大人部屋の魔人
「魔人を見抜く子ども、ですか……それも、獣人、の。」
ヴェスティの執務室、来客用のソファにいつものようにだらしなく肘掛けに頬杖をつきながら座り、ヴェスティは紫髪の奥に見え隠れする目を興味深そうに細めた。
「僕も信じられないんだけど、刻印を使った瞬間、僕が魔人ってバレた。たぶん、刻印を使うとバレる。」
「混ぜ色……は、まあいいとして、魔人を見抜く精霊の祝福持ちで?隠匿の刻印すら無効化する?存在だけ見れば我々の天敵ではぁ?」
「持ってる精霊の祝福は、魔人を見抜くとかそういった限定的なものじゃないと思う。僕の魅了も効かないんだ、あの娘。」
向かいのソファにちょこんと座ったセシアルは、「あと、なんか性格も変。感情面が壊れてるわけでもなさそうなのに、怖いくらい肝が座りすぎてる。僕に押し倒されても、アヴィエントが屋敷の壁をぶち壊して入ってきても、びくともしないんだ。一人きりにしても逃げないし、本当になんなんだろアレ。」と続けた。
その言葉の中に思わぬ人物の名前が聞こえ、ヴェスティが「うん?」と反応する。
「火鬼猿がいたんですか?この聖王都に?」
「そう。なんだかリネッタとは知り合いみたいだったよ、会話はよく聞こえなかったけど。そういえばあいつ、なんか刻印の姿が変わってたな……隠匿を攫われて、覚醒でもしたのか……まあ、脳筋には変わりなかったけど、さらに強くなってる感じだった。」
セシアルは眉をひそめて、ううむと唸った。そんな顔でも絵になる美少年を面白そうに眺めながら、ヴェスティは記憶を漁る。隠匿を捕獲したときにも、火鬼猿と一緒に混ぜ色の獣人の少女がいたな、と思い出したのだ。そう、自らが毒矢を射掛けて殺した、少女が。
「今、思い出したのですが、隠匿の捕獲作戦のときに私も混ぜ色の獣人の子どもを見ましたよ。ちょうど……そう、川岸で、火鬼猿と話していたところを、火鬼猿の目の前で殺してやったのです。たしか茶色の三角耳で、金髪の獣人でした。」
「茶色い耳で、金髪……?」
「ええ。森の中だと言うのにひどく軽装で……私が射掛けた矢に反応すら出来ずに川に落ちていったのは覚えています。っふふ、そのときの火鬼猿の反応が面白くて。あの戦うことしか出来ないような男が、たったひとりの子どもの死に心を痛めていたんですよ?信じられます?ふふ、今思い出しても笑えますねえ。」
「……その子どもの死体は確認したの?」
「それが、死体を回収しようと川下に向かってしばらく探したんですが見つからずじまいです。そんなに流れの早い川ではなかったので、目ざとく見つけた獣にでも持っていかれたのでしょう。」
「……。」
セシアルが難しい顔をして黙ってしまったので、ヴェスティは思わず吹き出してしまった。
「ふふ……この私の毒矢を受けて生き残れるものなど、そうはいませんよ?貴方だって知っているでしょう、魔獣をも殺す毒なのですよ?」
「年や種族を考慮せずにさ、魔人を見抜いて、隠匿さえ隠れられず、精霊の祝福すら跳ね除ける相手……って考えても、そんなことは言える?
リネッタは……そうだ、そうだった。ヴェスティ、リネッタは君の御薬入りの食事には手を付けないんだよ。彼女は、君の自信作である無味無臭の御薬入りのお菓子を、“臭い”って言ったんだ。何かが入ってるって、確信してた。鼻がいいとかなんとか言ってたけど、どう考えてもそんなわけないんだ。……少し前に王女が無理やり食べさせてたけど、効いてる様子もなかった。」
「……まさか。」
「僕も、まさかとは思うけど。……君が使っている毒は、魔人の刻印によるものだから、彼女の精霊の祝福に弾かれて効かなかった可能性がある。もちろん、別人の可能性もなくはないけれど、アヴィエントと知り合いの混ぜ色の獣人の少女、なんて、君が集めてることになってる記憶喪失の女の子よりも希少じゃない?
