子供部屋の子供
ごろごろと運ばれた先で、止まったかと思えばなにやら話し声がして、運び手が入れ替わる。それを何回か繰り返したのち、私が入った箱はどこかの部屋に入ったようだった。暗くて狭くてクッションに包まれている居心地の良い箱の中、私はうつらうつらしていたようで、は、と目が覚める。
ほどなくして、がこんと蓋が開けられた。その瞬間、わあ〜!という可愛らしい声が部屋に響く。
「……?」
いきなり明るい光が差し込み、少し目が眩んだ私は、目を瞬かせた。
「……???」
箱の中から見えたのは、いかにも純真無垢そうな顔でこちらを覗き込む、シンプルなワンピースドレスを着た4人の少女たちだった。
「可愛い、お人形さんみたい!」
「お耳がある……お耳だわ!」
「まあ、その光るアクセサリーはなあに?」
4人の少女たちはきゃいきゃい言いながら、私に手を差し出して箱から引っ張り出した。部屋の中をぐるりと見れば、少女趣味な天蓋付きの小さめのベッドが6台並んでいて、その傍にはそれぞれに可愛らしい意匠の小さな鏡台と、ちんまりした丸いクッションが乗った椅子が置いてある。
正面に見える淡い色のカーテンが付いた窓からは、木のてっぺんと空が見えた。……空?いつ、階段を上がったのだろうか。さすがにうとうとしていて気づかなかった、ということはないとは思うのだが。
首を傾げながら自らが出た木箱を振り返ると、明るいところで見る木箱は艶のある焦げ茶の木箱で、中のクッションも真紅なわりと高価そうなものだった。やはり人形用のケースのようだ。そしてその隣には、蓋を持ったまま満面の笑みを浮かべるセシアルがいた。その笑顔がどことなく嘘くさい感じがするのは、きっと気のせいではない。……最後に私を運んできたのはセシアルのようだ。
「彼女はリネッタ。新しく、ご老体のお心を癒すためにこの城にやってきた、君たちの仲間だ。彼女は君たちとは違う、珍しい獣人という種族だから、君たちに与えられているお菓子とかは食べられない。気をつけてね。」
『はい、セシアルさま。』
セシアルの言葉に少女たちが声を揃えて返事をし、カーテシーをした。その姿を満足そうに眺めてから、セシアルは私を見る。
「ここにいるみんなは、とある呪いを受けているご老体のお心を癒すために、ここで働いてもらっているんだよ。このあとそのご老体に君を紹介するから、それまではここで好きに過ごしていてね。」
「はい。」
「あ、あと、本当は彼女たちの主である錬金術師にも会った方がいいんだろうけれど、それはおいおいにしよう。一応命令しておくけれど、さっきのお屋敷で見たことは内緒にしてね、リネッタ。」
「はい。」
私が何を言っても信用されないだろうけれど、一応頷いておく。そうして、セシアルは上機嫌で部屋からごろごろと荷台を押して出て行った。
ご老体、は、まあ、隠匿だろう。セシアルが私に何を見い出したかはわからないが、とりあえず錬金術師に会うのをおいおいにしてくれて助かった。
隠匿の“とある呪い”とかなんとかは全くわからないし、隠匿の心を癒して?いるのが、目の前にいる少女たちらしいが、それもよくわからない。どういう意味だろうか……。
少女たちは、キラキラと目を輝かせてこちらを見ている。その純粋無垢な視線に、少し居心地が悪い。
そんな少女たちの勢いに気圧されながら、勧められるまま私は使っていないのだというベッドに腰掛けさせられた。
「ねえ、あなたはどこから来たの?」
「そのお耳、マリーが触っても良い?」
「服も、本当のお人形みたい……。」
「え、っと……?」
「あら、わたしたち自己紹介をしていないわ。」
「まあ、本当!」
なんとも賑やかだ。
カトリーヌと同じくらいの年の……最年長だろう金髪を二つ結びにしている少女が、「ようこそ、リネッタさま。」とおだやかに挨拶して、それからうやうやしく……カトリーヌよりも拙いカーテシーのようなお辞儀をすると、他の少女たちもそれに習って、拙いカーテシーを披露する。
「わたしはガーベラといいます。」
「わたしは、ダンデ!」
「マリー。」
「わたしは、リリーです……。」
