に提示していた協力に対する報酬のようなものとかはなかったんですか?」

「もちろん、(かて)……いや、リネッタはそもそも魔人(ドイル)(かせ)について知らないんだっけ?

 魔人(ドイル)はね、人から魔人(ドイル)に成ったときに、それぞれ精神的な(かせ)をはめられるんだ。その(かせ)が、魔人(ドイル)魔人(ドイル)たらしめている、と言われてる。例えば君の“友だち”のアヴィエント。彼は生きものを燃やせば、限度はあるけど、魔人(ドイル)としての能力が上がる。それは、彼の(かせ)が炎だからだ。」

魔人(ドイル)は……(かせ)で指定された行動?を取ると、魔人(ドイル)としての能力が上がる……。」


 アーヴィンにも聞いた話だが、やはりいまいちピンとこない。魔人(ドイル)としての能力が上がる代償として破壊活動をするのは、本当に意味不明だ。

 刻印(スキル)を使えば使うほど上達するのなら分かるが……実際のところも、刻印(スキル)をたくさん使ったからその能力が上達しているだけという可能性もあるかもしれないし、そちらの方がまだ現実味がある。


「その(かせ)で指定された行動を取ると、魔人(ドイル)として生きるための(かて)を得ることができる。魔人(ドイル)(かて)を得ることは、人や獣人、動物たちが食事をするのと似てるんだ。」

「だから、“(かて)”というんですね。それで……隠匿(いんとく)への報酬も、(かて)だった?」

「うん、その予定だったんだけど、隠匿(いんとく)(かせ)が何なのかわからなかったから、(かて)を用意するのもなかなか難しくてね。幼い少女が鍵だというのはみんな知ってるんだけど、具体的な内容は誰も知らなくて。」


 そう、困ったように笑うセシアル。あの子ども部屋の少女たちは、隠匿(いんとく)を釣る餌だったらしい。

 というか、幼い少女が鍵となる(かせ)ってなんだ……?アーヴィンの(かせ)と違いすぎるし、その幼い少女が鍵となる(かせ)でどうやって(かて)を得て?……(かて)を得るということは、隠匿(いんとく)が強くなるということのはずなのだが、……それ、どういう状況???

 私の頭の中がはてなで埋め尽くされても、セシアルの言葉は続く。


魔人(ドイル)にとって、(かて)は嗜好品のようなものでもあって、それを得るというのは本来ならば抗いがたい衝動で、目の前にあると思わず手に取ってしまうような、甘美なごちそうなんだ。だから、隠匿(いんとく)(かせ)がわかれば協力させやすかったんだけど、まーあ、強情でね。

 それでもここ最近、あの4人に世話を任せてから精神的に不安定になりはじめたから、今いる4人の少女のうちのどれか、もしくは全部いっぺんに(かて)としての素質があるんじゃないかなって思ってるんだけど、そこからもなかなか進まなくて。」

「……アーヴィンにとっては、燃やすことが、“甘美なごちそう”なんですか?」

「うん?うん、そうだよ。でも彼は、それをよしとしないみたいでね。ずっと我慢してるみたい。」

「そうなんですね。」


 普段のアーヴィンを見るにそうとは思えないが、実際は痩せ我慢をしているということだろうか。考えてみれば、魔法陣を改変したときも彼はわりと(・・・)我慢強かったので、そうなのかもしれない。アーヴィンは頑張っているのだろう。


「……リネッタ、今度は僕からの質問だ。嘘はだめだよ。」

「はい。」


 セシアルがソファの背にもたれて、こちらを見ている。私はカラになったカップに自分でお茶を足して、ひとくち飲んだ。ミルク入りのお茶は甘くて美味しいし、寝る前にぴったりだ。


「お前さ、自由だよね。怖いもの知らずっていうか。……まあいいけど。

 リネッタ、君の精霊の祝福(ギフト)について、聞かせて?……君は精霊の祝福(ギフト)で、どんなことができるの?今まで、魔人(ドイル)を見抜いたり、隠匿(いんとく)刻印(スキル)を見破ったりしてきたみたいだけど、他にできることは?」