……うーん、やっぱりまだ会わせないに越したことはなさそうだね……。僕の判断は間違ってなかったみたいでほっとしたよ。」
セシアルは苦笑いしながら、ソファの背もたれに背を預けた。
「救いは、彼女が隷属の魔装具をしていることだ。アレさえあれば、最終的にはなんとでもなるからね。彼女にアレをつけたカトリーヌ嬢には、感謝しかないよ。精霊王の野で会ったら、お礼を言わなきゃ。まあ、そのために彼女をここまで呼んだわけじゃないけど。」
シャーリィ王女は与り知らないことだが、カトリーヌの馬車は自領へ帰る途中に通るいくつかの聖王の直轄地のどこかで盗賊の格好をさせた騎士に襲わせる手はずになっていた。ティリアトス辺境伯領では獣人の反乱が失敗続きだったので、辺境伯領を含む一帯の獣人に反乱を起こさせていた魔人の一人が手っ取り早くどうにかしようと計画したのを、セシアルが“安直だけど、シャーリィ王女が獣人を見たいって言ってたからまあいいよ”と許可したのだ。
計画は、聖王国を守護する騎士が率いる兵士たちが、カトリーヌの馬車がゆっくり走る道を迂回するように馬で追い抜き待ち伏せる、というものだ。辺境領を護る騎士たちは強いが、聖王国の兵だって弱くはない。どんなに強くとも、強いだけの人相手ならば数で押せばなんとでもなるものだ。
騎士の多くは騎士道に溢れ、兵士ですらただの貴族令嬢に見えるカトリーヌを襲うことに否定的であるように見えたが、命令は命令なのだからきちんとカトリーヌの馬車を襲うだろう。
もし聖王国を裏切り令嬢を保護するつもりの騎士がいたとしても、騎士や兵士の中にはセシアルの子飼いもいれば、ヴェスティの子飼いもいる。多くの騎士にまぎれた幾人かの蛮人が先にカトリーヌを亡き者にすればいいだけである。
騎士たちには見せしめだと説明はしたが……カトリーヌが襲われた場所、襲ったものたちの記憶、そんなものはどうとでもなる。死人に口はないし、襲った騎士が襲った事実を忘れてさえしまえば、全てはこちらの意のままだ。
“獣人を受け入れている中立派の辺境伯領の令嬢は、獣人をそばにおいて可愛がっていたのに、獣人の反乱に巻き込まれ、無惨に殺された。”
その悲劇は、聖王国から広まり周辺国にも届くだろう。リネッタという思わぬ拾い物はあったが、元はそういう筋書きであった。
「リネッタのことを王女になんて言うかだけど、まあ、リネッタは魔人に攫われてしまったって話して、あとは王女にはカトリーヌ宛てに謝罪の手紙を送ってもらおうかな。実際屋敷にはアヴィエントが襲ってきたわけだし、屋敷も壊されてるわけだから疑われることはないだろうし。それで、とりあえず王女にもリネッタの存在は内緒にしよう。彼女、わざわざ箱まで用意してリネッタを本気で丁寧に扱おうとしてたけど、リネッタが使いづらくなるからね。
……カトリーヌの訃報よりも先に王女の手紙が届くだろうから、カトリーヌと連絡がつかない辺境伯は不安になるだろうね。可哀想に。」
「っふ、そんな微笑みながら言われても、ねえ?」
ニヤけた顔でそんなことを言うヴェスティに、セシアルはくすりと可愛らしく笑った。
「そうそう、話を戻すけど、これからリネッタを隠匿の部屋に連れていくんだけど、隠匿がリネッタを見てどういう反応をするのか興味があるし、僕は立ち会うことにしたんだ。」
「……結果は私にも教えて下さいよ。」
「もちろん。隠匿を捕まえたのも、彼の精神が不安定になっているのも、王国の誇る錬金術師様のおかげなんだから、美味しいとこだけ攫っていくなんてことはしないよ。
ただね……“目覚めてる隠匿”を見てみたいっていうのは、ちょっと気になることもあるからなんだ。ほら、僕が以前隠匿に植え付けた種ね。実は発芽する気配が全然なくて、このあいだ寝てるときに確認したんだけど、もしかしたら枯れたかも。」
「は……貴方の種が枯れる、なんてことがあるんです?」
ヴェスティが驚いたように頬杖から顔を浮かせて、少しだけ目を見開いた。
ウェスティが知る限り、セシアルの種が根付かなかったなど、聞いたことがなかったからだ。
しかし、セシアルはなんてことないように肩をすくめる。
「たまにあるよ。すっごく強靭な精神の持ち主だったり、逆に全てに無気力だったり……そうそう、“死にたがり”なんかには、僕の種は根付くどころか受け入れてももらえなかったよ。」
「アレは……まあ……魔人でも特殊な部類でしょうから……。」
「でもね、隠匿に種を与えたときは、拒絶されることもなくいい感じに混ざったんだ。絶対に、覚醒してくれると思ったんだよ?でもそのあと、ちょっとは根が伸びたんだけど、結局成長がとまっちゃったんだ。たぶん、種を与えた後になにかがあったんだと思う。
アヴィエントの刻印の姿が変わったのも、もしかしたらなにか繋がりがあるのかもしれないけど……アヴィエントはアヴィエントで、僕の種もなしに覚醒してるし、よくわかんないよ。覚醒なんて、よほどのことがない限りはありえないんだし。」
「まあそれは……本人に聞いてみればよいでしょう?聞きましたよ、妹のほうに。今日は、姉を連れて行った、と。火鬼猿が出たということは、当然ぶつけたのでしょう?」
そこまで聞いて、セシアルは、「ああ、そういえばそうだった。」と、今思い出したかのような声を上げた。
「あんまりにもリネッタの衝撃がすごくて忘れてたけど、そういえばダリハを連れてったんだった。まさかアヴィエントが現れるとは思ってもみなかったけど、たしかに……ちょうどよかったかもね。まあ、あの調子だと、かなり時間がかかりそう……というか、ダリハは弱いから、アヴィエントが油断してる間に片付けないと難しいだろうけど。正直、捕獲は失敗する可能性のほうが高いと思うよ。……フラウが話せる状態なら、まだ大丈夫ってことだろうけど。」
「どうでしょうねえ?火鬼猿が全力になるのは、全力にならなければならない相手にぶつかったときだけですから……火鬼猿がダリハの秘密に気づけば、全力で逃げるかも知れませんが、あいつは馬鹿なのでたぶん気づかないまま捕まると思いますよ?
ふふ、私だって未だに信じられないんですから……。」
ヴェスティが一旦言葉を区切って、セシアルから視線を外して、窓の外に向けた。
「核を破壊しても死なない魔人がいるなんて、ねえ。」




