魔法陣>隠匿
わりとお腹が減っていた私は、臭くないひとくち大のお菓子をぽいぽいと口に放り込み、ごくごくとやや甘めのさっぱりしたお茶を飲み干して、さっさと立ち上がった。とにかくあの魔法陣が気になる。
「それは、隷属の魔装具……発動済み、なのですな。」
「ええ。」
鉄格子に近づいてきた私に隠匿がポツリとこぼしたので、私は頷く。
この魔装具、少女たちは“光るアクセサリーできれい”などと言っていたけれど、細い鎖は割と長めとはいえしっかりと両手を繋ぎ、さらには両手を繋いでいる鎖から伸びたもう一本の鎖が首をも繋いでいる。子どもでも、鎖で繋がれている私に違和感くらいは感じてもおかしくない、と、私は思う。しかし、少女たちは魔装具を無邪気に羨むばかりで……彼女たちがそういうような教育をあえてされていないのだろうというのは容易に想像がついた。
お皿1枚くらいしか通らなさそうな部屋を分断するこの鉄格子の存在だって、彼女たちは違和感なく受け入れているのだろう。
とはいえ、事実、魔装具は私にとっても装飾品でしかない。隷属の魔装具を見て申し訳無さそうにしている隠匿は置いといて、私は天井の魔法陣に視線を向けた。
本当になんだろう、全く理解できない。なにがしたい魔法陣なんだ?……魔人を封じるという効果なのはわかっているのに、魔法陣からはそのヒントすら読み取ることができない。こんなことは初めてである。
「リ、リネッタ?この爺めを説得しろと、今しがた命令されたばかりではないですかな……?」
そんな私を心配するような隠匿の言葉に、私は魔法陣から視線を外さず、口を開いた。
「今すぐ説得しろとも、四六時中説得しろとも、いつまでに説得しろとも言われてないわ。“隠匿の命令に従ってはいけない”以外で、私が今すぐ遂行しなければならない命令などないのよ。」
「た、しか、に……?」
「ああ、でも、いつ迎えが来るかわからないから、一応、説得しておくわね。“セシアルに協力してくれないかしら”。そんなことよりこの魔法陣、不思議ね……何かしら、本当に意味がわからないわ。けして多くはないけれど、不必要に魔素を吸収し続けて……今まで見た魔法陣の中で一番の欠陥品だわ。」
「……。」
隠匿が黙ったので、会話は終わったのだろう。私は魔法陣の観察を続ける。
魔人の刻印を封じる魔法陣。魔人の刻印というのは魔人ごとに違うので、全ての魔人に使える魔法陣なのだとすれば今天井にあるこれはわりとすごい魔法陣……の、はずなのだ。
しかし、いくら読み解こうとしてもそれはぐちゃぐちゃで、ちぐはぐで、あべこべで、発動していることすら奇跡のような魔法陣だった。
「リネッタ、さきほどセシアルがアーヴィンの名前を出しておりましたが、もしやどこかでお会いになったので?」
会話は終わっていなかったらしい。隠匿がどことなく遠慮気味に話しかけてくる。私は魔法陣を眺めながら、そう言えばそうだったなと思った。
「アーヴィンなら元気よ、貴方のことを心配していたわ。」
「……。その、アーヴィンとは、どこで?」
「最初に見かけたのはマウンズで。そのあとは、ええと……名前は覚えていないけれど、魔獣の巣の近くの、青鉤鳥が美味しい町で声をかけられて……それからしばらくは、私についてきてもらってわりと近くに住んでもらっていたのだけれど……聖王都には来たくないと言っていたのに、どうしてここまでついてきたのかしら?」
「潜伏中に声を?……近くに住んでいた?アーヴィンが、自発的に……?」
私が首を傾げて言うと、隠匿も怪訝な声で続ける。
実際私は、アーヴィンについてきて欲しいとは言わなかったし、アーヴィンもついてくるなどとは一言も言わなかったはずだ。おそらく隠匿が心配でここまで来てしまったのだろうが、魔人同士の諍いに私を巻き込む必要があったのだろうか。私になにかしてほしいことがあった、とか?……例えば、隠匿を逃がしてほしい、とか。
隠匿のほうをちらりと窺えば、顎に手をやり視線を落とし、何やら考え事を始めたようだった。
アーヴィンは、セシアルに私と隠匿の関係性を匂わせた。セシアルはそれに乗せられ、私は隠匿と接触した。しかし、だからといって私にできることなど何もないのだ。私は現在ティリアトス家の所有奴隷であり、隠匿を連れて逃げればそれはティリアトス家の責任になりかねないので。
……いや、そうでもない、か?
私は、自分が魔人に攫われたことになったことを思い出した。つまり世間的?には私はアーヴィンとともに行方知れずになっているということだ。あれ?これ、隠匿を連れて逃げてもいい、のでは?
まあ、隠匿を逃がすとしてもこの魔法陣を解析してからになるのだが。
ゆるゆると魔素を吸い込み続けながらも何かしらの効果を発動させているはずの魔法陣を見上げる。
時間はもう夕刻で、部屋はやや暗くなってきていた。魔法陣は淡く光っているので見やすいが、このままだと夜になる前に部屋が真っ暗になってしまうのではないだろうか。
部屋の壁には灯りの魔法陣が彫ってあるが、ひとつも発動していない。灯りの魔法陣は、本来ならば消灯時間に合わせて消えるよう朝から昼にかけて予め発動させておくものだが、すぐ近くに魔素をただただ吸い込み消費するだけの魔法陣があると、普段よりも消えるのが早いのかもしれない。
空気中の魔素も、まるで元居た世界のような薄さに……とまで考えて、懐かしい感覚の正体がそれだと気づいた。この部屋だけ異様に薄いのだ、魔素が。それこそ、レフタルと同じように、魔法陣が発動しないレベルで。ここにある灯りの魔法陣も、もしかしたら消えたのではなく、発動しないだけなのかもしれない。
……魔人だって、空気中の魔素を利用して、魔法陣を発動させて刻印を使っている。この魔素の薄い部屋の中で、もし食事すら与えられていないのだとすれば、隠匿は自分が生きることだけに魔素を使用しなければならなくなるだろうし、実際そうなのだろう。だから閉じ込められ続けているのだ、ここに。
アーヴィンだって、ここに入れば魔装化はできないだろう。なるほど、魔人の無効化はそういうやり方なのか。魔素さえ無ければなんでもいいだろう、と。
つまりこの魔法陣は、“魔素を消費する”のが目的の魔法陣なのだ。
ただただ魔素を吸い込み続ける、魔法陣。どういう意図で作られたのかはわからないが、まあ、うん、なんていうか、うん……。
無限に魔素を吸収するこの魔法陣を応用すれば、もしかしたら自動で魔素クリスタルを生成する魔法陣とかもできるかもしれないが、あのぐちゃぐちゃをどうにかするよりも、自分で一から作った方がはるかにマシだろう。私は自分でも驚くほどすぐにその魔法陣への興味を失ってしまった。
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