「わかりません。」


 精霊の祝福(ギフト)でできることなんて、私は何もわからない。当然だ。そもそも私はそんなもの持っていないのだから。


「わからない?」

「わからないです。私は、精霊の祝福(ギフト)を使っているという意識がないので。」

「……意識が、ない。それって、精霊の祝福(ギフト)を使おうと思って発動させているわけではなくて、自動的に発動しているってこと?」

「そもそも、精霊の祝福(ギフト)がどういったものかも知りません。昔から“できるからしている”。それだけなんです。精霊の祝福(ギフト)を使っているという自覚はないです。」

「子どものうちは、精霊の祝福(ギフト)が無意識に発動してしまうことはわりとよくあることだけど……。」


 うーん、とセシアルが考え込むその目の前で、私は、精霊の祝福(ギフト)って使おうとして使うのが普通なんだなあ、などと思っていた。魔人(ドイル)(かせ)(かて)と同じように、精霊の祝福(ギフト)にも謎が多い。というか、私はまだ精霊の祝福(ギフト)を持っている人に出会ったことがないのだ。

 カトリーヌによれば、実際に使えるようになるまでには年齢の開きはあるものの、精霊の祝福(ギフト)は生まれながらに持っているもの、らしい。認識阻害がある魔法陣を写すことができるのは、それ専用の精霊の祝福(ギフト)を持った職人だけ……とかいうのは聞いたことがあるが、それ以外でどういった精霊の祝福(ギフト)があるのか、私は知らない。

 魔法陣の職人が持っているくらいなのだから魔人(ドイル)よりかは数は多いだろうが、精霊の祝福(ギフト)に関しては接点がまったくないので、いつか実物を見てみたいなと思っている。


「それじゃあ、どうやって僕を魔人(ドイル)だと見破ったの?」


 お茶のカップを口元に運びながら、セシアルは首を傾げた。


「すべての魔人(ドイル)がそうかは分からないんですが、魔人(ドイル)刻印(スキル)を使うときに魔法陣が浮かび上がることがあるみたいで。お屋敷でセシアル様の目を覗き込んだとき、瞳にアーヴィンに似た魔法陣が浮かんだのがちらりと見えたので、魔人(ドイル)かなと思っただけです。ですからあのとき、見破ったわけではないんですよ。魔人(ドイル)だと知ったのは、そのあとにアーヴィンが教えてくれたからです。」


「……魔法陣が浮かび上がった?」

「そうです、目の中に魔法陣が見えました。」

「僕の目の中に、魔法陣が?……気づかなかった。」


 セシアルは、自らの右目のまぶたに触れて、不思議そうにしている。


「アーヴィンは魔装化中、ずーっとでかでかと背中に魔法陣が浮かんでましたけど、本人も気づいていなかったので、魔人(ドイル)の魔法陣は私にだけしか見えないのかもしれませんね。」


 まあ、ほとんど魔素に近い淡い光だったので、カトリーヌの兄であるクロードならばかろうじて見えることがあるかも、くらいだろうか。


「つまり、それが君の精霊の祝福(ギフト)の力……かもしれないと。」

「……。」


 私は曖昧に微笑んだ。精霊の祝福(ギフト)の力ではないことは確かなのだから、ここで同意はできない。


 ……あれ?今、チャンスなのでは?

 ふと妙案を思いついた私は、「そうだ。」とぱちりと両手を合わせた。


「あのときセシアル様がしようとしていたことを、もう一度してもらえませんか?そしたら、私ができることが、もうちょっとよくわかるかもしれません。試してみませんか?」

「は?」

「あのとき、セシアル様、私に刻印(スキル)を使おうとされてましたよね?」

「え、あ、うん。そう、だけど……。」

「セシアル様の目に浮かんでいた魔法陣、気になりませんか?」

「……うーん。」


 セシアルは迷っているようだった。もうちょっと押せば、見せてくれるかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] やだ!セシアルの貞操が奪われちゃう!
[良い点] 某所でおすすめされて一気読みしてしまいました。とても面白いです。 [一言] ヤメロー!ヤメロー!その誘いは深淵への誘いだぞー!ヤメロー!
[一言] なんというか、這い寄る混沌に興味深げに観察されてる現地魔王的な・・・
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