見た目はともかく、名前は覚えられない気しかしない。
金髪を二つ結びにしているおっとりしたやや貴族令嬢っぽい?子がガーベラ。貴族令嬢とは思えない日に焼けた肌に茶色の短髪の子がダンデ。マリーは……一人称が“マリー”なのだろうか、貴族とかいう以前に異国を思わせる褐色肌で銀髪ポニーテールという珍しい色合いの子だ。そして、薄いピンクの髪色の気弱そうな子が、リリーという名前らしい。どういう意図の組み合わせなのか、色も性格も様々だ。
貴族令嬢かと思ったのだが、カーテシーをするわりにはちょっとフラフラしていてうまくないし、話し方もカトリーヌのように貴族令嬢っぽくない。貴族令嬢の基準が全てカトリーヌになってしまうけれど……なんというか、ずっとカトリーヌと過ごしていた私にとっては、とりあえずそこらへんの可愛い子をお嬢様っぽく教育しただけのような、……こう、根っからの貴族ではない、みたいな違和感があった。
実際、隠匿の心を癒やす?お仕事をしているそうなので、貴族令嬢を使うわけにはいかずその代役として雇われている一般家庭の子供なのかもしれない。
「私の名前は、リネッタよ。……ティリア……トス、辺境伯領?から来たの。その前は、ええと……マウ、そう、マウンズという国にいたわ。」
カトリーヌの名前は覚えているが、名前を全部覚えているわけではないので、正直自信がない。でもまあ伝わるだろう、と思ったのだが――
「もしかしてあなたは、小さいころを覚えているの?」
ガーベラが目を丸くしてそう言うと、少女たちはみな、ぴたりと口を止めて、静かになってしまった。
「小さいころ?」
「ええ、そう。」
ここにいる4人は、最年長っぽいガーベラでさえ14歳前後に見える。その4人を見回して、私は首を傾げた。
「小さいころって、3歳とか、4歳とかの?」
「……わたしたちはみんな、このお城でおじいちゃんのお世話を始める前のことを、何も覚えていないの。」
「え?」
「マリーたちとおんなじようにおじいちゃんのお世話をしてた他の子たちも、な~んにも覚えてないんだ。ここにいたおじいちゃんのお世話係は、みんなそうみたい。」
「だから、リネッタは小さいころを覚えていて、みんな驚いたの。」
みんながみんな、記憶喪失、ということだろうか。見目の良い記憶喪失の少女など、そうはいないと思うのだが……そんな少女たちを集めて、セシアルは一体何をしようとしているのだろう。隠匿を監禁している理由がそもそもわからないし、少女が何らかの鍵なのだろうが、これっぽっちも意味がわからなかった。
「それでね、記憶のないわたし達に、錬金術師様がそれぞれに名前をくださって、先生を連れてきて、教育までしてくださったの。ここに来てすぐのことはあんまり覚えてないけれど、それまでわたし達は字も読むことが出来なかったみたいなの。」
「マリーたちにおじいちゃんのお世話っていうお仕事までくれて、こんな素敵なところに住まわせてもらって、ごはんもお菓子もいっぱいもらえて。」
「お仕事が終わったら、このお城から出て、精霊神殿の神官さまのお手伝いをすることになるみたい。」
「錬金術師様は、そういう慈善活動もされているそう、です。」
「……そう。」
リリーの言う“慈善活動”のからくりをすぐに察して、私は静かに目を閉じた。
少女たちがどこから連れてこられたのかはわからないが、どうせ、錬金術師こと紫のヴェが彼女たちの記憶を消したのだろう。記憶喪失になど、そう簡単になるものではない。
少女たちはヴェの毒で記憶を消され、まっさらの状態から教育を施され、性格を調整されたかまではわからないけれど、今の彼女たちに作り変えられたのだ。何らかの理由があるのだろうが、知りたくもない。
紫のヴェも、セシアルも、少女たちのことを道具としてしか認識していないというのはよく分かった。そうなってくると、隠匿の世話が終わったあとの彼女たちの処遇が本当に“神官の手伝い”になるのかが疑問ではあるが……まあ、今それを解決なんて出来ないので、とりあえず私はいろいろなもやもやを飲み下して、小さく返事をするだけにとどめた。今、彼女たちは間違いなく幸せなのだろうから。




